4F大講堂にて、作戦開始。3月同日
4階のボタンが押され、ドアが閉まった。
「これからの話をしよう」
そう言って、宮守は上着のポケットから何かを取り出す。「はい、コレ」
手渡されたのは、片耳インカムだった。
「これは?」
「指揮所での会話に必要なんだよ。ソレのマイクは、ボクのヘッドセットと繋がってる。プライベート通話に設定してあるから、キミの声はボクにしか聴こえない」
「……ちゃんと、説明してもらえるんでしょうね」
「モチのロンさ。チュートリアルをスキップするほど、ボクは鬼畜じゃないよ」
階数表示が3から4に変わり、まもなくして上昇が止まる。
ドアが開き、「よっしゃ! 張り切って行こう!」宮守は軽快に一歩目を踏みだした。有事とは思えないほど高いテンションに若干引きつつ、
エレベーターホールから続く廊下を突き当たりまで進むと、そこには両開きの扉があった。扉の上には『大講堂』と書かれたプレートがある。校内を散策したとき、施錠されていて入れなかった場所だ。
宮守に続き、扉を押し開けて中へ。講堂内は廊下と違って薄暗く、ひんやりとしていた。程よく冷やされた空気に、火照った身体の熱が奪われていく。
「なんだ、ここ……」
室内を見渡し、神代は絶句する。
正面ステージに設置された巨大なマルチモニター。ステージと座席1列目との間には、真っ黒なドーム状の機械。モニターは左右の壁や天井、ステージ下にまで展開しており、立体的にひとつの画面を形成している。ドーム状の機械は確か“ほまれ”とか言ったはずだ。5種のスーパーコンピューターからなる『複合型スパコン』だと士官学校で習った記憶がある。
講堂を真上から
「ようこそ、
階段状になった講堂の中を、宮守は上を目指して進んでいく。
中腹あたりの座席に、体育館裏で会った三人――
宮守はそこから数段上った場所――ちょうどモニターが正面に来る高さ――の列に入り、中央の座席に腰を下ろす。ひと席空けた隣、白衣姿の
『あー、ああー。マイクテス、マイクテス。聞こえるかい? 神代』
左耳につけたインカムから、宮守の声が聞こえてきた。
『好きな場所に座ってくれ。もうすぐ始まるぜ』
宮守は机の下から“ゲームコントローラーのようなもの”を取り出し、電源を入れる。彼の隣には黒い固定電話が置かれているため、神代は反対側の想河と同じく、ひとつ空けて座った。
ほどなくして、講堂に声が響き渡る。
《“巡洋艦らいこう”より入電。某国艦隊の壊滅を確認。敗走艦、視認できず。
先行している
下のモニターを残し、他4枚の映像が切り替わる。
波打つ
第四次世界大戦を終結させた英雄にして、今なお続く終末戦争を始めた敵――『キュウタァ』。その中でも特機型と呼ばれる奴らだ。
《チヌルク、残り
下モニターに映るチャートの上を、△の光が点滅しながら移動している。△は友軍の証で、この場合『チヌルク』を意味しているらしい。神代はチヌルクと聞き、自分の耳を疑う。
チヌルクと言えば、大型輸送ヘリのこと。戦闘機でもやっと倒せるかどうかの相手なのに、機動性も搭載兵器も格下のチヌルクでは、戦闘にすらならないだろう。この状況、言ってしまえば出撃していないも同然だ。
《投下予定地点にまもなく到達。後部ハッチ、開放します》
現在、チヌルクは海上を飛んでいる。
こんな場所で、一体何を投下するというのか。
『なあ、神代。』
コントローラーの動作を確かめるように、次々とモニター映像を切り替える宮守が言った。
『なぜ世界中の国々がキュウタァに負けているのか、分かるか?』
「それは……、」
物資不足。人員不足。装備不足。経験不足。
敗北を構成している要因ならすぐに思い浮かぶ。しかし、どれも決定的であるとは言えない。
『自分たちと敵、その両方を知らなさすぎるからだ。
「……、」
『じゃあさ、どうしてボクらだけが善戦できているか、それは分かる?』
「い、いえ……」
言われてみれば、どうしてだろう。
この国より戦力があった国は、ごまんと存在していたはずだ。なのに現在、国民の半数が消滅していないのは、この国を除いて他にない。
『それはね――』宮守はこちらを見、にやりと笑う。
《準備完了。
『ボクらだけが、キュウタァを兵器として運用できているからさ』
チャートに新たな友軍、†が出現した。†は位置が更新されるたび、今まで
速いなんてものじゃない。これは、速すぎる。どんどんチヌルクを引き離し、敵に向かって飛んでいく。
《第二主翼、1番
正面のモニターに目を戻すと、血のような赤黒い色をした敵がいつの間にかアップで映されていた。
両端が
《SSO、接敵します。》
マルチモニター上部の空に、光を放つ何かが飛び込んできた。
月光のように青白く、やさしい輝きを放つ翼。それは白い雲を引きながら、踊るように青空を駆ける。
空を飛んでいるのは、深緑色のセーラー服を着た少女。彼女の背中や腰、脚についたノズルのようなものからは、ナイフ状の翼が噴出している。
「……サクラ」神代は思わず言葉をもらした。
『まずは、チュートリアルからいこう』
《“ほまれ”、戦闘ナビゲーションを開始。
第一波は特機型3機のみ。速攻で片づけて》
《はい》サクラは返事をすると、瞬く間に敵の群れとすれ違う。急旋回し、敵の背後を取った。
《アブソリュートライフル、装備》
彼女の右腕が、華奢な身体には似つかわしくない大型火器に変貌していく。迫撃砲と対戦車ライフルを合わせたような、既視感のある新兵器。瞬時に腕の周りに形成され、そして火を吹く。少し遅れて、空間を引き裂くような爆音が響いた。
紅い敵が1機、への字に下り曲がって海へと墜ちていく。空中で崩壊しながら、世界に溶けるようにして消えていく。残る2機はバックするように進行方向だけを変え、遠ざかるサクラを追う。
《敵内部の温度上昇を確認。バーナーブレード、回転を開始》
敵の中心部――タービン構造になった部分が回転を始めた。回転数が上がるに従い噴出する光線は変色し、エネルギー量とその規模を増していく。それはまるでミキサーの回転刃。敵はサクラを切り刻まんと、2機連携して追撃する。
サクラは飛行速度を上げながら真上に上昇し、
《
急ブレーキをかけて、今度は真っ逆さまに下降する。
自ら回転刃へ向かうサクラを見、神代は反射的に身構えた。
敵の光線はありとあらゆる物質を消滅させる。跡形もなく、きれいさっぱりと。このまま突っ込めば、彼女の身体は所々が消失した輪切りになるだろう。
臓腑が空にまき散らされ、残った肉片が海へ落ちて血色のしぶきを上げる。そんな
「なっ……!」
しかし、予測とは裏腹に、サクラは敵の攻撃をかわす。回転刃がつくる一瞬のすき間をすり抜け、再び敵の背後についた。
機関部を狙い撃ち、また1機撃墜する。
『――識別コード、SSO。個体名、
インカムからの声に、神代はモニターから目を離す。
宮守は正面に顔を向けたまま、コントローラーでカメラを操作しながら、
『吉野サクラは現在、統合型スパコンと接続中だ。自律思考システムとシミュレーションによる戦闘ナビ。超高速処理による動体視力もろもろの向上。敵の動きはほぼ予測済み。だから、SSOが特機型に
何を言っているのか分からない。その前に、モニターの向こうで起こっている事態すらもまだ理解できていない。
特機型1機のために、どれだけの戦闘機が墜とされたことだろう。どれだけの人間が消滅したことだろう。それなのに今、奴らはたったひとりの少女に
『言っただろ、チュートリアルだって。こんなの、勝って当たり前なのさ。だから、特機型だけじゃフツー吉野サクラは出ていかない。それでも今回出撃したのは、緊急クエストが発生したからだ。7年ぶりだね、アレが来るのは』
「アレって?」
そのとき、少し震えた声が講堂に響いた。
《“ミサイル艇きよかぜ”より報告。戦艦型キュウタァ1機、防壁を展開しつつ第三次防衛海域に侵入》
「えっ……」
戦艦型。その名を耳にするだけで鳥肌が立った。
心臓をじんわりと掴まれているような、動悸にも似たイヤな感覚。終末戦争は、
『タイプは?』
《αとのこと》
『1番艦かぁ。初戦には持ってこいの相手だね。
それじゃ、特務艦隊は潜水艦群を残して二次ラインまで後退。展開中の潜水艦群はすべての
《了解》
7年前――黒い雪が降った年。
量産型である特機型キュウタァを除き、敵は全部で7体出現した。
生物なのか、無生物なのかすら解からない未知の敵。7隻、7機、7体。そのどれを使うべきかの議論は今でも続いている。ともあれ、そのうちの2体が戦艦型αとβだ。中でもαは開戦直後、一夜にして首都を消滅させた敵。奴に対する衝撃と恐怖は、忘れたくても忘れようがない。
『いいか、神代。これから起きることをよーく見とけ。』
画面に映るサクラが、最後の特機型を倒した。
間を置かずして腰から出ている翼――第二主翼を後退させ、高速移動の体勢をとる。次の瞬間、彼女は衝撃波と共に水平線の彼方へ飛び去った。
宮守はスティックを動かす指を止め、声高らかに宣言する。
『ここからがお待ちかねの本編。さぁ、
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