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いまはどんなにつらくても
しあわせはかならずやってくる
明日を信じて生きていこう
手を取り合って生きていこう……
男性歌手によるミディアムテンポのバラードが、太陽が穏やかに傾き始めた昼下がりの空へ響き渡る。
ジャクロはこの歌がお気に入りだった。
エディ・アースという歌手の曲らしい。父さんの好きな歌手だった。
知っているのは歌い手の名前だけだ。サビ以外の歌詞は、音質の悪いスピーカーからはうまく聞き取れない。
歌詞はでたらめでも、一緒に歌えば足取りは軽くなる。今日は車輪通りをいつもよりひとつ、いやふたつ向こうの区画まで行ってみることにした。
車輪通りは少しずつ戦前の活気を取り戻している。戦時中は軒並み閉まっていたレストランのテラス席は、いまは談笑する人々で埋まっている。愛犬や、歩行音がガチャガチャうるさいブリキロボットと一緒に散歩している人もだんだん増えてきた。
ブリキロボットはあざやかな赤や青で塗装された、小型の愛玩ロボットだ。飛び出た丸い目玉と四角い口元、せわしなく動く短足に間の抜けた愛嬌を感じる。いつか欲しいとジャクロも思っていたけれど、いまは母さんにおねだりできるような状況ではない。
いつもは素通りする角を左へ曲がった。お腹を空かせたジャクロの嗅覚が、ほのかに漂う甘い匂いを嗅ぎつけたからである。ケーキだろうか? クッキーだろうか?
匂いの源は、その先にある小さなお店だった。
黒ずんだ銀色の細い煙突と、蔦に覆われつつある外壁。入口のドアは少しだけ開いている。看板の字は読めない。カフェだろうか?
おいしそう。食べてみたいな。でも……。
ジャクロは入口でしばらくまごまごした後、諦めて踵を返そうとした。
「いらっしゃいませ、お客様」
抑揚のない、男か女かも、大人か子どもかも分からない声が店内から呼びかけてくる。ジャクロはびっくりして足を止め、恐る恐る向き直る。
「『お客様』って……僕のこと?」
「さようでございます、お客様」
ジャクロをお客様扱いしてくれる店員さんなんて、いままで出会ったことがなかった。
食べ物を売っているお店の人は、やせっぽちでみすぼらしいジャクロを商売の邪魔だと追い払うか、そうでなければ憐れんで残り物を分けてくれるかのどちらかだ。前者の場合、ジャクロはただみじめな気持ちになり、後者の場合はお腹がふくれて、やっぱりみじめな気持ちになるのだった。
「でも……僕、お金持ってないよ」
まだ店内へ足を踏み入れる勇気が湧かない。ジャクロはドアの前に突っ立ったまま答えた。
「当店は、お客様からお金をいただきません。代わりに、何か金属製品をおひとつでもいただければ、それに見合ったお菓子かお飲み物をお出しします」
金属製品……。
ふと、取れかけた袖口の銀ボタンが目に止まった。
「メッキでも、けっこうですよ」
声はさらに続けた。
単なる飾りボタンだ。取れたって何も困らない。忙しい母さんにわざわざ縫いつけてもらうのも気が引ける。
ジャクロはボタンを引きちぎった。
「こんなのでもいい?」
「もちろんですとも。さあ、中へお入りください」
ジャクロがドアを押すと、思いのほかなめらかに動いた。
「改めまして、いらっしゃいませ、お客様。お席へどうぞ」
声の主はほっそりと背の高いブリキロボットだった。
見た目は大昔の騎士に似ている。ジャクロがいまよりもっと小さかったころ、両親に連れて行ってもらった博覧会。あのとき見た騎士の鎧――あれに金メッキを施したみたいな胴体だ。
少し違うのは、いかめしい鉄仮面の代わりにつるりとした卵形の頭部がついていて、目玉のある位置に瓶底眼鏡のような丸いレンズがはめ込んであること、そしてその頭頂から銀のケーブルが二本生えていて、店の奥へ続いていることだった。怖そうな騎士と違って、どことなく上品な姿だった。
狭い店内にはカウンターがひとつ、座席もひとつだけだ。ジャクロは少し高い椅子に、足をばたつかせながら座った。
「紅茶一杯とクッキー一枚でございます。砂糖はサービスです。お好きなだけどうぞ」
「こんなにもらっていいの?」
差し出したのは、中古のメッキボタンたったひとつだけなのに。
「ええ。当店はそういうシステムになっておりますので。どうぞごゆっくり」
なるほど、外の看板にはそう書いてあるのだ。
ジャクロはありがたくお言葉に甘えることにした。紅茶には砂糖をたっぷり入れて、シナモンの利いたクッキーと一緒に楽しんだ。お菓子を食べるなんて、ひさしぶりだ。
「ごちそうさま。すごくおいしかった! ねえ、ロボットさんがこのお店の
「いいえ。このロボットは、店主である私の代理でございます」
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