第8話 遺物(2)
キャンセルとの会話を終えた後、空腹が限界に近づいていた俺は、朝食の配給を受けとろうと配膳カウンターへと向かった。だが、不幸なことにその手前には既に長蛇の列ができており、朝食にありつけるのはもう少し先になりそうだ。
生徒は食堂に多数おり、それぞれが会話をしているのでざわざわと騒がしい。
といっても、それは全校生徒がこの食堂に集まっているから混雑しているわけではない。
私立ファクト学院大附属黎明は地域有数のマンモス高だけあり、各学年千人を超えている。もちろん一年生も千人以上だ。ゆえに用意されている食堂は複数ある。
そして、この食堂は一年生に割り当てられた内のひとつ。内半分も中に人数はいないが、それでも大所帯だ。
「これだけしか割り当てないのかよ」
配膳カウンターの方角から、春日のがなり声が聞こえてきた。
見てみると、腕に抱えたトレーを人差し指で示し何やら語気を荒げている。
彼の後ろには、桐油や三上、何故か同行していない飯田を除いたトップクラスたちの姿もあった。
「と、言われてもさ。ある程度の期間人数分賄えるよう備蓄に回したから、渡せる食糧はほとんどないんさねえ。だって、いつまでここにいるかわからんじゃん」
奥にいた調理人の女がおっとりとした口調で言い返す。
のそりと振り返った勢いで、若干ウェーブがかった髪がエプロンの腰にある結び目辺りで緩やかに揺れた。
食堂で見慣れた顔だが、彼女の名前は知らない。
白い頭巾をかぶり小柄。その体型はふくよかだが、過去かなりの美人だったと思われる顔つきをしていた。
列からもう一度身体を出し、春日の横顔を確認した。
まだカウンターを離れる素振りも見せず、調理人の女に文句をつけているようだ。
きき耳を立てていると、どうやら彼が怒っている理由は、丸いパン一個と髪パックのジュースひとつというその朝食内容であることがわかった。
確かに、彼の身体の大きさを考えれば、そのような粗末な食事だけでは半日耐え忍ぶことも難しいだろう。
俺にしても食欲は一般的な高校生並みにある。春日があげつらった朝食の献立を耳にしているだけでも、少し心が暗くなる。
これでこの生活に終わりがなければ、即刻家に帰りたいと早速ホームシックにかかっていたことだろう。
「おばさん、何とかならないの?」
井川が声をかけた。
彼女もそれなりに発育はいい方なので、心配そうな声だった。
それと同様にショックを受けたような顔つきをしている者も、周囲には少なからず見受けられる。
俺以外は現実世界に戻れることを知らないのだから、ある意味この反応は当然かもしれない。
「おばさんって。麦田麦よ、私の名前は」
そう名乗りながら、調理人の女は手に持ったステンレス製のおたまを井川の顔近くにかざす。
井川はそれを見たせいか、若干後ろへと身を引いた。
「じ、じゃあ、麦さん。何とかならないの? これだけしか食べられないなんて、私絶対に持たないよ」
と、悲壮感を表情に漂わせながら尋ねる。
「だって、腐ったらダメだから、センターからは数日いる分しか仕入れていないんさ。それ全部食べちゃって、すぐに食糧尽きたらどうすんの?」
調理人麦のこの言葉に、井川は閉口する。
「ちょっと、朝香。麦さんにそんなこと言っても仕方ないでしょう」
飯田がカウンター越しに仲裁に入った。
理由は不明だが、ヒヨコマークがプリントされたエプロンを身につけている。
先程まで姿は見えなかったが、どうやらカウンターの奥からそこに駆け寄ってきたようだ。
状況を鑑みると、顔に似合わず彼女は今まで食堂の手伝いをしていたように思える。
「透子。まあ、あんたらの年齢なら仕方ないさね。私も若い頃は食べ盛りで、スタイルを保つのに苦労したもんさ」
麦が少し遠い目をして言う。
「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。他の奴のをよこせとは言わないが、もう少しだな……」
だが、春日は未だ苛立った様子だった。
「そうさねえ。兄さん身体大きいからね。だったら、キャンセルだったかい? あの子に頼んで、遺物とやらから食べ物を出してもらったらどうだい?」
「遺物? ああ、キャンセルが言っていた存在自体が怪しいやつか。そんなものが食糧を出せるわけないだろう」
話が横道に逸れかけており、麦とトップクラスたちのやりとりは終わる気配を未だ見せない。
見かねたのか羽峰がカウンターへ向かい、
「麦さんや透子の言う通りよ。井川さん、それに春日君も。私たち、いつまでここにいるかわからないんだよ」
と、麦たちのサポートをした。
「げ、委員長……」
井川はそう挙動不審な物言いをしたかと思うと、すごすごと後ろへと引き下がった。
なぜか意気消沈した井川は良いとして、春日がまた何かしら反論するのかと思ったが、羽峰が近づいてきた段階でこちらもあっさりとカウンターを離れる素振りを見せた。
半年の振る舞いで、傍若無人なやつだと判断していたが、実際にはそう落ちたものではないのかもしれない。
束の間の後、列に並んでいると順番が来て、麦にトレーを手渡された。
それを持って、空いているテーブルに向かう。途中、三船が俺に並びかけてきた。
狙いをつけていた座席へと二人で座る。
透明人間同士である俺たちにとって、この同舟は必然の結果だった。
その後、紙パックのオレンジジュースを飲みながら、何となく長良が付近にいないか探した。だが、いくら目を凝らしても彼の姿は、食堂のどこにも見当たらなかった。
学園遺物転生録 黎明のアーティファクト 零 @bjc
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