4F大講堂にて、敗北。8月23日

 それは2限目が開始したばかり、11時になる少し前のことだった。

 神代かみしろは4月のプール掃除の際に引っ越してもらった“巨大ウシガエル”の水槽掃除を終え、5階の『生物室』から階段に向けて廊下を歩いていた。

 頭の中は“明日”のことでいっぱいだ。なにせ明日、8月24日はサクラの誕生日。プレゼントはもう用意したし、“購買部アプリ”で注文したバースデーケーキも昼までには届く予定になっている。あとは誕生会の内容を考えるだけなのだが、どうせなら彼女が驚くようなことをしたい。さて、一体何をしたものだろうか。

 うーん、と考え込みながら神代は廊下を進んでいく。



 ――今日も今日とて桜高は平穏だ。


 ――だから、きっと平和な日常がやってくるのだろう。



 サクラの出撃が一度もないまま過ぎ去った約3ヶ月。外界から切り離された桜高という閉鎖空間クローズドサークルでの生活。不確かなはずの明日の平和を、神代は無意識のうちに信じて疑わなくなっていた。


“平和はいつだって、突如として失われる”


 緊急事態を告げるケータイのアラート音に、神代はそのことを思い出す。

 アラート発令とほぼ同時に、スピーカーから自動音声による警告が流れてくる。


CODEコード 02発生。コンディション・レッド。各員は速やかに戦闘配備につけ。くり返す――』


 サクラの顔が脳裏をよぎった。思わず彼女のもとに走りだしそうになる。しかし、すんでのところで踏みとどまる。

 行ったとして、自分に何ができるというのだ。敵を前にして、これから逃げようとでも言うのか。

 今できるのは戦闘を見守ること。目をそらさずに、しっかりと現実を受け止めること。それぐらいしかない。

 ちくしょう、と拳を握り締め、急いで階段を駆け下りる。そのまま廊下を走って、4階の大講堂――『特殊S作戦O指揮所C』の扉を突進するように押し開ける。

 指揮所にまだ人は集まっておらず、宮守みやもりの他にはオペレーター三人娘のひとり、伊代月いよづきツバキしかいなかった。エアコンの効いた室内に汗が冷やされていくのを感じながら、神代は宮守の左――黒い固定電話の隣の席に座る。

 机にあった片耳インカムを装着すると、

『ほーんと、困っちゃうよね』

 ゲームコントローラーを机の下から取りだす宮守が呆れた声で言った。

『また某国が敵を押しつけてきたよ。しかも今度はケタが違う。やぶをつついてへびどころか鬼、あろうことか閻魔大王を出しやがった』

「どういうことです」

『下のモニター、見てみ』

 メインで写っている航空映像ばかりに気を取られていた神代は、そのとき初めて下モニターに映るチャートを見、“コード・レッド”が発令された理由を知る。

 防衛海域の一番外側、“第五次防衛海域”の内側を5体のキュウタァが移動していた。紛れもなく本土こちらを目指していて、ゆっくりではあるが着実に接近してきている。

 7年前、黒い雪が降った日。世界の中心に位置する海域に、キュウタァは全部で7体出現した。うち2体はサクラとSシリーズによってすでに撃破されている。つまり、残りの全軍が一気に攻めてきているのだった。

『この3ヶ月、某国はキュウタァ群に対して断続的に攻撃を仕掛けていたんだよ。ボクらが立て続けに戦艦型を倒したのを見て、自分らもイケると思ったんじゃない? でも、逆に敵の手玉に取られていた。束の間の勝利を見せられ、どんどん戦力を削られて、結局は自分たちじゃどうしようもできなくなったんだ。それでこのザマさ』

 上空からの俯瞰したに代わり、

《報告来ました。画面、切り替わります》

 正面のマルチモニターに海上からの映像が映しだされる。

《これは護衛艦“あすかぜ”によって、6に記録されたものです》

 遠くから某国所属のものらしき空母艦隊が接近してきている。後ろから追ってきているのは、空母と同じくらいの大きさの“球体”とそれよりふた回りほど小さい“正二十面体”。いずれもキュウタァ特有のワインレッドのような紅色で、体表では幾何学模様がうごめいている。

 4つの正二十面体は『シールド型』と呼ばれ、その硬さは艦砲射撃を受けても傷ひとつつかないほどだ。球体は『スフィア型』の名が付けられているが、内部から特機とっき型を出現させることから一般には“深紅の母レッドマザー”の別称で知られており、敵のかなめであると考えられている。

 スフィア型を中心に公転する4体のシールド型。1体のシールド型が公転軌道を外れ、群れの前方に躍り出て停止した。後続も進行をやめ、公転運動は続けたままホバリングを開始する。

 前に出たシールド型が展開を始めた。花開くように自身を開き、体内に秘めていた1つの物体を露出させる。その物体はの形態をとっており、色はやはり紅い。

 開いたシールド型の上でふわふわと浮遊する螺旋状の物体。次の瞬間、矢のような鋭い速さを持ち、スクリューのように回転しながら、某国艦隊の最後尾にいる鋼鉄艦へと一直線に飛んでいった。

 紅い螺旋に向け、鋼鉄艦の高角砲が火を吹く。無数に放たれる弾丸。しかし、そのどれもが蒼の彼方に消える。対空射撃をくぐり抜け、螺旋が鋼鉄艦の甲板に突っ込んだ。


 ギャギギギギギギ……!


 悲鳴をあげる鋼鉄艦。

 甲板に刺さった螺旋は火花を散らして艦内へと侵入していく。ものの数秒で完全に潜り込んでしまうと、辺りは一瞬だけ静まり返った。

 少しして、鉛色をした鋼鉄艦が紅く染まりだす。ありとあらゆる場所がぶくぶくと膨れ、血管のようなものが艦体の表面に浮かんできて脈を打つ。


 ぐぐっ……ぐぐぐ……。


 原形を失った鋼鉄艦の腹がうごめいた。

 内側から押されるようにどんどん盛り上がり、そして――


 ――パァァアンッ!


 鋭い高音と共に破裂した。

 破られた鋼鉄艦の腹から数を何倍にも増した螺旋があふれ出、生まれてきた螺旋たちは、それぞれ飛散して他の軍艦を侵襲しんしゅうし始める。残る3体のシールド型たちも展開し、内包していた螺旋を飛ばす。

 海域にいるそこかしこの軍艦で、激しい対空戦が始まった。螺旋たちの標的はこの映像を撮影している護衛艦も例外ではなく、やがて何者かの悲鳴を最後に記録は途切れた。

『まるで、……ウイルスね』

 イヤホンから想河おもいがわの声が聞こえ、見ると講堂の入り口に片耳インカムをつけた彼女の姿があった。

 コーヒーの入っているであろうタンブラーとタブレット端末を持った白衣の背中に続き、残りのオペレーター三人娘――桐ヶ谷きりがや鹿角かづのも指揮所に入ってくる。

『相手の中に侵入し、内部で自身を複製して、最後には死と共に生まれ出てくる。まさに増殖プロセスそのまま。二十面体構造といい、螺旋といい、ウイルスみたいだとは思わない? 少尉クン』

「そうなんでしょうね。先生が言うのなら……」

 NO SIGNALとだけしか映らなくなった4枚のモニターに目をやったまま、神代は心ここに在らずの状態で答える。

 ウイルスに似てるだとか、増殖プロセスがどうだとか、そんなの知ったこっちゃない。正直、どうでもいい。

 今はただ、こんな敵と戦わねばならないサクラの身が、心配で心配でたまらない。

《――警戒機“あさつき”より通信。》

 オペレーション席の右側についた鹿角が報告を入れる。

《5機すべてのキュウタァが、第四次ライン内に侵入したことを視認。

 続いて特通隊とくつうたいより、監視シーカードローンの投下及び展開、完了したとのこと》

 モニター画面にドローンからの映像が映った。

 遠くに見えるのは1体のスフィア型と4体のシールド型のみ。どうやらシールド型は大量増殖した紅い螺旋たちを吸収したらしく、先ほどよりも巨大化し、形態も正二十面体から“ベツレヘムの星”――クリスマスツリーの頂点についている星――のような姿に変わっていた。

《只今から『シールド型』を『大二十面体G型』と改称》オペレーション席の中央に座る桐ヶ谷が続ける。《スフィア型は4機のG型を伴い、なおも高速で進軍中。

 SSOツーエスオー、まもなく投下予定地点に到達》

 蒼い空と青い海の間で、紅い星たちが紅い球の周りを公転している。星は公転しながら上下に動き、自身もくるくると回っている。それはまるで音楽に合わせて踊っているかのよう。どこか儀式じみていて、神代は畏怖いふにも似た恐怖感を覚える。

『参ったね。いっぺんに5はしらとか、こんなの無理ゲーじゃん』

 はっはっは、と宮守は軽快に笑う。

『もしかして、最初からLv.5レベルファイブ濃度のトリガー剤じゃなきゃ勝てないかなぁ』

『賭けになるわよ』

『んじゃ、せめてLv.3に上げときましょう。360秒でケリがつかなかったら、そんときはLv.5に』

『それがいいわね』

 定位置についた想河が言った直後、下モニターのチャートにサクラが出現した。ものすごい速さでチヌルクから離れ、キュウタァ群に向って飛んでいく。

《――SSO、接敵まで60秒》

 雲を引く月光色の翼が蒼穹にきらりと光り、やがてサクラの姿が見えた。

 迎撃するのにちょうどいい位置に陣取ったらしい彼女は、ホバリングして右腕を超兵器に変えていく。よく見ると、白い肌にはうっすら幾何学模様が浮かんでいる。

《SSO、亜空間カノン砲を装備》

 吸引音がし始めて、キュウタァ群に向けられた銃口の周りに青白い光が集まりだした。

《有効射程距離まで、残り100メートル》

 集まった光は玉となり、その大きさを増していく。

 サクラは迫りくる敵を真っすぐに見据え、口を真一文字に結ぶ。

 射程圏内まであと少し。数秒後には戦闘が始まる。不安と緊張が、神代の胸で渦巻いた。

 敵の姿が目の前に迫ったそのとき、

《キュウタァ群、停止》

 いきなり、敵の進軍が止まった。

 G型の公転運動も停止し、動揺した様子でサクラは銃口を下げる。光の玉は分散して、天へと消えていった。

 近すぎず遠すぎない、絶妙な間合いで両者は対峙している。攻撃にも回避にも一瞬にして転じられるそんな距離。だからこそ、サクラは動けないらしかった。

 しばしの膠着こうちゃく状態。時が止まってしまったかのように、両者とも動かない。先に戦端を開いたのは、果たしてキュウタァだった。

 シュルシュルと、紅い球体を取り囲む4つの星たちがほどけ始める。ひも状になり、紅い球を包み込んでいく。すっかり球体を包み終えると、余ったひもをさらに上下に伸ばし、何かを形作っていく。見る見るうちに星の形をしていたG型たちは変わり果て、生物を模した人工物ができあがった。

 細長い4本の脚。垂れ下がった尻尾。ずっしりとした胴体。ボディーラインは直線的で所々角張っており、首にはが生えている。

 これは馬。しかもただの馬ではない。木馬だ。G型はスフィア型を心臓にえ、巨大な“赤黒い木馬”を形成したのだった。

 宮守はふっ、と鼻で笑って、『ははーん。トロイの木馬ってわけか』ドローンを木馬に接近させる。

 回り込むようにして馬体を映していたそのとき、吊り糸を切られた操り人形のように木馬が垂直落下した。しかしひづめが海中に入ることはなく、海面ギリギリのところで止まる。

《キュウタァ群を『木馬型』と改称。SSO、攻撃を再開せよ》

 落下をきっかけに、いよいよ戦闘が始まった。

 サクラは弧を描くように木馬型の側面に回り込み、カノン砲からエネルギー弾を3発ほど放つ。弾道はどれも木馬の胴体を捉えており、外しようがない。しかし、弾は命中せずに木馬型を海に落ちた。

 筋肉のような赤黒い線維が絡み合って、胴体に開いた風穴が塞がっていく。この風穴はエネルギー弾が開けたものではない。被弾を回避するため木馬型が自ら開けたものだ。4体のG型が結合して形成された木馬。結び目を解かれてしまえば、その実体はないにも等しくなる。

《体内のスフィア型を狙いなさい》

 桐ヶ谷がサクラに指示を出す。

《木馬はそれを護っているわ。コアを護るためならば、回避はしないはずよ》

《はい》

 サクラは小さく返事をし、左腕――カノン砲とは反対側の腕を既視感のある新兵器に変化させた。

雷撃らいげきりゅう散弾砲、装備》

 見た目はほぼりゅう弾砲だが、砲身の部分にリング状の機械がついている。機械の中で、コイルのようなものが回転を始めた。

《ボルテージ上昇中……。絶極点ぜっきょくてんまで、残り23Viベビ……》

 りゅう弾砲がバチバチと蒼い火花を散らしだす。蛇のように砲身の上をう火花は、カウントダウンが進むたびに太く鋭くなっていく。電気のせいだろう、サクラの栗色の髪は重力に反して逆立っている。

《――絶極点ジャスト》

 伊代月の声と同時に、ミサイルのようなりゅう散弾が発射された。

 砲弾は雷の尾を引いて飛んでいき、次の瞬間、爆発音と共に炸裂する。中に入っていた無数の弾が、稲妻の如く空を駆け木馬型に襲い掛かった。

《スフィア型、露出》

 木馬を形成していたG型がひも状に解けて宙に広がった。しかし、心臓部だけは防御を解除しておらず、毛糸玉のようになったスフィア型が姿を現す。サクラは矢継ぎ早にカノン砲による弾幕攻撃に移行する。


 ――シュルルルルルルルッ!


 散開したG型が一気に凝縮した。瞬時に木馬の姿に戻り、サクラからの砲撃を受ける。

 放たれたエネルギー弾は、木馬の体表で光のドームとなって消えた。

《木馬型の部分融解を確認。攻撃、効いています》

 サクラは旋回しながら次々に弾を撃ち込んでいく。木馬型の身体のあちこちで爆発が起き、その様子を映すメインモニターはまばゆく光る。

 爆発に次ぐ爆発。光っては消え、光っては消えるエネルギー弾。木馬型は沈黙したまま動かない。

 何かがおかしい。神代は木馬型の様子に違和感を覚える。

 サクラの攻撃は全弾命中しており、木馬はそれを受け続けている。一方的な蹂躙に対し、敵は防御も反撃もしてこない。嵐の前の静けさとでも言うのだろうか、嫌な胸騒ぎがする。

《木馬型、開口。内部より物体の出現を確認。その数、8機》

 あんぐりと口を開けた木馬。その口腔内から、『Y字の飛翔体』が飛び出てきた。Y字たちは編隊を組み、サクラに向かっていく。

 サクラは攻撃を中止して、回避行動に移る。急旋回してはY字たちの間をくぐり抜け、急上昇しては急降下する。カノン砲でY字に狙いをつける暇も、りゅう散弾砲に電気を蓄えている時間もない。

 必死に抵抗していたサクラだったが、ほどなくして、

《SSO、捕捉されました》

 散開したY字の飛翔体に前後をとられ、ひるんだところを拘束されてしまった。

 超兵器となっていた両腕は、先端を閉じてI字となった飛翔体の中で無力化され、翼の噴出口があった胸と腰は2機1組で左右から挟まれている。兵器は使用不能となり、翼の噴出口も完全に塞がれた。

 Y字の飛翔体たちは、必死にもがくサクラを木馬の正面へと牽引していく。

《木馬型の口から螺旋状の物体が出現。その数、3》

 鋼鉄艦を沈めたものより小さい螺旋が、木馬の口から3機放出された。


“相手の中に侵入し、自身を複製して、最後には死と共に生まれ出てくる”


 数分前に聞いた想河の言葉が、脳内で再生された。

「逃げろっ、サクラ!」

 神代は思わず叫ぶ。無駄だと分かっていても、言わずにはいられなかった。

《うっ、ぁ……!》

 2本の螺旋が、拘束されたサクラの両肩に突き刺さった。ドリルのように回転し、身体をつらぬく。

 サクラは涙を流し、激痛の苦しみに絶叫する。

 神代は奥歯を噛みしめ、モニターを直視し続ける。

《やっ……! 来ないでっ! いやぁぁぁあ!》

 3本目の螺旋が、ゆっくり、ゆっくり彼女の腹へ向かう。

 首を横に振って嫌がる彼女の腹に、螺旋の先端が挿入された。

《いやぁぁぁぁぁああぁああぁぁぁああああぁぁああああああぁぁぁぁああああ!》

 それは断末魔の叫びのよう。

 オペレーション席の鹿角マイヒメはインカムを外し、伊代月ツバキは目をそらす。動けないのだろうか、桐ヶ谷ミクルは微動だにしない。

 左耳のイヤホンからは、冷静な想河の声が聞こえてくる。

『体温、心拍数ともに上昇。精神レベルも、どんどん終局値に近づいてるわ』

『麻酔剤と鎮痛剤、限界まで脳内分泌してください』

『もちろんやってるわ。でも、ダメ。何度やってもエラーが表示される……』

 想河は席から立ち上がり、前方――オペレーション席に指示を出す。

『現時点で不要のシステムはすべて排除。回線を開けて』

《回線速度、問題ありません。信号は送信されていますが、SSOがそれを受信できないようです。帯域幅低下、スパコンとの接続微弱》

『原因は?』

《原因不明。接続、リセットされました。SSOへのアクセス不能》

『これは、どういうこと……?』

 指揮所に響き続けるサクラの絶叫。

 血の気がさあっと引いた。胸が締め付けられ、その苦しさから神代は自分の胸倉を掴む。

 何もできないまま、時間だけが過ぎていく。サクラの叫び声は止んでくれない。彼女はやがて気絶し、腹に刺さった紅い螺旋は、彼女の体内に染み込むようにして消えた。

 静まり返った指揮所には、エアコンが出す送風音のみが響いている。

 神代は息をするのも忘れ、モニターを見つめていた。メインモニターに映るサクラは、項垂うなだれたままピクリとも動かない。

《ツ……、SSOが、再接続を要求しています》

 動揺したような桐ヶ谷の声が静寂を破った。それもそのはず、失神したサクラが要求できるわけがない。

 桐ヶ谷はぎこちない動きで後ろを向き、指揮官である宮守の指示を仰ぐ。

 宮守はいつもと変わらない口調で、

『要求を拒否。たぶん、敵の狙いは“ほまれ”だろう。直ちにセキュリティスキャンを開始し、スパコンを再起動して』

《再起動、ですか……?》

『そうだよ』

《しかし、それでは一時的に何もできなくなりますが……》

『何もできないのは今だって同じさ。いいから早く“ほまれ”が侵される前にやっちゃって』

《了解……》

 桐ヶ谷は手もとのパソコンに向き直り、指示通り作業を開始する。

《SSOとの接続を完全に遮断。診断プログラム作動。……診断結果、陰性。

 続いて再起動シークエンスに入ります。シークエンス起動。システム、オールクローズ。シャットダウン、開始――》

 マルチモニターがダウンし、指揮所は一瞬にして暗くなる。画面が回復したときにはすでに、サクラは海に堕とされ波間をゆらゆらと漂っていた。

《木馬型キュウタァ、移動を開始。再び第四次防衛海域を侵攻していきます》

 敵はどうやら、サクラを介したスパコンへの侵入をあきらめたらしい。Y字の飛翔体たちは木馬の中に戻り、赤黒い木馬は口を閉じて歩き始める。海面を漂うサクラには目もくれず、一歩いっぽ海域を進んでいく。

『大佐、状況は?』

『バイタル、精神レベル共に区分クラスレッド。回収を急いで』

《了解です》

『ツバキ、マイヒメ。早急にSS艦に飛んでくれ』

《了解》

《……、》

『それじゃ、私はクリニックに向かうわ。少尉クン、あなたも一緒に来て』

 神代は片耳インカムを外し、足早に出口に向かう想河を急いで追いかける。

 扉の向こうに消える白衣。閉まってきた扉を片手で押さえ、最後にもう一度モニターを振り返る。サクラの無事を祈りつつ、指揮所を出ようとしたそのとき、期せずして耳に受話器をあてる宮守が目に入ってきた。

 黒い固定電話を使っていることから、相手はきっと校長室にいる富嶽ふがくだろう。ここからでは会話の内容を聞き取ることはできないが、ニヤリと笑う彼の顔は何かをたくらんでいる顔だ。

 もしかしたら、手のひらの上で踊らされているのかもしれない。そんな考えが思い浮かぶも、一旦無視して指揮所を出る。今は、サクラのこと以外考えられなかった。

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