第12話
退院したあと、由紀恵はこころを西宮北口駅近くのカフェへまた誘った。
まだ気分の悪さが抜けていない由紀恵は、メロンクリームソーダが頼めず、一番胃に優しそうなミルクティーにした。するとこころの方がメロンクリームソーダを頼んだ。
「あれ、朝日さん甘いの大丈夫なんだ」
「魔法士さんがいつも飲んでるので、なんか飲みたくなりました」
以前よりは態度が柔らかくなったようで、由紀恵は安心した。
「えっと、さっそくで申し訳ないんだけど……朝日さん、あの時すごく包丁のこと気にしてたよね。なんであんなに包丁ばっかり見てたの?」
「夢で見ていたのと、同じだったからです」
夢。
由紀恵は、それが朝日こころに秘められた魔法の才能によるものだと、すぐに気づいた。
これまでの由紀恵は、自らの未来予知の結果から、こころが何らかの魔法を使って結花を殺害してしまう可能性ばかり考えていた。
実際には、こころが発現しようとしていた魔法は、予知魔法だったのだ。予知夢という形で、自分でも気づかないうちに魔法での未来予知をしてしまうケースは結構、多い。
「どんな夢を見ていたの?」
「何度も見ていて、そのたびに少しずつ違う内容なので、あまりはっきりした夢じゃないんですけど、包丁と、日付と、結花が血を流して倒れているところは共通してました」
「その夢を何度も繰り返し見てたんだ。辛かったね」
「はい……夢なので、本当になにかあるなんて信じていなかったんですけど、それでも怖かったです。先週の事件以降は、同じ夢を見なくなりましたし。包丁を気にしていたのは、もし身近に同じ包丁があったら、私が刺してしまうんじゃないか、そういうことをしてしまうんじゃないかって、ヘンな恐怖に襲われて。家にある似たような包丁は全部捨てました。学校の家庭科室まではチェックしていなかったので、どこにあったんだろう、と気になったんです」
「なるほど。そういえば結花ちゃんは大丈夫?」
「全然問題ないです。黒澤先輩、携帯をトイレに落として故障してたみたいで、あの後すぐに連絡もつきました」
「そっか。ならよかった。避妊はちゃんとするようにね。それにしても、朝日さんは好きな男の人友達にとられて悲しいよね」
「いや、黒澤さんには興味ないです」
「本当にそう? 朝日さん、近藤さんへの執着がすごいから、それしかないって思ってたんだけど」
「本当に関係ないです。結花のことは、その、好きですけど」
一瞬、こころが今まで見せたことのない、恥ずかしそうな表情をした。
もしかしたら、こころのターゲットはそっちだったのか。だとしたら男にうつつを抜かしている姿を見るのは、それはそれで辛いだろう。勘が外れていても恥ずかしいので、由紀恵はそれ以上話題を広げなかった。
「あの、一つ質問してもいいですか」
「なに?」
「魔法で未来を予知することは、やっぱり可能なんですよね?」
まあ、そう思うだろうな。
由紀恵のとった行動は、こころから見れば未だに意味のわからないものだろうし。
こころにはできなくても、由紀恵は未来を予知できていたと考えるのが自然だ。
「できないよ。未来を完全に予知することなんて」
「でも、あの時魔法士さんは、本来結花が倒れているべきところを身代わりになろうとしましたよね。ということは、結花が倒れているという未来を知っていたんでしょう?」
「ううん。たまたまトイレにいて、トマトジュース落としてびっくりして倒れただけ」
「ちょっと無理ありすぎですよ」
「ふふん。まあね。とにかく、わたしから未来予知はできます、とは言えないんだよ。わかってくれないかな?」
「……わかりました。そう信じることにします」
由紀恵がウインクすると、こころは察してくれたらしい。前から落ち着いた、空気の読める子だとは思っていた。
「そういえば、わたしが気を失ってから病院に運ばれるまで、朝日さんがお世話してくれたんだってね。全然覚えてないんだけど」
「正確には、トイレで魔法士さんが気を失ってから、隣の保健室に運ぶまでですけど。その後のことは、魔法庁のひとがすぐに来てくれたので」
「えっ、そうだったの?」
「はい。わたしは結花と二人で魔法士さんを保健室に運んで、濡れた服を着替えさせたところで、魔法庁の人が来ました」
「魔法庁の人、ってどんな人?」
「メガネかけた男の人でしたよ。髪が長くて、けっこうカッコよかったです」
「う……」
間違いない。天原聖人だ。
由紀恵が学校に潜入していた時、聖人も近くで見張っていたのか。最初から、自分が予知魔法を使って、柄にもなく無理をしていると気づいていたんだろうな。
「多分その人、わたしの知り合いなんだけど。かっこよかった、とか言っちゃって。惚れちゃった?」
「いえ、私は興味ないです。結花はさっきのひとすごくイケメンだったね、ってずっと言ってましたけど。というか、その人すごく焦ってて、あまりかっこいいとは思わなかったです」
「えっ、聖人さんが焦ってた?」
「はい……あちこちに電話してました。ものすごく早口で」
聖人はどんな時も落ち着いていて、焦るような人ではない。由紀恵は、自分のピンチの時に聖人が焦っていたことを知り、なぜか少し、嬉しくなった。
「魔法士さん、なんか鼻の下伸びてますけど」
「うぇ。気のせいだよ」
「魔法士さんこそ、あの人のこと好きなんじゃないですか」
「好きっていうかね、あのひとはわたしの許嫁なんだよ」
「いいなずけ……?」
「魔法士の一族ではよくあることなんだ。魔法の才能を持つ者どうしで結婚できるように、親同士がさっさと結婚相手を決めちゃうの。こっちはいい迷惑だけど」
「そ、そうだったんですか……どうりで由紀恵さんの裸を見ても特に動揺してなかったんですね」
「え!? 裸!? 見られたの!?」
「嘘ですよ。見たのは着替えを手伝ったわたしと結花だけです」
「な、なんだよそれ~! 大人をからかいやがったな~!」
「ふふ」
一瞬マジで焦った由紀恵とは対照的に、こころは余裕のある笑顔を浮かべていた。
フリーの魔法士さん 瀬々良木 清 @seseragipure
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