第65話 とんま
彼は、自信に満ち溢れ、森の小道を勇壮に歩く。まるで馬に乗っているかのように。しかし彼は馬が苦手だった。子どもの頃に父親が落馬して死んだからだ。彼は、周りの友人からはとんまと呼ばれていた。でも、彼の勇壮に歩く姿を見ると、けっしてとんまなどと呼びたくなくなる。その、頬に風が吹きつける様は、ある種の理知さえ宿っている。彼のことをKと呼ぼう。Kの職業は、煙草屋だ。この街で、まだ老年に差し掛かっているとはとても言い難い彼が、普通は老婆が営んでいるような仕事に若々しさの満ち溢れたKが煙草を売っているという事実に、人々はやや馬鹿にした感情を抱いている。しかしKはKなりに、とんまらしく仕事に誇りを抱いていた。Kは煙草を吸わない。なぜなのかはよくわからない。Kの友人によると、肺気腫をなによりも恐れているからだという。彼がなぜとんまと呼ばれているか、最近、友人たちの調査で判明した。仕事中、椅子に座りながら眠るのだが、必ず椅子から転げ落ちて起きるからだという。Kにはそれ以外には、特に非難する点も無かった。そんなKが煙草屋を廃業した。Kの友人のYが、二人で森を散歩したあと、喫茶店で珈琲を飲みながらその理由を訊いた。
――――――君、なんで煙草を辞めたんだい?
――――――飽きたからさ。
――――――何かアテがあるのかい?このとんまさん!
――――――古本屋をやろうと思っている
Kは実際、煙草より本が好きだった。いろいろな本があるとさらにいい。「とんまのための仕事術」「逆立ちしながら読む料理の本」とか。しかしKの夢の膨らみは呆気なく潰えた。森の小道でKは息絶えていた。馬に踏みつけにされたのだ。
習作 @ogaprofane77
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