劇場に中指を
死神王
本編
小学校において、私というものは、客観的に見て優等生と言える立場で、クラスでは一目置かれる存在として扱われていました。毎日学校に一番早くして、あいさつは腹から出して、文字も丁寧に書き、合唱の時期になれば率先してピアノも弾く。人々は私を尊敬し、先生も私のようになりなさい、とことあるごとに言っておりました。
ただ、一つ問題がありまして、私自体はその状況をあまりよく思っていなかったのです。何か面倒な仕事があれば、皆は全て私を頼り、面倒な要職は全て私に任される。私は別にやりたい訳ではなかったので、断ろうとするのですが、私に貼り付けられた優等生というものは断るような事はしなかったようで、私の意見は殺され、全てを受け入れざるを得ませんでした。日に日にその負担は増え、心身共に疲れていても、優等生だからを理由に何でも押し付けられました。半分自分への期待として受け止めていた部分はあったのですが、それが私にとってあまりに辛かったのかも知れません。
ある日のことでした。まだ空がまだ十分に青に染まらない早朝、私はいつものように学校へ行き、誰もいない教室の中で、いつものように簡単な学校の掃除をして、クラスで飼っている金魚に餌を与えていました。まだ抜けない眠気で目がくしゃくしゃとして、少しぼーっとしていた時、その時です。私はその餌を与えた金魚に何か、もやもやとした感情を抱いたのです。
赤くカンカンとした金魚が水中で揺れ動く姿は何か情緒を感じさせ、私の心をうっとりさせました。しかしながら、それと同時に彼らの存在について、頭が回ったのです。彼らは悠々と泳いでいますが、なぜ泳いでいるのか、と。それは彼らが自身の価値を維持するためなのではないのか、と。それは彼らに課せられた使命であり、義務でもある。なんて悲しい事なのだろう。そう思ったのです。もし彼らがこの箱で揺れ動く事を止めれば、その瞬間、彼らはこの箱の中で沈み、存在理由はなくなり、金魚それ自体を否定している事になってしまう。だから彼らは泳ぐのです。まるで、私のように、勝手に押し付けられた仮面を破らないようにもがき続ける。その姿に私はもやもやとした感情。端的に言えば、一寸の同情の心を抱いてしまったのです。そして、せめて、あなた達だけでも助けてあげたい。と思ったのです。彼らは自分で自分を解放する事ができないのです。私と同じように。とすれば、彼らを解放する事ができるのは、私しかいないのです。今となれば、それは些か無茶苦茶な理論だと自覚はしていますが、小学生の私にとってそれは絶対の存在でありました。
だから、私は金魚を潰しました。
水槽に手を突っ込み、落とさないように金魚を一つ取り出し、右の掌に乗せて、ぎゅっと、握り潰しました。掌に乗っている間はコツコツとした鱗の触感が肌に感じる事ができましたが、潰した瞬間何かがびゅっと、よく分からないものに変わるのが、少し快感にもなって、全てを終わらせるのに時間はかかりませんでした。
そして、それを飲み込みました。
口に近づけると、さっきまで生きていた臭いがぷぅんと鼻に近づいてきましたが、気にしないように我慢して口に含み、一気に飲み込みました。金魚だった物が喉を通る時、骨のようなゴツゴツした物が、メラメラの喉の裏を削いでいき、反射的に思わず吐き出してしまいました。
「うげぇぇ。」
楽になった喉回りと対称に、飛び散った吐瀉物は丁度さっき掃除した床に散乱し、ぐちゃぐちゃだったものがさらにぐちゃぐちゃになってしまいました。そこで、正気に戻り、そこには目の前には地獄が広がっていました。もう、何も考えられませんでした。
その後の事はよく覚えていません。私の叫び声を聞いた先生が駆け寄ったり、クラスで話し合ったり、校長先生の所へ行ったのはぼんやりと脳裏にあるのですが、具体的な事を求められると、頭が痛くなります。ただ、一つだけ。校長先生が私にかけてくれた言葉だけを覚えています。
「君は何も悪くない。真面目な君を責める気はない。ただ、悩みがあるなら聞かせて欲しい。」
ドラマで何回も擦ったような言葉を聞いて、私はああ、なるほどと。ある納得をしました。
所詮、彼らは劇場の観客に過ぎないという事を。
劇場に中指を 死神王 @shinigamiou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます