第4話 発動(2)
「何あれ? 機械が話している……」
「私たちどこかで頭でも打ったのかな」
「でも、何とか助かった……」
教室にいる俺の同級生たちは、みんな思い思いの言葉を吐く。
だが、そのほとんどがキャンセルから目を背けるような素振りをしていた。
近づこうとする者も中にはいたが、周囲にいる者たちに肩を掴まれたりして引き止められた。
「……あなたは誰?」
得体の知れないものを目にして誰もが尻込みをしている中、羽峰が尋ねた。
学級委員長の職位からくる責任感もあるのだろうが、おそらく元々人の先頭に立つタイプなのだろう。
半年くらいしか彼女の振る舞いを見ていないが、そのように薄々感じていた。
「僕? 僕はキャンセルだよ。そうか。きみたちには名乗っていなかったら、怖がっていたんだね」
羽峰の机の上に身体を侍らせながら、キャンセルは言う。
そういった意味でみんな恐怖を感じていたわけではない。
機械なのにそんな分析すらできないのか。
俺はAIを頭部に搭載されているのであろうその物体を睨みつけた。
その際、たまたま二階堂が目に入った。
羽峰とキャンセルのやり取りをただ見つめているだけで、行動を起こそうとする素振りは何も見せていない。
二階堂はいつもながら適当で何を考えているのかよくわからない男だ。
その容姿や軽いノリで、生徒に人気がある方だとは思う。俺もそう嫌いなわけじゃないが、彼の全身から常に滲み出る淡白な軽薄さには人間味を感じていない。
「ねえ、二階堂ちゃん。あれ、何とかした方がいいんじゃない?」
今も、周りにいる生徒数人にスーツの袖を引っ張られている。
だが、
「まあ、いいんじゃない?」
二階堂はそう返して、肩をすくめただけだった。
やはり俺の印象通り、そういう男なのだろう。
本来であればこんな時にこそ、羽峰のような役割をこなすのが教師としてあるべき態度のはずだ。
「……さて、僕の存在もそうなんだけど、きみたちにはもっと重要なことを知ってもらわなければならない。まずは外を見てみなよ。論より証拠という格言がきみたちにの言葉にはあるのだから」
キャンセルが甲高い機械音を顔部分のどこからか発生させる。
不穏な空気を感じさせる物言いだった。
「お、おい、どこなんだここは?」
突然教室最前列窓際にいた三船俊也が、叫び声をあげた。
彼の顔は外側へと向いている。
こいつは唯一クラスの中で俺が率先して話しかけたり、逆に話しかけられたりする間柄で、俺と同じクラスでは透明人間にあたるタイプの男だ。
透明人間同士は惹かれ合う。
ゆえに俺とこいつは短い言葉でも、お互いに気持ちを通信しあえる仲だ。かといって、友人という間柄でもない。
その透明人間の三船のはずだが、突発的に声を張り上げたことから透明ではなくなり、全員の注目を集めていた。
彼が叫ぶなんて誰も想定していなかったのだろう。
それは俺も同じだ。
「い、いや、俺、そんな……」
三船は人差し指を重ね合わせながら、声を震わせる。
刈り上げた後頭部をこれ見よがしに摩り始めた。
あまりにも慣れない事態が起こったせいか、しどろもどろになっているようだ。確かに、注目されることに慣れていない透明人間にとっては辛い状況だろう。
そんな三船を無視して、ほぼすべての人間が窓際へと走り出した。
また元の透明人間に戻ってしまったな、三船。
というような悠長なことを思うはずもなく、俺も急いで窓側へと顔をやった。
外を見た瞬間、
「何だよ、これ」
と、図らずも胸の内から戸惑いの言葉を吐露することになった。
校庭や付近にある校舎の数々はいつも通りで、それ自体おかしいところはなかった。
花壇に植えられた木々や、何年そこに置かれているのわからない二宮金次郎像もそのままそこにある。また、何代前かは知らないが、我が校卒業生たちが作った目的のわからない形状をした卒業制作のモニュメント数点の位置も変わってはいない。
問題は校舎の外だった。
普段であれば、校舎の外壁から向こうは住宅街になっており、人が歩いている姿が見える。自転車に乗った人や、挨拶を交わす主婦たち。小さいながら子供たちが遊ぶ公園も付近にはあった。
だが、それらの存在はもはや過去のものになっていた。
「ねえ、悠斗。どういうことなの?」
いつの間にか俺の隣にいた飯田透子が、尋ねてきた。
彼女とは入学式の時に隣になってからというもの、たまに話す機会がある。そういった意味では透明人間である俺が見えている数少ない人間といえるのかもしれないが、彼女はクラスでもトップカテゴリに所属する女で、俺と話す時は常に一方的。さらにその態度はそれに輪をかけて高圧的だ。
そんな会話といって良いのかわからないやりとりの中で、いつしか彼女は俺のことを下の名前で悠斗と呼び捨てにするようになった。
こう言うと親しい間柄のように思えるかもしれないが、飯田はトップカテゴリの仲間も苗字ではなく名前で呼んでいる。だから、彼女が俺に特別な感情を抱いているわけではない。
「……わからない」
いつも通り、短く言葉を返しておいた。
だが、そう言いはしたが、それは外に何もないということではない。
外には見渡す限り一面の芝生。遠くの方には富士山のような山。少し横を向くと森や川などもある。俺たちの住む首都圏内の姿にはおよそ及びつかない風景だった。
つまり、俺が学校の窓から外を見てみると、そこには見渡す限りの大自然が広がっていたということだ。
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