第25話
葵と前田くんのデートから数年が経過した。
「逆の立場になったね前田くん」
新郎控室。そう。あのデートで二人は付き合った。僕としても喜ばしい限りだ。
「はぁ〜……恭弥の気持ちがわかった気がするわ」
「ははっ、そうでしょ。でも良い気分でしょ?」
「あ〜……まぁな。なぁ、恭弥」
「うん?」
「ありがとな」
「…………親友のためだからね」
僕はそう伝え、先に向かう。葵の方には……まぁ、あかりたちがいるだろうし父さんが葵と一緒に入場するみたいだからその時に葵の姿を目に収めよう。
「あ、嶋山く〜ん。どーだった〜?」
「すごいかっこよかったよ」
「ほ〜なるほどぉ。それはそれは楽しみですな」
「あれ? 梨奈さんは?」
「あ、りなっちなら葵ちゃんの方に行ってるよん。あーちゃんと一緒に行ってるみたいだね」
「なるほど。行かなくて良かったの?」
「行ったよ〜。でもほら、席とか大事じゃん?」
「指定席なんだけどね」
「も〜細かいことはいーの」
「はいはい」
沙美さんとそう語らいながら待っていると僕とあかりの間に生まれた恵美と京香を連れてあかりと梨奈さんが戻ってくる。
「おかえり〜。どうだった葵の方」
「すごい可愛かったよ〜。ね、恵美、京香」
「うんっ! おねえちゃんすごいきれいだった!」
「なんかおひめさまみたいだったね〜」
「へぇ〜そうなんだ。楽しみだね」
「いや〜嬉しいねぇ。こうして友達の晴れ舞台を拝めるってさ」
「そうだねぇ」
だいぶ賑やかになってきた。もうそろ始まることを知らせているということでもあるのだろう。前田くんの仕事先の方々も居り、前田くんもずいぶんと大きくなったなぁと我ながら感慨深くなったのはここだけの話。
「おぉ……すごい様になってるね前田くん」
「そやねぇ」
「誰このイケメンみたいな感じだけど」
「なんだいその感想」
僕の時と同じように前田くんが先に入場する。純白のタキシード姿はやはり様になっていたようだ。前田くんの少し明るめの茶髪が良く映えていると思う。それから少ししてからベルが鳴り響く。新婦の入場の合図だ。扉が開かれ、それに目を向ければ、父さんの隣に添うようにこれまた純白のウェディングドレスを着た葵が立っていた。初めて見る葵の……妹の晴れ姿に僕は知らず知らずのうちに涙を流す。拍手も忘れるほどその光景を見つめる。
(あぁ、凄い綺麗で確かにお姫様のようだね。とてもおめでたいよ)
父さんの腕から手を離し、巣立つように側から前田くんの許へと歩き出す。今しっかりと見れば父さんもまた涙を流していたと思う。とても素晴らしく、嬉しいことだと思っていることだろう。それは僕もまた同じことだった。涙を拭うことを忘れる程に目の前の光景を見続ける。兄として前田くんの妻として過ごすこれからの葵に祝福を。
「……きょーや。涙、拭こ?」
「…………え? あ、あぁ、うん。ありがと」
「……嬉しいね」
「うん。嬉しいよ。すっごく」
袖を引かれ、ハンカチを手渡されて漸く僕が泣いていることを自覚して彼女からハンカチを受け取り、拭いながら頷く。何度も。こんなに嬉しいのは子供を授かったという報告を受けた時と同じくらいの嬉しさだろう。そう思いながらも前方では式が滞りなく進んでいく。二人の誓いのキスをしたのを見つめた後に僕は深く頷いてそれでから大きく、大きく拍手する。
☆
葵と前田くんの結婚式が明けて数日。二人の引っ越しを手伝う最中、父さんも仕事の合間に顔を出してくる。そういえば、僕は大学を卒業してから晴れて出版社の編集者兼小説家になった。僕の編集者にも父さんがなりたいと言っていたけれど、残念ながら別の人だけど。そしてその父さんが驚きの言葉を口にした。
「えっ!? さ、再婚っ!? え、ほんとに!?」
そう。父さんが再婚をするというのだ。というのも元々その予定だったそうだがこちらの予定とお相手の予定が合うに合わず再婚をするということは確実だったのだがズルズルと後回しになっていたのだ。引っ越しの休憩がてらそんなことを聞いたもんだから危うく飲んでいた珈琲を溢すところだった。
「え、相手は誰なの?」
「担当作家だよ」
「え゛………ごめん。もう一回言ってくれる?」
「担当作家」
「………………あの人と?」
「…………」
「再婚するって?」
あまりの衝撃に空いた口が塞がらないといった状態だ。大学生の時から度々父さんの仕事を手伝いや父さん一人だと回らない部屋の片付けだとかをしに何度もお邪魔していたからこそわかる。あのズボラな人と再婚か〜。ん、まぁ……あの人の部屋で監視……基、仕事を手伝ったりしているのだからいつしかそうなってもおかしくはないだろうけど。何せ、時折ただの仕事上の関係なのかな?って思うことがあるから薄々はもしかして?と思ってなくもなかった。だけど実の父から三度目の再婚を言われると驚きを隠せない。
「どっちから付き合うとか結婚だとか言ったの?」
「………私からだな」
「へぇ〜意外」
「ははっ。もしかしたらきみたちの結婚に感化されたのかもしれないな」
「僕とあかりの結婚は数年前だけど……あ、もしかしてその頃から?」
「まぁ、そうだな」
「そっか」
僕と同じように……いや、それ以上に何処か諦めていたような目の父さんがここまで踏み込むとはなぁ。人って何かしらのことがあると変わるものなんだなぁ……。
「部屋はどうするの?」
「同棲だ」
「なるほど。ご飯とかは大丈夫?」
「ああ」
「そっか。まぁ……お幸せに…?」
こうして、僕の周りでも結婚やら再婚やらと忙しく回っていたけれど、僕の知る限りだと僕含めて皆、幸せだという。
「あぁ、そうだ。恭弥」
「うん? どうしたの父さん」
「お前の新しい本重刷決定したぞ」
「それも嬉しい報告だね。ありがとう父さん。何か特典とかは?」
「それは後で伝える」
「わかった。もう戻るの?」
「あぁ。目を離してたらサボるからな」
「程々にね」
「……善処しよう」
父さんはこと仕事の上だと厳しい人だからなぁ……こってり搾られなきゃ良いけどねあの人。
父さんを見送り、空き缶となった缶コーヒーを側のゴミ捨てに入れ、二人の引っ越しの手伝いを再開するのだった。
──────END.
恋を知らない僕がきみに恋をする 海澪(みお) @kiyohime
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