第56話

父は頭を抑えて母を詰った。


「サラはお茶会で実の姉を罵り、事実上貴族社会からの追放を受けた。お前は更に酷い事をしたと自覚していないのか?」

「何故?酷い事なんてしていないわ?」


母は本気で分かって居ない様子だった。

 サラは私を馬鹿にするために話をしていたわ。理解した上でやっていたけれど、母は理解すらしていない。むしろ不必要な道具を売って何が悪いの?という程度の考えなのかもしれない。


父はどうするのかしら。


 暫く沈黙が続くかと思っていたが、魔法便が父の元へやってきた。会長からの返信だったようだ。父はすぐに手紙を開き、一部読み上げた。


『――夫人から連絡を頂いた時は正直驚きました。先日、サラ・エフセエ侯爵令嬢が殿下の不興を買い、王都を出たのは知っております。夫人はお金に苦労し、サラを助け出すために多額のお金が必要だと仰っておりました。

 こちらとしては美しいと噂されているマーロア嬢が我が商会で働く事を喜んでおりましたがとても残念です。また何かの機会に当商会にご連絡下さい。――』


会長はサラの事を知っていたのね。流石は黒い噂のある商会。貴族社会の情報はしっかりと収集している。そして私は商会長の後妻ではなく商会で働く事になっていた。


つまりは……。


母は商会長の手紙を読み上げられ、青い顔をしている。


「シャナ、お前はマーロアを娼婦とさせるつもりだったのか?」

「違うわっ。でも、だって、サラが可哀そうじゃない。ちょっと姉の心配をしただけで王都から追放なのよ?」

「マーロアは可哀そうじゃないのか」


そこから父と母は言い合いになりそうだったが、オットーが口を開いた。


「旦那様、言い合いをしている場合ではございません。この事が広がる前に早急な手を打たねばなりません」


父はオットーの言葉に我に返った。


「そうだな。シャナ、お前とは離縁だ。荷物を纏めたらすぐに実家に帰るんだ。シャナ、母親であるお前のやろうとしていた事はれっきとした人身売買だ。高位貴族の人身売買は特に厳しい。殿下の耳に届けば侯爵家の取り潰し、人身売買の首謀者であるシャナは死刑だ」

「……そんな。死刑なんて酷いわ!ちょっとサラを助けるためにマーロアを商会長の所にいかせるだけじゃない」

「マリア、ファルス、シャナを連れていけ。荷造りが終わるまで部屋から出すな」


マリアとファルスは嫌がる母を強制的に執務室から追い出した。父の顔は暗い。まさか母が率先して娘を売ろうとしているとは思わなかったのだろう。


「オットー離縁の手続きを」

「承知致しました」


 執務室には父と私とオットーの三人だけとなった。私は先ほどの母の振る舞いに分かっていたとはいえ、傷ついた。


魔力が無いだけでどうしてこんな思いをしなければいけないの?


「今回の事は王家にすぐ情報が渡るかもしれないな。オットー少し急いでくれ」

「畏まりました」


オットーは執務室を出ていった。


「マーロア、辛い思いをさせてすまなかった。魔力がないと馬鹿にされ続けたのにも拘らず、言いたいことをよく我慢していたな」

「……お父様。魔力無しの扱いには慣れております。今更ですわ。私の周りにはいつも私を助けてくれる人達がいますわ。だから、今までやってこれたのです。気にしていませんわ。これからお母様の事で忙しくなるでしょうから私はこれで部屋に戻ります」


 私は部屋へと戻り今後どうなるか心配になる。まさか母があんな暴挙に出るとは思ってもみなかった。


 貴族同士の繋がりや業務提携、支援などで婚姻する事はよくある。特にそれは犯罪にはならないわ。けれど、父達が一番危惧しているのは母が組織と繋がりを持とうとしてしまった事よ。

 王家からの信頼も失墜するし、弱みを握られてしまえば取り込まれる可能性だってあるのではないかしら。学生の私の耳にだって入ってくる程、かなり危険な商会に違いない。


……母は切り捨てるしかないのだと思う。




「ファルス、とんでもない事になったわね。私達に長期休暇はくるのかしら?」

「どうだろうな。当分は外へ出れなさそうだけどなぁ。まぁ、明後日の魔術大会が終われば当分の間貴族と会う事はないからそれだけは救いだよな。翌週の卒業パーティはどうするんだ?アルノルド先輩に連絡を入れておいた方がいいんじゃないか?」

「そうよね。まだ魔術大会は不参加でも問題ないけれど、卒業パーティは先輩に影響が出てしまうものね」


私は溜息を吐きつつ、先輩に手紙を書いて魔法便で送った。きっと父からも侯爵家に送っていると思う。




 翌日、私達はいつものように鍛錬を行ってから部屋で過ごす事にした。母の部屋から次々と荷物を運び出されている。どうやら昨日のうちに離縁の書類を用意し、母にサインさせたらしい。

 これにより母は今日の午後には実家の伯爵家に戻される。伯爵家でも母の存在は困るのではないかしら。実家の方で修道院に送るか領地に送られるかは伯爵の指示一つだと思う。


サラは母に付いていくのかしら。父からは選択権くらいは与えられると思う。今後どうするのかしら。まぁ、気にしても仕方がないわよね。


 私は母と会うのも最後だと思い、母が伯爵家へ送られる時に玄関ホールに見送りに出た。


母は質素なワンピースを着ていて部屋で暴れたのか髪も崩れてしまっている。母は私を見つけると大声で叫んだ。


「マーロアッ。貴女のせいよ!!貴女が商会へ行かないから私がこんなことになっているのよ!私は貴女の母親なのよ!」


母は私に掴みかかろうとするけれど護衛騎士に掴まれ動けないでいた。


「お母様、私は生まれてから抱かれた記憶も、一緒に遊んでもらった記憶もありません。私の母はビオレタなのです。これからちゃんとした家族としてやっていけたらと思っていたのに。とても残念でなりません。これからのお母様の人生に幸がありますように」


私は礼をして母を見送った。母と荷物が伯爵家へと送られていくと、邸は静まり返った。


なんとも言えない虚しい気持ち。


 夕食は部屋でファルスと摂る事にした。アンナは使用人と食事を摂ってはいけませんと言うと思ったけれど、静まり返った邸に思う所はあったのだと思う。


 父はというと、朝から王宮へ出掛けてまだ帰ってきていない。普段の王宮での仕事もあるのだが、母の事を報告するのと手続きなど色々とあるらしい。当分は邸に帰る事はできそうにないとオットーは言っていたわ。そして私に無理して魔術大会に参加しなくてもいいと話をしていたらしい。


明日、アルノルド先輩とイェレ先輩の発表を見たらすぐに帰ろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る