第15話

「ところでファルス、試験って明後日だったっけ?」

「そうだよ。遅刻しないようにしないとな」

「お嬢様試験とは?」

「ファルスは私と学院に行くために学院の試験を受けるの。私も一緒に行く予定なの」

「そうでしたか。明後日は確か、婚約者様とお会いする予定だったと思いましたが、変更しておきますね」


!!!


「えっと、婚約者様?誰のかしら?」

「マーロア様の婚約者でございます」

「私に婚約者がいるなんて聞いていないわ」

「……そうでしたか。きっと旦那様が勝手に決めてユベールにも伝えなかったのでしょう。マーロアお嬢様の婚約が決まったのはちょうど3年程前になるでしょうか」


3年前!?親からはもちろん連絡なんて1つもないし、婚約者からの便りも無いわ。


「その婚約者様はどこのどなたかしら?」

「アヒム・ディズリー伯爵子息でございます」

「そう。では明後日お会いするのは止めておくわ。確かこういう時はお断りの手紙を書けばいいのかしら?」

「それが良いと思われます」


突然降って湧いた婚約者に混乱しながらも私は机の引き出しに用意されていたシンプルな便箋にお断りのメッセージを書いて侍女長に渡す。


今日一日でとても疲れたわ。


「ごめんなさい、色々とあって今日は疲れたわ。少し早いけれど、休ませていただくわ」

「「かしこまりました」」


 ファルスも侍女長も私の境遇に複雑な思いを抱いたようだわ。仕方がないわよね。こんなに冷遇されている令嬢なんて滅多にいないのではないかしら?私は用意されていた寝間着に着替え、ベッドへと入った。



翌日の朝。


「おはようございます」


ファルスの声で目を覚ます。いつもより少し早い時間に起こされた気がするわ。


「どうしたの?朝食まで少し早いんじゃないかしら?」

「だって鍛錬は欠かせないだろう?いつものように昼間出来ないんだからさ。昨日、レコから鍛錬が出来る場所を聞いといた。どうやら使用人棟の裏手に小さな訓練場があるらしいぜ」

「本当?急いで用意するわ」


 私は飛び起きて生成のシャツとズボンに着替える。もちろんファルスは後ろを向いている。私達は急いで使用人棟の裏手に向かうとそこにはレコの姿があった。


「お嬢様おはようございます」


レコの指導の元、私とファルスは1時間程度基礎訓練をこなして部屋に戻った。


「マーロア、お風呂に入った方がいいんじゃないか?汗臭い令嬢なんて嫌われるぞ?」

「えー。面倒だわ。ファルス魔法を使ってよ」

「仕方がないな。【クリーン】」


ファルスは清浄魔法を唱えた。


「まだまだ雑だけど、汗臭くは無くなったわね」

「俺が攻撃魔法以外苦手なの知っているくせにな。それにしてもマーロアの私物は少ないよな。今日、色々買うんだろう?」

「うーん。騎士科に受かったら学院から準備物リストを受け取るでしょう?それから買い揃えようかと考えているわ」

「それもそうだな。とりあえず、ここで過ごすための服、何着か買っておけよ」

「そうね」


 私は朝食を摂りに食堂へ向かうと、父だけが食堂で朝食を摂っていた。


「お父様、おはようございます」

「マーロア、おはよう。早起きだな」

「お母様やサラとテラは?」

「まだ起きてこんな」


従者が私に朝食を運んできた。パンとスクランブルエッグとスープとフルーツとサラダ。朝食はシンプルらしい。


 私は昨日の事を思い出して父に聞いてみた。


「お父様、昨日、私に婚約者がいると侍女長から聞いたのですが」

「ああ、言うのを忘れておった。喜べ、ディズリー伯爵子息だぞ」

「ええ、全然喜べませんわ」


私はにっこり満面の笑みで答える。


「何故だ?」

「むしろ私が聞きたいですわ?」


 私はコテンと頭を傾げる。全然分からないわという仕草をしながら話をする。


「私はずっと村で乳母に育てられてきました。村では貴族なんていない。私も平民と変わらず暮らしておりましたわ。そして家族と別れてから一度も、誰も、私に会いに来て下さらなかった。それに昨日の夕食時の話を覚えておりますか?

サラもテラも会ったこともない私の存在を恥ずかしいと言っていましたし、その事についてお父様もお母様も否定されませんでしたわ。

そんな人達が選んだ婚約者をどう喜べと?3年前に婚約者が決まったらしいですが、知らされず、婚約者からも便りの1つもない。これのどこに喜べる要素があるのでしょうか?むしろ私が聞きたいですわ」


 父は子供に正論を言われると思わなかったようでグッと言葉に詰まっている様子。私は朝食を食べ終えて立ち上がる。


「では、私はこれで。邸にいる間の洋服を買ってまいりますわ。明日は婚約者様との初顔合わせだったそうですが、用事があるのでお断りしましたわ」


父は何か言おうとしていたが、私は知らない顔をして食堂出て部屋に戻った。


「マーロア、いいのかよ。一応あれでも侯爵だぞ?邸にいれなくなったらどうすんだよ」「んーだって頭にきてしまったんだもの。つい、ね。まぁ、追い出されたらアシュル侯爵家に行ってレヴァイン先生に連絡を取ってもらうわ。少し早いけど冒険者になるつもりよ?私は大丈夫、ファルスはしっかりと学院に入学して騎士になるのよ?」


 ファルスはボリボリと頭を搔きながら面倒だと言わんばかりだ。


「そんときは俺も一緒に冒険者になるからな。まぁ、とりあえず侯爵がどう思っているかは分からんけど、最低限の付き合いでいいんじゃないか。名ばかりでも家族なんだし」

「そうね、名ばかりでも家族よね。イライラするのは間違いだったわね」


私はファルスの言葉で気を持ち直す。


―コンコン―


「どうぞ」

「失礼します」


侍女長と娘のアンナが部屋に入ってきた。


「マーロア様、娘のアンナです。本日の買い物はアンナをお連れ下さいませ」

「分かったわ。アンナ宜しくね」

「お嬢様宜しくお願い致します」


 アンナは私と同じような平民服を着ているが、やはり王都に住んでいるとどこか垢ぬけている感じがするわ。


「では参りましょう」


 



 私達は馬車に乗り込み、街の貴族街と呼ばれる中心部まできた。馬車から見える景色に興味津々で見ていたのは仕方がないわよね。


「ねぇ、アンナ。王都では今どんな物が流行っているのかしら?」

「そうですね、この先にある洋菓子専門店のカップケーキが流行っています。服を買った後で食べに行きましょう」

「カップケーキ?ランロフトの村には無かったわ。楽しみ」


そしてアンナの案内で入ったのは貴族街の中でも中央に位置している一際大きな洋服店だった。

 私達は馬車を降りて店の中へと入る。馬車は外で待機するのだとか。店の中には沢山のドレスが所せましと並んでいる様子。


「アンナ、ドレスはどんな物がいいのかしら?」

「そうですね、侯爵家ならオーダーメイドで作るのが一般的ですが、今はすぐに邸で着られるものが欲しいので既製品で間に合わせましょう。店で試着して合ったものを買い、邸で微調整をします」

「そうね。アンナにドレスの見立てをお願いするわ」


 そうしてアンナに見立てて貰って試着する。5着ほど買ったわ。アンナとしてはあと15着程欲しいと言っていたけれど、邸の中では着回しで構わないわ。買った物はファルスが馬車へと運んでくれた。

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