012 知識チートSIDE-B

 ソーマが自分に週間予算銀板1枚が出ていることに気付いた。

教育係のマイヤーハイム卿がうっかり伝えてしまったのだ。

逃走タイプと警戒されていたソーマに、やっと授業が行えると張り切ってしまったようだ。


 この予算があることを秘密にしていたのは、逃走タイプのソーマが予算を貯めて逃走資金にしかねなかったからだ。

その懸念が消えたため、いつか教えても良かったのだが、このタイミングは想定していなかった。


 そしてソーマはあることに気付いたようだ。

今まで自分が個人として使った金額が、累計支給額を上回っていると。

そのため、このようなことを言い出したのだと思われる。


「エッダ、異世界の知識で金を稼ぎたい。

誰か話の出来る者と会わせて欲しい」


『エッダ、知識チートの提供依頼だ。

王国技術院に連絡せよ』


 俺はエッダにゴーサインを出した。

ここからは専門家に任せる。


「畏まりました」


 エッダが壁から離れて、扉に向かい、扉を少し開けて外に待機していたメイドに指示を出した。


「(王国技術院に連絡を。知識チートの提供と思われます)」


 王国技術院、それは勇者から齎されるチート知識を管理し、実用化をはかる組織だ。

そこには、歴代勇者の知識が集められており、その実現性や失敗例が蓄積されている。

新た勇者の一言で、技術的課題が解消され、長年燻っていた技術が使えるようになる、なんてことも極稀に起こり得る。


「担当者をお呼びしました。

暫くお待ちください」


 メイドが連絡に走り、王国技術院から担当者が駆け付ける。

彼も勇者を確保したという情報を得て、今か今かと待機していたのだ。


 担当者は扉の前まで辿り着くと息を整え、騎士クヌートに合図を送った。

騎士クヌートが扉をノックし、担当者の来場を告げる。

エッダが壁から離れて迎えに行き、扉を開ける。

エッダに迎え入れられて、白衣の中年男性が招き入れられた。


「お初にお目にかかります。

王国技術院のブロッホと申します。

技術提供のお話ということで伺いました」


 いかにも研究者という感じのブロッホが自己紹介をする。

ブロッホは、技術優先のちょっとMADな研究者だった。

下手な事を言うのではないかとソワソワする。


「ソーマだ。

ブロッホ技師とでも呼べば良いか?」


「技師というよりも研究員です。

ブロッホ研究員か、呼び捨てでブロッホとお呼びください」


「では、ブロッホ研究員と呼ばせてもらう」


「はい。

ところで本日は、どのような技術をご紹介いただけるのですか?」


 ブロッホ研究員は、興味が先に立ったのだろう、単刀直入に訊ねた。

ソーマ自身には興味がなく、早く異世界知識を訊きたいのだ。


「この世界に無い料理や調味料を紹介したいと思って」


「それは有難い。

この国、食事が不味いですからね」


 この国の食糧事情は、異世界からすれば遅れている。

それは流通など、クリアできない課題が多いからだ。

海の幸を腐らずに内陸まで届ける。

それだけでも高価な収納魔道具だったり、冷蔵魔道具が必要になる。

あるいはレアな収納スキル持ちを雇わなければならない。

貴族や金持ち以外の一般人が口にする食材は、仕入れ時点から差が付くというわけだ。


「まず醤油と味噌という発酵調味料があります」


「ほう、それはどのように造るのですか?」


「それは材料を発酵させて……」


 醤油や味噌という調味料の存在は、知られている。

ただし、詳しい製法を知る勇者はいなかった。

勇者たちが恋焦がれても手に入らない代物だった。


「造り方がわからない……」


「それでは無理ですね」


 やはり、ソーマも知らなかった。

たまたま製造業者だったとか、異世界転生を想定して記憶していたなどのレアケースに当たらなければ、実現不可能な調味料だった。


「塩と酢と植物油、そして生の卵はありますか?

それがあれば万能調味料が造れます」


「材料を用意すれば良いのですか?」


「はい、目の前で造って見せましょう」


 俺はこの落ちが見えていた。

ブロッホもそうだろう。

だが、なんらかの技術的な進歩があるかもしれない。

ブロッホも、それは知っているなどとソーマを止めなかった。


 エッダが手配した材料を別のメイドが持って来た。

二度手間になるのを嫌ったのだろう、同時に調理道具も用意されていた。

おそらく、アレを作るのだろうが、皆黙ってソーマの一挙手一投足を見守った。


「これがマヨネーズ。何の料理に使っても美味しく出来る調味料だ」


 ソーマが作ったのはやはりマヨネーズ、通称悪魔の調味料だった。

そしてソーマがマヨネーズを味見をしようとする。


『危ない!』


「お待ちください」


 俺の叫びと同時にエッダがソーマを止めた。

そしてエッダが魔法を使う。


「【浄化】」


 エッダはマヨネーズに浄化をかけた。

危ないところだった。

下手するとソーマが死ぬところだったぞ。


「どうして?」


 ソーマはこの危機的状況が理解できていない。

エッダがちょっと怒り気味に説明をする。


「卵は生では食べられません。

明らかに生でしたので、危険と判断し、浄化いたしました」


「ああ、悪魔の調味料でしたか」


 黙って見ていたブロッホ研究員が落胆を込めてマヨネーズを知っていると伝えた。

マヨネーズを悪魔の調味料と呼んでだ。


「過去に流行ったことがあるのです。

そして大量の死者を出し、悪魔の調味料と恐れられました。

それ以来、この国では使う者はいません」


 ソーマは顔を青くしていた。

材料の卵だって、何の卵かと知らないだろう。

それが生で食べられると思うなど、異世界から来た勇者ぐらいものだ。


「メイド女史のように【浄化】をかけていれば安全なのですが、なぜそのようにするのかを理解出来る者が少なかった。

手は抜かれ、そして事故が起きたのです」


 ソーマも元世界の卵生食が、いかに恵まれているかを理解したようだ。


「それで悪魔の調味料か」


「美味しくて太ってしまった貴族女性からもそう呼ばれました」


 ソーマは、命に関わるという話しと、既に齎された調味料であることに落胆した。


「他には何か?」


「油で揚げるカツとか?」


 ソーマよ。

それも散々既出の料理だ。

今までの勇者からも真新しい技術は齎されていない。


「油を熱して衣を付けた素材を揚げる料理ですね?

それは火事を出して禁止となりました」


 ブロッホも、聞き飽きていたのだろう、さすがに発言を止めた。


 その後ソーマは何も思いつかないのか、言葉を失った。

ソーマは、他の物を思い出したら伝えると、ブロッホ研究員に退室願った。


『一般以上の知識無しだな』


 これによりソーマには特殊な知識は期待出来ないとの判断が下されることになった。

何か思い出したら聞いてあげるが、期待薄として、王国技術院の担当者レベルも下げられることだろう。

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SIDE-A異世界なんてチート転生で楽勝だったSIDE-B全て俺のサポートのおかげだけどな! 北京犬(英) @pekipeki0329

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