第55話

「お母様、次は何処へいくのですか?」

「ここからすぐにある装飾店へ行くのよ?ドレスを買ったのに首飾りが無いなんて恥ずかしいじゃない」

「……そうですね」


 私は母の言う通りだと思い、装飾店に入っていった。


「いらっしゃいませ、どのような装飾品をお探しですか?」


男性店員が丁寧に対応してくれる。


「ネックレスとイヤリングのセットを探しているの。良いのはあるかしら?」


母がそう言うと、店員は揉み手をしながらいくつかのセットになっている装飾品を出してきた。よく見ると値段が凄い。私は一生買えない値段よね。母は私の肌にネックレスを当てて似合うかどうかを確かめている様子。


「これを頂くわ。支払いはエフセエ侯爵家にお願い」

「かしこまりました」


 それから母は普段使い用の自分の指輪とネックレスを買っていた。我が家は破産しないのかしら。値段を気にしない母。心配になるわ。


「さぁ、マーロア。王都で人気のケーキを食べにいきましょう」


 母は先ほど買った指輪をその場で着けてゆっくりと歩いて話題の店に到着する。母は疲れないのかしら。



 店内は見るからに貴族と分かるような令嬢や夫人達で賑わっていたわ。私達も空いている席に座った。ファルスは黙って母の後ろに立って護衛を務めている。いつもなら一緒にケーキを食べる所だけど、母は許しをしないだろうと思う。アンナも食べたいだろうし、お土産に買って帰ろう。

 私はお店自慢のシフォンケーキを選び、母は今流行りのチーズケーキを選んで食べたの。とっても美味しかったわ。


「ところでマーロア、あなたの婚約者の事だけれど、良い人がいるのよ。会ってみないかしら?」


今日、私を誘ったのはこの話をするためだったのね。邸でお茶をしながら話すときっとお父様の耳に入るから言わなかったに違いないわ。けれど、ファルスは後でしっかり報告するでしょうけれどね。


「お母様、まだ懲りていらっしゃらないの?勝手な事をしないで下さい。お父様にも言われているでしょう?」

「我が家にとって良い話なのよ?事後報告してもガイロンは反対しないわ」


 私は呆れて物も言えないわ。流石サラの母親だけはあると思う。一応私も娘だけれど。


「それは私に犠牲となれと言う事ね」


私は思わず眉を潜め、呟いた。


「いいじゃない。紹介しようと思っていた彼はね、歳は六十過ぎでちょっと年上だけれど、大富豪なのよ?向こうも乗り気なの。今度会ってみたいのですって」


 母の中では話がかなり進んでいるようだ。私はファルスに視線を向けると、ファルスも眉を潜めている。


「お母様、お母様がしている事はサラと同じ事です。何故お気づきにならないの?」


母は嬉しそうに笑顔で話を続ける。


「だって良い話じゃない。貴族として嫁ぐのは当たり前でしょう?貴女だってテラを助ける、侯爵家を大きくするために手伝うべきじゃないかしら?」

「今ここで話をするような内容では御座いませんわ。邸に帰ってからお父様を交えてお話する方がいいと思いますわ、お母様」

「嫌よ。だってガイロンは絶対怒るもの。ここで貴女が頷かないと私は梃子でも動かないわ」


……。


ファルスは私と視線を合わせると頷き、そっとその場を離れた。


「ではサラを向かわせれば宜しいかと」


私は妹が適任だわと話をするが、母は聞き入れる様子はない。


「サラはね、魔力持ちなのよ?もっといい嫁ぎ先を用意してあげないと可哀そうでしょう?」


……。


母はどこか異国の人と話しているかのような錯覚を覚える程話が通じないわ。同じ娘だというのにこの扱いの違い。やはり母には何を言っても無駄なのかしら。母にとって私はどこまでも血の繋がりがあるだけの他人。利用するだけの物でしかない。そう思うと分かってはいても悲しくなる。


「お母様、帰りますよ」


 ファルスが戻って来たのを確認し、私は席を立った。ファルスは無理やり母をエスコートする形で母が逃げないようにぐっと捕まえながら店を出た。勿論母がギャーギャー騒いだのは言うまでもない。

 店の外に邸の馬車が停まっていたのでファルスと一緒に母を押し込み、邸へと帰ったの。


ファルスはしっかりと連絡を入れてくれていたので邸に馬車が到着した所で父とオットーが玄関で待ち構えていたわ。そのまま母は強制的に父の執務室へと連れてこられた。

 父とオットー、侍女長のマリス、私とファルスが執務室に入った。母以外は重苦しい雰囲気なのだが、母はその事を分かっていないのか憤然としている様子。


「……どういう事か説明をしてくれないか?シャナ」


父は溜息を一つ吐き母が話すのを待っている。


「ガイロン、だってマーロアが言う事を聞かないのが悪いんじゃない。せっかくいい話を持ってきたのよ?今更断るだなんて失礼な話よ」

「どういう事か最初から話しなさい」


父は母の説明に少し苛立っている。


「マーロアのために婚約者を決めてきたのにマーロアったら断るのよ?可笑しいでしょう?」

「いつ決めてきたんだ?」

「この間のお茶会で他のご令嬢達は既に婚約者がいるのにマーロアだけが居ないことが恥ずかしくって。誰でもいいからすぐに紹介してほしいってお願いしたのよ。そうしたら気を利かせた夫人達が何人か紹介してくれたのよね。その中で一番良い方を選んだのよ」

「……相手は誰だ?」

「ショウペンス商会の会長よ。ほらっ、ちょっと歳は離れているけれどお金持ちだし良いでしょう?後妻を探しているし、マーロアには丁度いいわよね」


 母はサラと全く同じことをしているのに気づいていないのかしら?気づいていないでしょうね……。


 ショウペンス商会は何かと黒い噂のある商会だ。他国と薬の密売や人身売買などの黒い噂が絶えない商会で有名らしい。何度も騎士団から事情聴取を受けているのだが、商会の相手は貴族。


支援している家もあるらしい。貴族の圧力もあり、証拠隠滅はお手のもののようで証拠が乏しく取り潰しまでには中々いかないらしい。

 お茶会で紹介した夫人たちはサラの事を知らない訳がないわ。わざと紹介したに決まっている。


「お母様、そんなに嫁がせたいならサラを嫁がせれば良いではありませんか。殿下からの叱責で婚約者に望む殿方はおりませんもの」

「サラは駄目よ。だってあの子は貴族令嬢として育ってきたのだし、魔力持ちですからね。もっといい嫁ぎ先を見つけてあげなくては可哀そうよ」


やはり母は魔力無しの私をあからさまに見下しているのね。


 母は平然とサラとの扱いの違いを口にした。ずっとそう思っていたのね。母の気持ちを知った今、私はそれ以上口を開くつもりはない。母の言葉で一気に部屋の空気が変わったのを感じているのは私だけではない。オットーもファルスもマリスも声に出さないが眉を顰めている。


父はというと、黙ったままその場でショウペンス商会の会長に断りの手紙を書き、魔法便で手紙を送った。それを見た母は怒っている。


「ガイロン、なんてことをするの!?折角決めてきたのに断ったら私が困るじゃない」

「……どういう事だ?」

「マーロアと婚姻した暁には多額のお金を出すという約束ですもの」

「何故勝手に決めた?」

「だって私は侯爵夫人よ?夫人として侯爵家を守り立てていかなければいけないもの」

「人身売買ではないか」

「そんな事ないわよ。お金を払っても夫人は夫人なのよ?それに仕方がないわマーロアは魔力なしなんだもの。侯爵家の足を引っ張る存在でしかないわ」

「……お前は実の娘をそう思っていたのか」


そこに居た皆が驚きを通り越してもはや言葉も出ない状態になった。

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