第6話 確認(2)

 そちらへと顔をやってみると、やはりその声の主は長良亮平だった。

 この長良という男はもちろん俺の同級生、そして幼馴染だ。といっても、親同士が仲が良いだけで、中学校卒業以来一言も話していない。

 風体は幼少期から変わらないザンギリ頭。俺とたいして変わらない身長。薄茶色の制服を着崩しているせいか、長いベルトが膝の辺りまで伸びている。

 顔は少しばかり良いから、本来であればトップカテゴリに属していてもおかしくはない男だが、性格的なものもあるのか今はミドルカテゴリに属している。

 とはいえ、俺のような底辺でないだけマシとはいえる。


「おい、長良。無駄なことは……」

 彼の無意味な行動を止めるため声をかけようとしたが、すぐに口を閉じた。


 春日がツカツカと長良に近づいてきたからだ。

 ここでうっかり諌めるような発言でもしてしまったら、これから始まるであろう厄介ごとに巻き込まれてしまう。


「おまえが大騒ぎするから、話になんねーんだよ」

 目を細めながら、長良が言う。

 正義感の強いタイプではないが、昔から気に入らないことがあれば誰彼構わずこのような発言をしてしまう。なので、必然的にいつも彼の周りではトラブルが多くなる。

 腕力は並み程度だから、勝てもしない喧嘩をして怪我を負ってしまうケースもある。

「何だと? おまえは状況をわかっているのか?」

 春日はそう言い返すと、キャンセルの元を離れ長良へと近寄っていく。


「状況? 別世界に来ただけだろう」

「来ただけ? みんな困ってんだよ、それで。だから俺は、あいつに知っていることを吐かせようとしてんの」

「吐かせる? おまえみたいに怒鳴って吐かせようとしても、無駄だろうが。相手は機械だぞ。おまえ程度の力じゃどうにもなんねーよ」

 ふたりの言葉がぶつかり合う。

 お互いの睨みを利かせた目は、いつ殴り合いが起こってもおかしくないほどの狂気を感じさせた。

 だが、勝敗はやる前から決まっている。

 明らかに身長差があり、さらにガタイの大きさも違う。

 長良の方が完全に分が悪い。


「ちょっとふたりともやめて。そんなことしてたって何も変わらないよ。今はキャンセルの話を聞かなきゃ」

 ふたりの間に割って入った羽峰が、声を荒げて注意する。


 危険も顧みず行った羽峰の行動は賞賛に値するとは思う。だが、そんなことでこの場がおさまるわけがない。

 そう思ったのだが、意外にもすんなり春日は長良から顔を背け、飯田たちがいる方向へと去っていった。

 長良もようやく空気を読めるようになったのか、それ以上何も言おうとはしなかった。

 

「キャンセルで良かったわよね? まずは確認させて欲しいの」ふたりから目を切って、羽峰はそう断りを入れる。「窓の外にある大きな山や川。そして、一面に広がる芝生。大自然に連れて来られたのはわかるのだけれど、その目的は何なのかしら?」


 どちらかというとこのような問答を行うのは、一応ながら教師である二階堂の役目のはずだが、ここまで来てもこの飄々としたその男は未だ何の発言もしていない。

 状況を整理しようと考え込んでいるのだろうか、顎に手を置いたまま目を下に落としている。

 二階堂、なんて頼りない。本当に教員資格を持っているのか?

 俺はそう訝りつつ、彼から視線を外した。


 そうしている間に、キャンセルは羽峰の顔と位置を合わせるかのように身体を浮かせた。

「羽峰燿。きみは目的がなければ行動できないのかい? 僕に目的なんかないよ。ただきみたちはここに来た。それ以外の事実の他に何かいるとは思えないのだけど」

 無機質な機械音が、教室に響き渡る。


 こいつは心の底からそう思って発言している。

 俺たちにそう感じさせるには十分なほどの威圧感が、その鈍い音声の中には入りまじっていた。


 静まり返る空気。

 だが、ただみんな黙っているだけではない。イラつき、悲しみ、恐怖。喜び以外の色んな思惑がその場に渦巻いているように思えた。


「荒戸君。きみ、このこと……」

 涼風が話しかけてきた。

 耳元で鳴る彼女が発した小さな声。それを聞いた俺は回答に迷った。

 涼風は少し前に俺が吐いた異世界という言葉で、キャンセルと何かしらの関係があることを疑っているはずだ。

 ここで正直に打ち明けて、彼女の信頼を勝ち取った方が良いのだろうか。

 もしかすると、そうすることによって、俺がやったことを上手く誤魔化す手伝いをしてくれるかもしれない。

 だが、と首を横に振り、その考えを否定することにした。

 涼風が俺にそのようなことをしてメリットがあるとは思えない。無碍もなく俺がやったことを周知することだろう。

 そして、俺がこんな事態を引き起こしたとあれば、春日を始めとしたクラスの人間から受ける仕打ちは想像を絶するものになるはずだ。

 

「涼風、俺は知らない。こんなことが起きるなんて誰も……」

 この言葉で上手く誤魔化せるだろうか。

 そう思いながら、俺は言った。

 次の瞬間、涼風の澄んだ目が俺の瞳を射抜く。やはり嘘がバレたのかとビクついたが、彼女は俺の顔を見つめたまま。上目遣いのその彼女の目からは、何を思っているのか読み取ることはできなかった。

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