第5話 確認(1)
「ようこそ、僕たちの世界へ。これからきみたちに待ち受けるのは冒険に満ちた世界だ」
キャンセルが宣告とも受け取れる呼びかけを行った。
ざわつく教室。だが、混乱が起こることもなく、間もなくして静寂が訪れた。
「こんなバカなことがあってたまるかよ」
そんな中、固まった空気を打ち破るかのように、春日雅史が野太い怒鳴り声をあげた。
憤然として、近くにあった椅子の背もたれに手をかけそれを持ち上げる。
身長も高くガタイも良いこいつが、怒りに任せて暴れ出すとおそらく誰も止められない。
その証拠に教師であるのにも関わらず二階堂は、目を少し細めただけで傍観を決め込んでいる。
「雅君、ちょっと……」
飯田透子が春日に近寄り、落ち着かせようと声をかけた。
椅子をキャンセルの方へ運ぼうとしている春日の肩に手をかける。
そのタイミングで校則違反ではないかというほど、極端に短いスカートが揺れた。振り返った春日の視線はそこではなく彼女の胸元へと向かう。
動きが一瞬止まった。
下着が見えるかというほど、開かれたカッターシャツの襟のせいだろう。
両者とも髪は金髪。長さは短髪とワンレングスの長髪と違うが同じような色合いだった。
深くは知らないが、入学からたった半年でふたりは恐らく彼氏、彼女の関係になったという噂を以前耳にしたことがある。
もしかすると、飯田であれば彼を止められるのかもしれない。
少しその後の展開に期待した。
キャンセルがどうなっても構わないが、俺にとって事が荒立っている状況は見ていて気分が良いものではなかった。
「キャンセルだったか? どういうつもりなんだ。俺たちをこんなところに連れてきて」
視点を前に戻し、春日がまた動き出す。
あの飯田の色香にも惑わされないとは、一端の男なのか、単なるイキリ野郎なのか。
「春日雅史。心外だな。僕が連れてきたわけじゃないよ」
キャンセルが事実を告げる。
確かに願ったのは俺で、キャンセルはその能力を与えただけだ。
色々とそれについては言いたいことはあるが、嘘はついていない。
「何を……」
癇に障ったのか、春日はそのレトロ・ロボットの元へ歩みよろうとした。
椅子で殴りかかろうと、手を後ろに引く。
「雅史、落ち着け。今そんなことをしても仕方がないだろう」
長髪、糸目の男が呼びかけた。
神宮城桐油だ。何を考えているのか良くわからない風貌の優男。身長は春日より低い。だが、春日の背が高すぎるだけで、桐油もそれなりの身長だ。
桐油は俺と中学生からの知り合いで、二年生の時同じクラスになり一時期遊んでいたことがある。
だが、今は疎遠となってしまい、お互いに話しかける機会は少なくなっている。
春日はその声に反応し、一度椅子を床へと下ろした。
だが、すぐに思い立ったかのように、キャンセルへ身体を近づけようとする。
「総司も止めてよ」
結局桐油と自分では春日がキャンセルにつっかかるのを止められないと判断したのか、飯田が背後にいた茶髪の男に呼びかける。
「おい、雅史……って、透子。雅史を僕が止められるわけないじゃん。それにしても、よくあんな不気味なのに近づこうとできるね。さすが雅史といったところかな」
その茶髪ツーブロックの男、長谷川総司が言う。
確かに春日はおろか、神宮城より身体の小さな彼では、それが叶うことはないだろう。
それに、どちらかというと華奢で可愛いを売りにしているどごぞのアイドルのような男だ。腕っ節が強いはずもない。
また性格が悪いことで若干有名ではあるが、それがこの急を要する場面で活かせるはずもない。
「雅史は何をビビってるんだか。でも、総司。不気味って。キャンセルって良く見れば可愛いじゃん。だったらキャンシーで良くね?」
井川朝香があっけらかんとした口調で言う。
茶髪で巻髪。いつもカーディガンを腰に巻いていて、短いスカートと合わさると妙にエロチックに見える。
「……朝ちゃん、まったくもって不気味だよ。それより、雅史君。もうやめなよ」
三上七海がツッコミを入れる。
肩まで伸びた黒髪。前髪を横に留めている白のピン留め。薄いピンク色の唇は、ほのかな甘い匂いを俺がいる場所まで漂わせている。
実は顔が好みで、彼女にはほのかな恋心を抱いている。
どんな人物なのかはまったく知らないが、二次元であればまだしも、三次元で性格の良さは期待できない。
ゆえに顔さえ良ければそれで良い。
「七海。止めるんだったら、洗いざらい吐かせろ。こうでもしないと、何も言うつもりないぞ、こいつは」
春日が語気を強めて反論する。
というような感じで俺たち六十人クラスの中でトップカテゴリに君臨するこれら軍団の面々は、微動だにしないキャンセルの前でいざこざを起こし始める。
騒いでいるのは彼らだけで、残りの有象無象の男女はその様子を眺めるだけだった。かくいう俺もその内のひとりだ。
さらに透明人間仲間の三船などは、そこから離れようと逃げ場のない窓側へと後ずさっていた。
誰も彼らの中には入れない。ランキング外の者たちにとっては当然の行動をしているともいえる。
だが、俺はこんな時に余計な発言をする人物をひとりだけ知っている。
「おい、春日。いい加減にしろ」
彼らから少し離れた場所から、予測通りその勝手知ったる男の声が聞こえてきた。
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