第7話 遺物(1)

「きみが彼らを転送したこと? 心配しなくても僕は誰にも言わないし、きみもそれを誰にも言わない方が良いと思うよ。袋叩きにあうんじゃないかな。よくもこんな世界に送りやがってとかで」

 キャンセルが言う。

 こうなったのは全部おまえのせいだろう。

 そう思いながら、機械仕掛けの顔から吐き出される台詞をきき終えた。


 一晩を経て、ようやくキャンセルと個別に話せる機会を持つことができた。

 昨晩生徒会から朝食が支給されることがアナウンスされていた。

 クラスメイトたちはその朝食を受け取るため、食堂に入るや否や配膳カウンターに殺到した。そして、都合よくキャンセルの周りには誰もいなくなった。

 キャンセルはほとんどの時間クラスの連中といて、この時間が来るまでふたりきりで話す機会が一度もなかったこともあり、今しかないと思い立って、キャンセルを壁際に呼び出した。

 そして、昨日の転送の件について相談したところ、キャンセルが言い放ったのが先ほどの言葉だ。


「――クラスの奴らから責められる……そうだな。確かに俺がやったとバレたら、どんな目にあってもおかしくはない」

「荒戸悠斗。責め苦を受けるのはクラスからだけじゃない。この学校にいるすべての人たちからだよ」

「確かに言われてみればそうだな」

 俺が転送をしたのは、何も俺のクラスの連中だけではない。

 生徒、教師、学校関係者問わず、あの時学校にいた4000人を超える人間すべてだ。

「相談には乗るよ、悠斗。きみは袋叩きにあう前にきみたちの世界へ戻りたいのかい?」

 キャンセルが確認してくる。

「今すぐに戻りたいということか? いや、そういうわけでは……」

 そう声を漏らしながら、俺は少し考え込んだ。


 今、現実世界に戻ってどうなるのだろう。

 戻ったところで、何も変わりはしない。いつもの生活が待っているだけだ。

 俺が巻き込んだ奴らだって同じだ。

 どうせ元の場所に戻れば、日常が待っていてみんな現実で自分のポジションに戻る。

 それぞれが良くも悪くもその役割をこなす者に戻り、俺のような透明人間はまた透明になる。

 だったら、二、三日くらいこの世界にいてもバチは当たらないのではないだろうか。

 俺が能力的に主体性を持った主人公になるなんてこと、これからの長い人生で二度と起こることはない。

 それに俺のような透明人間は少なからずいて、このような非日常の機会を逃せばもう永遠にスポットライトが当たらない可能性もある。

 無料ランキングに載っている奴らは、そもそもこの世界にいたって相応のランクに位置することだろう。

 そう考えると、この世界での経験はみんな悪いものにはならないはずだ。


「キャンセル、俺はまだ戻る気はない」

 自分の本心をキャンセルに告げた。


 もし俺がそんなに戻りたいのであれば、もっと早くキャンセルに頼んでいたはずだ。

 だけど、俺はそんなことをしようとも思わなかった。

 これはまだ現実世界に戻りたいと考えていない証拠に他ならない。それに、戻りたい時に戻れるのであれば異世界への集団転送もそう悪い話ではない。

 

 そこまで考えたタイミングで、ガラッと食堂のドアが開いた。

 間口から、羽峰が入ってくる。先ほど学級委員全員生徒会に呼び出されていたので、遅れて朝食を受け取りに来たのだろう。


「ねえ、荒戸君。そんなところで何をしているの?」

 羽峰は近寄ってくるなり、声をかけてきた。

 壁際でキャンセルとふたりきりで話しているのを不審に思ったのか、若干怪訝そうに目を細めている。


「いや、ただキャンセルに電気やガスの出どころをきいていただけだ」

 そんなことは確かめてもいないが、デマカセをいうことによって彼女の疑いの眼差しから逃れようとした。

「電気とガス……確かに不思議ね。キャンセルの説明をきいても何のことやら」

 羽峰が吐息をついた。

「そうだな、俺もまったくわからない」

 頭を軽く振りながら、彼女に同調した。

「羽峰燿。きみがわからないのであれば、悠斗にもわからないだろうね」

 そう言って、キャンセルが俺たちの会話に割って入ってくる。

「いや、遺物って言われてもわかるはずないだろ」

 キャンセルの嫌味に対し、俺は反論の声をあげた。


 どういった仕組みかは知らないが、学校に電気やガスは通っているようで、現在も蛍光灯は明るく、調理場の冷蔵庫も問題なく稼働。さらにガスコンロの火はつくし、部室などに併設された洗濯機、シャワー室、さらにジャグジーも普通に使える。

 キャンセル曰く、それは遺物とやらのおかげらしく、彼が気を利かして電気とガスが使えるよう設定を行ったそうだ。

 結局、あの後教室で一晩を過ごしたのだが、エアコンも使えたりしてある程度快適だった。そういった環境的な意味合いだけでいえば、キャンセルが遺物を利用したおかげであるといえる。


 また活躍したのはキャンセルだけではなく、先生や生徒会の人々が生活における交通整理のような役割をこなし、学年・クラスごとにシャワーとジャグジーの順番、食堂の利用順番、男女区分けした部屋割りなどを決め、たいした混乱もなく昨日の夜は過ぎていった。

 四千人を超える人数がいるのにもかかわらず、突発的に発生した事件の後処理としてはかなり優秀な立ち振る舞いだったといえるだろう。

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