元パチプロの思い出話
暮田土門
大騒ぎの夜から逃げたらからっ風
悪夢。地獄。
なぜ俺はいつもこんな目に合うのだろう?
こんなところで人生最大のピンチに。
これから話すのは恐怖の脱出劇だ。
ちょっぴり下ネタになってしまうけど読んでもらいたい。
今から三十年以上も前の、元パチプロがまだパチプロになる前の、会社員だった頃の話。
小さな頃の夢を覚えているだろうか?
色々あると思う。
スポーツ選手になりたい。先生になりたい。総理大臣になる。
職業だけではない。
こんな事やあんな事をやってみたい。
ただそれ以上に叶えたい夢が、本当に大切な夢が小学生の頃にあった。
エロ映画館とノーパン喫茶に行ってみたい。
夢というか願望。いやもう絶対行くと決めていた(笑)
子供の頃から何も変わっていないって言葉は、こんなところでも使えるのか。
しょーもない話だが・・・5歳か6歳か・・・もしかしたらもっと前かもしれない。
俺はうっかり精通してしまった。
そんなつもりは毛頭ない。
うつ伏せに図鑑か何かを読んでいる時に、何の気なしにフンフンフンと腰を動かしていたら恥ずかしながら出てしまったのだ。
身体と脳内に走る衝撃。
これが何なのかはわからない。
とにかく気持ちが良くてスッキリするがパンツが汚れる。
それを毎日繰り返した。
そして身体の目覚めと共に性への目覚めも徐々に始まった。
ススキノを歩けばいやがおうにも飛びこんでくるエッチな看板やピンク映画のポスター。
テレビで見たノーパン喫茶ブームのニュースにドキドキして、ススキノに実際あることを知った時の驚き。
欲望の街で育つも、まだ子供の俺には絶対に叶うことのない現実。
目の前に餌をぶら下げられながら我慢し歳を重ね、ようやく大人に。
しかし第一の目的だったノーパン喫茶はブームがとっくに去ってしまい、跡形もなく消えてしまった(のちに似たような店が出来て入り浸り、風俗嬢の友達がたくさん出来てしまうことに)
ならば念願だったピンク映画・・・と思ったが、その頃にはすっかりビデオデッキやレンタルビデオが一般的となり、わざわざ映画館に行く必要もなくなってしまった。
そもそもススキノまで行って色んな店があるのに、ピンク映画見て無駄にムラムラだけしてもしょうがないのだ(笑)
こうして夢は叶わぬまま時は過ぎ去り、彼女も出来て特に不自由もなくなり、ますますピンク映画を見る機会は失われてしまった。
そんなある日、給料日前で持ち金は少ないものの、なんとなく仕事帰りに遊んで行きたくなってしまった。
パチンコするにも、酒を飲むにも、女の子と遊ぶにも金が足りない。
ならばさっさと帰ればいいのに、ふと思いついてしまった。
いつも行くこのパチンコ屋の裏手にピンク映画館あったなそういや。と。
手持ちが3千円そこそこしかなくても楽しめて、しかも小さい頃からの夢がひとつ叶う!
寂れた商店街の裏通りに立ちながらあの頃の夢を思い出し、突然期待に胸が膨らんで爆発しそうな俺は、叩きつけるように入場料を払い館内に飛び込んだ。
すでに上映中である館内のドアを開けるとすでに何人かの先客がおり、その殆どが振り向いた。
デカデカと「禁煙」と書かれている看板を無視してタバコをプカプカと吹かす年配の方。
サラリーマン風のスーツ姿の中年の方も数名。
当時の俺と同じくらいの年齢(二十歳そこそこ)の若者が一人。
気を使い一番うしろの座席に座ろうとしたら、一つ前の座席の背もたれ部分がものすごく汚れていた。
アレだ・・・
「うわっ」という声を全力で飲み込んで、いくつか席を左にずらした。
通路を挟んで更に左側の座席には、コートか何かの荷物が置いてある。
と思いきや、そのコートの荷物が僅かに上下に動いているではないか。
実はコートをかぶった女性が、更にその左の男性の股間に顔をうずめて頭を上下に動かしていたのである。
詳しくは書かないがお察しの通り。
こりゃとんでもないところに来たぞ・・・
そう思いながらスクリーンに目をやった瞬間、ガタイのいいサラリーマン風の男二人が左右に挟み込むように座ってきた。
ものの5分もしない内に。
様々な思考が頭を駆け巡る。
スリ。強盗。はたまたその場でいきなりグサリ。
恐怖で映画の内容なんて頭に入ってこない。
この時はそこまで頭が回らなかった。
命の危険のことしか頭になかった。
だからこう言われた時はあぁそういうことかと・・・。
「遊ぼうよ」と耳元で囁かれたのだ。俺の腿をさすりながら。
左側にいる奴にも同じように言われた。俺の方がいいよと。
ここはゲイまみれだ。ようやくわかった。
「遠慮します」と立ち上がった俺の手首を一人が掴む。
それを無理やり振り切りドアから飛び出し、薄青白くぼんやり光るトイレに駆け込んだ。
ハァ・・なんなんだこれは。とにかく助かった。
まだ10分も経ってはいないけどもう十分だ。
俺の夢は叶った。寧ろ叶わずに夢だけ見ておけば良かった。
そう考えながらついでに用を足していると、先程館内にいた同じくらいの年齢の若者がトイレに入ってきて、俺の隣を陣取りながら「大変だったねぇ」と笑いながら話しかけてきた。
「本当に・・・あんなことになるなんて思ってなかったよ」
緊張が解けた俺は少しだけ饒舌に。
「もう戻るのもあれだからウチで遊ばない?近所なんだけど」と突然の誘い。
いやエロ映画館で会った初対面の奴の家なんか誰が行くか(笑)
「いやもう帰るから」と断る。
なおも食い下がってくる若者。
「いいもんあるんだよ」
チッ!薬か大麻か?ただのゲームかなんかだとしてもやらねーよ。
ちょっと不機嫌になり「いやいい」と断る。
「ちょっと手を出して」
段々と鬱陶しくなりながらズボンのチャックを締めたあと、渋々左手を差し出した。
その瞬間、弁当についている醤油差しか何かをポケットから取り出し、俺の手のひらの上にブジュッ!という音と共に絞り出しぶっかけてきた!
「うわあああ!!」
何だこれ!という叫び声を上げる前にその若者が一言。
「ローション」
そこで全てを察した。
こいつも俺を狙っていたのだ!
洗面台の蛇口をジャッと開いて大急ぎで左手を洗い、目の前に立ちふさがろうとするそいつを突き飛ばすようにしてトイレから飛び出し、一目散に映画館からも飛び出した。
俺の叫び声が届いたのか届いていないのか、映画館の受付の「お客様、どうされましたか?」という声が背中越しに聞こえたが、返事をする余裕なんてものはない。
やはりとんでもないところに入ってしまった。
反省!反省!大反省!
後悔!後悔!大後悔!
もう二度と行くもんか。
もう二度と近づかない。
まあ勉強になった。外にさえ出れば安心だ。
お金も払ってるんだから、いくらなんでも外にまでは追ってこないだろう。
タバコに火をつけて帰りのバス停に向かおうとしたその時。
「ねえ待ってよ。遊ぼうよ」と俺の肩に手をかけてきた。
先程の若者が映画館から飛び出し外にまで追ってきたのだ!
信じられない!
「嫌だ」「気持ちよくするから」「嫌だ!」「大丈夫だから」
何が大丈夫なんだ。ふざけるな。
何度も俺の肩に手をかけてくるのを振り切り、向かいのパチンコ屋に飛び込んだ。
しかしなんと、こいつはまだついて来た。店内にまで。
「ねぇ・・ねぇ・・ねぇ・・・」
完全に無視を決め込んで、左右に人が座っている間の台に座った。
台はフィーバーパワフル。
隣に座られなければ安心だ。
通路に突っ立っていれば店員にその内コイツも排除されるだろう。
そう思いながら財布を開くと千円札が1枚こっきり。
そうだった。金が無いから映画館に行ったんだった。
そして不覚にもこれを真後ろにいたコイツに見られてしまったのだ。
「ウフフ・・。ねぇパチンコ終わったら暇だよね?遊べるね」
そう言いながら俺の両肩に手を置く。
当然振り払う。
先に両替しなくてはならなかったので立ち上がると真後ろについて来る。
両替中も肩に手をかけられ、ニヤニヤと笑いながら俺の顔を覗き込んできたが、視線は合わせなかった。
座席に戻り、玉を上皿に入れてしばし一服。
「時間稼ぎしてんの?そんなんで諦めないよ?」
あったまきた!
やってやろうじゃねーか!
「おう!これで俺が出たら諦めて帰れや!」
「出たらねーフフフ」
一世一代の一発勝負。
今回賭けたのは金でもない。プライドでもない。俺の貞操だ(笑)
神よ力を貸してくれ!頼む!夢夢ちゃん!
台はそこそこ回ったがなかなかリーチもかからない。
その間、隣りに座ってたオヤジが「後ろに立つなよ鬱陶しいな!」とヤツに注意をしてくれたが「この人終わったらすぐに一緒に出ますんで」と謝っていた。
そんなことになるもんか。そんなことにならないよな?頼むよマジで。
そしてリーチがかからないまま俺の金が尽きた。さよなら俺の貞操。
ニヤニヤと笑う奴の顔が目に浮かぶ。無念。
・・と思いながら見ていた消化中の保留玉での最後の一回転。
「リィィィーチ」
台から夢夢ちゃんの甲高い声。
神様!仏様!じーちゃんばーちゃんお母さーん!
固唾を飲んで見守る。響くリーチ音。
♪ちゃんちゃらららーんちゃんちゃらららーん~じゃじゃじゃっ!じゃじゃじゃっ!じゃっ!ビターン!
夢夢ちゃん「やったぁ」
キタッ!!
まさに土壇場!起死回生!一発逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン!
「チッ!!」と奴のどでかい舌打ちが背中で聞こえた。
ざまあみろ!そら見たことか!正義は勝つ!
大喜びもつかの間、俺には玉も金もなかったので慌てて左右の人に少し借りようとした。
その瞬間後ろから手が差し伸べられ、上皿に十発くらいの玉が放り投げられた。
「負けたよ」
そう言って少し寂しそうに去っていった。
玉をくれたのはなんとヤツだったのだ。
当たった瞬間、床に落ちてる玉を拾ってくれたのか?
いやそんな時間はなかったはず。
恐らく玉がなくなって保留玉を消化していた時、すでにいくつか拾っていてくれたのだ。
もし万が一、俺が当たった時に玉がなくて困らないように・・・
その後、上手いこと連チャンやら何やらで閉店近くまで打って確か2万近く勝った。
交換所で換金してから一旦店内へ戻り、店内を回ってから休憩所を見る。
俺が飛び込んできた玄関から店を出て、キョロキョロと辺りを見渡す。
もう入りはしないけど映画館も一応覗いてみた。
いいんだぞ?一杯くらい奢ってやっても。俺の貞操はやらんけどな。
通りを吹き抜けるからっ風。人っ子一人見つからない。
騒がしい夜を思い出しながら、ほとんど誰も乗っていないバスで一人静かに帰宅。
元パチプロの思い出話 暮田土門 @KTkazu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
葬儀場にて/翠雪
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます