012 知識チートSIDE-A
王国に借金があることに気付いた俺は、その隠された借金の解消のため、知識チートで金稼ぎを考えた。
この世界、何度も勇者召喚が行われていて、曜日の順番などにその足跡が残っていた。
つまり知識チートの一部は伝承済みだと思われる。
リバーシや手押しポンプなど、異世界ラノベ定番の知識チートは、話すだけ無駄だろう。
そこで俺が目をつけたのは食事だった。
ハッキリ言って、この世界の料理は美味しくない。
ここ数日食べさせてもらったが、ほぼ塩味で焼くか煮るだけという感じだった。
つまり、食に関わる知識チートが伝わっていないということだ。
「エッダ、異世界の知識で金を稼ぎたい。
誰か話の出来る者と会わせて欲しい」
「畏まりました」
エッダが壁から離れて、扉に向かうと、扉を少し開けて外の誰かに何かを囁いた。
そして扉から離れると、俺の横に来て報告した。
「担当者をお呼びしました。
暫くお待ちください」
担当者が来るならばと、俺は応接セットに向かい、どこに座るか躊躇った後、上座のソファに腰かけた。
エッダにそっちだと指示されたからだ。
シャノは俺の後ろに立った。
暫く待つと、扉がノックされた。
エッダが迎えに行き、扉が開けられる。
その向こうには騎士クヌートと、白衣の中年男性が立っていた。
エッダが白衣の中年男性を招き入れる。
「お初にお目にかかります。
王国技術院のブロッホと申します。
技術提供のお話ということで伺いました」
ブロッホと名乗った白衣の男は、いかにも研究員という感じだった。
「ソーマだ。
ブロッホ技師とでも呼べば良いか?」
「技師というよりも研究員です。
ブロッホ研究員か、呼び捨てでブロッホとお呼びください」
「では、ブロッホ研究員と呼ばせてもらう」
「はい。
ところで本日は、どのような技術をご紹介いただけるのですか?」
ブロッホ研究員は、単刀直入に訊ねて来た。
無駄話をしないタイプのようだ。
そして俺は、知識チートの受付が業務として確立していることを確信した。
「この世界に無い料理や調味料を紹介したいと思って」
「それは有難い。
この国、食事が不味いですからね」
ああ、この世界の人も食事が不味いと思っているのか。
ならば食事改革は金になるだろう。
「まず醤油と味噌という発酵調味料があります」
「ほう、それはどのように造るのですか?」
「それは材料を発酵させて……」
そこで俺は言葉に詰まってしまった。
元世界では当たり前にある調味料、その造り方を知らなかったからだ。
「造り方がわからない……」
「それでは無理ですね」
なんということだ。
他の召喚勇者も、味噌醤油の製造元の人でなければ、そんなものは造れはしない。
だから一切何も伝わっていなかったのか。
いや、一つだけ造り方が分かる調味料があるぞ。
それは万能調味料と言えるものだ。
「塩と酢と植物油、そして生の卵はありますか?
それがあれば万能調味料が造れます」
「材料を用意すれば良いのですか?」
「はい、目の前で造って見せましょう」
エッダが別のメイドを呼び、指示を出すと時間もかからずに材料が用意された。
同時に調理道具も手配されていた。
さすがエッダ、察して準備してくれたらしい。
材料だけで何をするんだというところだろう。
揃った材料は、あまり思わしく無い物ばかりだった。
卵は鶏卵より大きめ、酢はたぶんワインビネガー、植物油は香りからごま油だろうか、塩は岩塩だ。
まあ、なんとかなるだろう。
俺は昔やったことのある知識を動員して、マヨネーズを造り始めた。
混ぜる順番と分量さえ間違えなければ、それなりの物が出来るはずだ。
ヘラでかき混ぜる事小一時間、ついに乳化したマヨネーズが完成した。
「これがマヨネーズ。何の料理に使っても美味しく出来る調味料だ」
そして俺が味見しようとすると。
「お待ちください」
エッダに止められた。
そしてエッダは魔法を使った。
「【浄化】」
エッダがマヨネーズに浄化をかけたのだ。
「どうして?」
俺が疑問の目を向けていることに気付いたのだろう。
エッダが説明をしてくれた。
「卵は生では食べられません。
明らかに生でしたので、危険と判断し、浄化いたしました」
「ああ、悪魔の調味料でしたか」
ブロッホ研究員がマヨネーズを知っているという顔で追随した。
しかもマヨネーズを悪魔の調味料と呼んだ。
「過去に流行ったことがあるのです。
そして大量の死者を出し、悪魔の調味料と恐れられました。
それ以来、この国では使う者はいません」
どうやら、過去の勇者もマヨネーズを齎していたようだ。
そして、マヨネーズによる食中毒を起こし、大量の死者を出した。
そんな危ないものを使おうとするわけないか。
「メイド女史のように【浄化】をかけていれば安全なのですが、なぜそのようにするのかを理解出来る者が少なかった。
手は抜かれ、そして事故が起きたのです」
日本の卵が優秀すぎて忘れていたが、元世界でも日本以外の国での卵の生食は命がけだ。
サルモネラ菌。その食中毒は命を奪うこともあるのだ。
卵の殻を洗えば良いというものではないらしい。
卵の中にまで侵入し、日数が経つと繁殖し増えてしまうことがある。
焼いて食べることが当たり前の国では、卵がいつ産んだものかなどの管理も甘い。
だからリスクが高くなる。
「それで悪魔の調味料か」
「美味しくて太ってしまった貴族女性からもそう呼ばれました」
ダメじゃん。既出じゃん。
しかも、死者を出してアウト。
今更提案するような物ではなかった。
「他には何か?」
「油で揚げるカツとか?」
トンカツを説明しようとした矢先、ブロッホ研究員に止められてしまった。
「油を熱して衣を付けた素材を揚げる料理ですね?
それは火事を出して禁止となりました」
日本のように温度を目で見えるようには出来ない。
プロの料理人は経験で判断できるが、調理器具が対応していない。
竈の火を一瞬で消すことは不可能だった。
油の温度も管理できない。
危ないと思って鍋を火から外そうとして料理人が大やけどをしたという事例もあったそうだ。
ダメじゃん。
ガスや電気コンロだから直ぐ火を消せたし、温度管理も可能だったんだ。
後はこの世界に無い料理の提案だけど……。
味噌醤油やお米も使わず、油で揚げない料理……。
そんなの何がある?
魚? 川魚しかない。しかも塩焼きは定番だ。
あれ? 詰んだ? なんだこれ?
知識チートなんて存在しないじゃん。
俺は失意の中、ブロッホ研究員に退室願った。
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