第14話

「マーロアお嬢様、お帰りなさいませ。長旅はさぞ疲れたでしょう。すぐにお部屋を案内いたします」

「ただいま戻りました。ところで貴方は誰かしら?」

「そうでしたね。私、執事のオットーでございます」


 侯爵家の玄関ホールで出迎えてくれた初老の男の人はそう告げた。私は侍女に連れられて客室へと案内された。ファルスはというと、侯爵家では使用人の1人として扱われる。    

 荷物を使用人の部屋へ置いたらすぐに私の所へと来てくれるらしい。その間に私は侍女に勧められるがまま入浴をし、質素なワンピースに着替えた。侍女は私の髪を乾かし、セットすると礼をして部屋から出ていった。


 ファルスは私の護衛兼従者となるようだ。私は侯爵家のお嬢様として一応ビオレタやレヴァイン先生に作法を習ったから寮に入るまでの間、侯爵家で過ごす事になっても大丈夫だと思うわ。多分。

 ファルスも私が淑女教育を受けている傍で従者としての教育されているのでボロは出ないはず。部屋にトランクが運ばれて暫くするとコンコンとノックする音が聞こえてきた。入出を許可すると入ってきたのは従者の服を着たファルスだった。


「マーロアお嬢様、これから宜しくお願いいたします」

「ふふっ、ファルス良く似合っているわ」

「だろう?寝るまでの間、従者として働くからよろしくな」


 後で聞いた話だけれど、ビオレタが退職して代わりにファルスが従者となったのでファルスに給与が支払われるらしい。ユベールは今も領地を守っているので給料が与えられており、暮らしは豊かのようだ。


小遣い貧乏人は私だけらしい。


 ファルスが荷物を開いてクローゼットに衣服を仕舞っていると、執事のオットーが夕食を呼びに来てくれた。


……とうとう顔を合わせる時が来たわ。


 オットーの案内で私は食堂へと歩いていく。もちろんその後ろからファルスも無言で付いてくる。私が部屋へと入ると既に家族らしき人達は着席していたわ。


豪華な食堂に綺麗な衣装を来た家族らしき貴族達。ワンピースを着ている私は激しく浮いているわ。


「マーロア、久しぶりだな」

「初めましてお父様、お母様。そしてサラ、テラ。しばらくの間この邸でお世話になります」


 私はしっかりと礼をする。ユベールが侯爵家へ領地の定期報告をしている時に知った事なのだけれど、私には2つ下の妹のサラ、3つ下の弟のテラが居る。跡取りの男児であるテラが居るので侯爵家は安泰ね。

 それに2人とも魔力持ちらしい。ここでは私は本当にいらない子だと思う。ユベールやビオレタが私の両親。2人が恥をかかないようにしないといけない。


「まぁ、座りなさい。マーロアは若かりし頃のシャルにそっくりだな。美人に育って私も鼻が高い」


 私が席につくとすぐに食事が運ばれてきた。これが王都の貴族料理というものなのね。一皿一皿少量ではあるが工夫された料理が運ばれ、舌鼓を打つ。静かに食べていると、妹のサラが声を掛けてきた。


「お姉さま、魔力無しって本当?」


初対面の妹はなんて不躾な質問をするのかしら。まぁ、いちいち気にする所ではないわね。


「ええ。それがどうかしましたか?」

「本当だったんだ。お友達がみんな言っていたの。私、とっても恥ずかしかったの。それにその服、平民が着る服じゃない。汚らしいわ」

「……そう。ごめんなさいね」


サラの言葉で一気に静まり返る。


「ゴホン。サラ、マーロアに対して失礼だぞ。マーロア、明日王都に服を買ってきなさい。後で侍女長を部屋に向かわせる」

「わかりました」

「マーロア姉様、村ではどんな生活をしていたのですか?」


 弟のテラが興味深そうに聞いてきた。サラはヒラヒラのドレスを着ていかにもお嬢様という感じ。弟のテラはひょろっとしていて本が好きそうな感じのお坊ちゃまに見える。あくまで私から見た印象だけど。


「私は村では家令のユベールの手伝いや淑女教育、家庭教師から学院の勉強をしていましたわ」

「ふうん。ど田舎で勉強なんて文字を書くだけだよね?人に教えるような優秀な人っていないはず。魔法も使えないし勉強も出来ない姉なんて僕恥ずかしいよ」


……妹も、だったが弟も、だったか。


「そうかもしれませんわね」

「そんな事を言ってはいけないわ。マーロアにはしっかりと乳母のビオレタがいたんだもの。それに食事だってちゃんとしたマナーで食べているでしょう?大丈夫よきっと」


母はフォローを入れているつもりなのかしら。謎だわ。でも家族そろって私を見下げている事は理解したわ。


 食事を済ませて早々に部屋に引き上げる。父は家庭教師がアシュル侯爵子息だと知っているはずのに何故言わないのかしら。モヤモヤしながらベッドにボスンと座る。


「いやーお前の家族酷いな。後ろにいた俺もびっくりしたわ」

「そうね。一度も会いにこない家族に初対面したけれど、来ない理由も納得したわ」


ファルスは他人事のように笑っている。まぁ、私も半分他人事のような感じなのだけどね。一緒に暮らしていたらきっと心は壊されていたに違いないわ。


――コンコン――


ファルスと話をしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。 


「どうぞ」

「失礼します。侍女長のマリスです」


そう言って部屋に入ってきた侍女長。


「マーロア様、旦那様から明日王都で洋服を買うように仰せつかっております」

「そうね、私、村から出てきたばかりなので王都の街がどんな所かも見てみたいし、今流行っている服も分からないわ。明日付いて来てくれるかしら?」

「街を歩くのでしたら、娘のアンナを付けます。18ですので流行にも敏感だと思います」

「ありがとう」

「お嬢様に聞いてはいけないと存じますが、ビオレタは元気でしたでしょうか?」

「ビオレタはとても元気よ。家令のユベールとこの間ついに結婚したもの。ビオレタは私のお母さんなのよね?ファルス」

「ええ、そうですね」


私はファルスに同意を求めた。もちろんファルスは従者にしっかりとなっている。変わり身の早いこと。


「貴方はビオレタの息子ですね。ビオレタは乳児2人を抱えて領地に出たことを心配していたのです。元気そうでよかった。お嬢様にとっては居心地が悪いかもしれませんが、私や執事のオットーになんでも相談して下さいませ」

「心配してくれてありがとう」


そして侍女長は私に寝る前のお茶を淹れてくれた。もちろんファルスに指導しつつ。ファルスもしっかりと侍女長の淹れ方を真似ていたが、残念ながらファルスの淹れるお茶よりも侍女長のお茶が数倍美味しかったのは内緒。

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