4F大講堂にて、撃墜命令。3月同日
《戦艦型α、
特機型38機、
下モニターに映るチャートに、おびただしい数の敵が出現した。それらは
『すべての
指示を出し終えると、今度は手もとの黒い固定電話の受話器を取り、
『臨時司令部の設置と二次ライン防衛の指揮をお願いします。万が一に備え、議会への通知も』
分かった、と言う
ヘッドセットの位置を戻し、宮守はモニターの映像を切り替える。彼が操作する
戦艦型α――かつて世界最大を誇った戦艦と瓜ふたつの姿をしていることからそう名付けられた敵。深紅の身体とその表面を蠢く幾何学模様は、画面越しでもおどろおどろしい。周りに従えた6機の特機型と共に、空中を移動してきている。
《“ほまれ”、システムレベルをフェーズ2に移行。戦闘データの記録を開始。
SSO、まもなく接敵します》
正面のモニターにサクラが入ってきた。
すでに兵器に変形していた腕から、ミサイルが発射される。ミサイルは一直線に戦艦型へ向かうも、特機型の
サクラは瞬時に武器を変更すると、特機型の側面に回り込み、ピンポイントで機関部を狙い撃つ。ガキンッ、という金属音がして、1機海へ堕ちていく。紅の身体は空中で崩壊し、海面に触れる前に世界から消えた。
彼女は護衛の排除が先だと判断したらしく、残る5機に対しても攻撃を始める。
《戦艦型αの形体変化を確認。
次々と特機型が爆散していく中、戦艦型が動いた。
艦体の両側面と後方から先の鋭く尖った触手を伸ばし、まるでヘビが鎌首をもたげるかのように直立させる。次の瞬間、特機型とドッグファイトをくり広げるサクラに飛びかかった。前後左右、上からも下からも、全方向から彼女を狙う。
サクラはすばやい身のこなしでそれらを避けつつ、確実に特機型の数を減らしていく。圧倒的な機動力で次々と制圧し、5機をあっという間に2機にまで減らした。
《SSO、体内元素の40%を消費。
制限がかかるまで残り少ないわ。気をつけて》
逃げる1機を追い、サクラはどんどん加速する。後ろから追ってくる触手を引き離し、敵との距離を詰めていく。その姿はどこか勝利を焦っているようにも見える。
また1機撃墜するかと思われたそのとき、特機型が逃げるのをやめた。進行方向を反転し、バックするように突撃してくる。
迫りくる
背中と腰の翼をたたみ、身体をひねって、間一髪のところですれ違っ――
そのとき、突如として特機型の
――バグンッ!
遅れて爆発音が聞こえ、
吹き飛ばされるサクラが一瞬見え、彼女はすぐに
霧は血の雨となり、やがてサクラの姿が見えた。
白い肌は紅い液体に濡れ、色素の薄い栗色の髪からはぽたり、ぽたりと赤い雫が垂れている。9本もの触手に身体を貫かれ、彼女は空中に固定されていた。
『あらら。ここまでかぁ』軽い口調で宮守が言った。『大佐、状況は?』
『自我レベルが急激に低下しているわ。このままだと間違いなく精神終局を迎えてしまうでしょうね。これはトリガー剤を投与すべき状況よ』
『では、脳内投与、お願いします』
マルチモニターに映るサクラは依然として動かない。目の前でこんな残酷なことが起きているのに、なぜ平気でいられるんだ。なぜ笑顔でいられるんだ。神代は宮守の正気を疑う。
「先輩、あんた……なに考えてるんですか」
『なにって?』
「人の命を何だと……」
『人? おいおい、まだ分かってないのか。いいかい? アレは人間じゃないんだ』
「そうゆうことじゃない……。あなたは、何も思わないんですか」
『なんだ、そっちかぁ。
キミが期待しているであろう感情は、とっくの昔に捨てたよ。
「……、」
『みんな知らないだけで、数年前から吉野サクラは戦っている。吉野サクラがどんなことになろうと、もう慣れっこなのさ。ボクだけじゃない。
モニターを見ろ、というように宮守があごで前を示してくる。
目を移すと、そこに映るサクラの身体には、蒼い幾何学模様が浮かび上がっていた。
うなだれた彼女がピクリと動く。垂れた前髪がつくる影の奥に、ふたつの蒼い光が見える。口角はつり上がり、身体からは大量の黒い血が流れだしている。血は触手をつたい、戦艦型に向かってゆっくりと流れていく。
《“ほまれ”が、防壁を作動……?》
呟きのような声が聞こえ、
《“ほまれ”、SSOにハッキングされています》
『やるねぇ』
《防壁1-1、1-2、1-3……。続いて第2防壁を展開……――9-9、破られました。
SSO、最終防壁を突破。管理者が切り替わります。
“ほまれ”、戦艦型αに対してハッキングを開始》
サクラから流れだしていたものは血などではなかった。
黒い色をしたソレはよく見ると藍色で、ドクンドクンと脈打ちながら触手の上を這い、分岐を繰り返して戦艦型へと伸びていく。
ギァアアアアアッ!
どこからか叫び声のような音を発して、最後の特機型がサクラの顔に突っ込んだ。
講堂を流れる時間が一瞬止まり、刹那の静寂が訪れる。
《――ふっ》
首を横に倒したサクラがニヤリと笑った。
彼女の顔のすぐ横には
サクラの指が、沈み込むように
《“ほまれ”、特機型パーソナルコードの解析を開始。
――完了。続いて、基礎配列のリプログラミングに移行しました。SSO、特機型に対してもハッキングを始めたようです》
ブツリ、と音が聞こえ戦艦型の触手が切れた。
どうやら自切したらしく、血のようなものに侵されていない部分だけが副砲の中に戻っていく。
サクラに刺さったままの触手は、ずるずると彼女の体内に引きずり込まれ、
《体内元素量、回復していきます。上限をオーバー。計測不能》
吸収されて跡形もなくなった。
《SSO、特機型のハッキングに成功。識別信号は
青色に変色した特機型が、サクラの隣を浮遊し始める。
興奮しているのか、彼女は口を三日月形にして笑っている。
『――トリガー剤、効果消失まで180秒』
想河の声とほぼ同時に、サクラが動いた。戦艦型を指さし、友軍にした敵に命令を下す。
指示を受けた特機型はタービンを固定し、代わりに身体を高速回転させて戦艦型に突撃する。甲板に突き刺さり、ドリルのように体内へ潜り込んでいく。姿が見えなくなり、バグンッと音がして、艦内で爆発が起きた。
《戦艦型α、活動を停止。機関
めくれ上がった甲板から、核を護る最後の壁が顔を出す。
サクラはすばやく上空に移動すると、戦艦型へ向けそこから何かを投下した。
それはいわゆるクラスター爆弾。落下の途中で外装が開き、中から無数の小型ミサイルが発射される。ミサイルは縦横無尽に蒼穹を駆け回り、白い雲を引きながら戦艦型に牙をむく。
『――残り120秒』
もはやこれは戦闘ではない。一方的な
《SSO、
左右に大きく広げられたサクラの両腕が、見たこともない形状になっていく。兵器というより機械に近く、しかも試作品のようで、所々コード類がむき出しになっている。
彼女は兵器に変えた両腕を身体の前で合わせ、ふたつでひとつの
艦首から艦尾にかけて光のメスが入れられる。
『――残り60秒』
敵の身体が切断面に吸い寄せられるようにして圧縮されていく。大破などという言葉は、この有様を表現するには生ぬるい。血のような液体を垂れ流し、海を真っ赤に染めながら戦艦型は世界に溶けて消えていく。
『潜水艦群に伝達。
敵を殲滅し終えたサクラは、両腕を変形させながら周囲の海を見回す。
狂気じみた笑顔を張り付けたまま、何かを探すように首を巡らせ、
《潜水艦群、SSOに捕捉されました……》
『全LCM誘導弾、発射』
宮守の一言で海上に白煙が立ち、円を描くように無数のミサイルが打ち上げられた。
サクラは両腕を広げ、くるくると回りながら何かを撃ちだす。
《SSO、対潜ミサイルを射出中。LCM誘導弾、起爆まで残り15秒》
全方位からサクラに接近してくる無数の機影。それは瞬く間に対潜ミサイルと交差し、衝突し、数を減らしながらも彼女に向かって飛んでくる。
青い空にきらめく爆発の閃光。白い雲は吹き飛び、代わりに黒い煙に変わる。黒煙の中からは衝突をまぬがれたミサイルたちが姿を現し、それぞれが目標に襲いかかる。
『――薬効消失まであと10秒』
サクラはその場から逃げることをせず、腕をバルカン砲のような兵器に変えて応戦する。
講堂のスピーカーからは、彼女の狂った笑い声が流れてくる。
《LCM、起爆します》
次の瞬間、ミサイルがまばゆい光に変わった。
周辺の空気を焼き尽くし、サクラを炎で包み込む。
「っ……、」
できることなら、この光景から目を背けてしまいたい。しかし、どれだけそうしたくても身体は動いてくれない。
――今は分からなくても、いつかきっと理解できる日が来るから。
――いつか……。
学食での会話がふと蘇る。
哀しそうに呟いたサクラを思い出しながら、神代は拳を握りしめてモニターを見つめる。
『――トリガー剤、体内から消失』
噴出していた光の翼は消え、深緑色のセーラー服は黒いススにまみれている。気絶しているらしく、彼女は重力に従って頭から海に堕ちていく。
『バイタルサイン、いずれも正常。脳波の乱れなし。自我レベル、回復していくわ』
想河から報告を受け、宮守はふーっ、とひと息吐いてから、『マイヒメ、状況報告』持っていたコントローラーを机に置く。
《潜水艦群より報告。“潜水艦たかまつ”の乗員7名が負傷。いずれも軽傷。その他、被害報告なし。
二次ラインの戦闘はすでに終了。旗艦からの報告では大破1、中破3、小破10とのこと。出撃したSシリーズ“Ⅰ番機”から“Ⅳ番機”の被害は皆無。以上ッス》
『ミクル、“ほまれ”は復活したかい?』
《はい》
『どう? ちゃんと
《すべての戦闘データ、問題ありません》
『よろしい。それじゃ、キミはSシリーズによる
《了解です》
『ツバキ、キミはマイヒメと共にSS艦に飛んでくれ。回収された吉野サクラをチヌルクに収容し、機内で簡易処置をしながら
《了解》
《了解ッス》
『想河大佐はクリニックでの受け入れ準備と、二人の遠隔サポートを頼みます』
『分かったわ』
それと、と言って宮守はこちらに顔を向ける。
『神代、キミもクリニックに行って大佐の手伝いをするんだ』
「……、」
『返事はどうした、少尉』
「……了解」
『よろしい。では、耳のソレは外してから行きたまえ』
神代は片耳インカムを机に置き、力なく席から立ち上がる。
通路に出、階段を下りて、ステージ前で待っていた想河と合流する。「行くわよ、少尉クン」
講堂を出る直前、マルチモニターをふり返ると、そこには『NO SIGNAL』の文字があるだけでもう何も映ってはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます