adolescence(思春期)
青木はじめ
たしかに、恋だった。
あなたを好きな気持ちは誰にも負けないと、そう思って生きてきた。
報われるか報われないかだなんて考えることすらない幼い頃、あなたに小さな恋をした。物心ついた時から私は引っ込み思案で大人しくて、いつもあなた越しで他人と関わってきた。
あなたは同世代の子より一回りは体が小さいのにとても活発で、周りには「コザル」なんて呼ばれていた。サルは好きじゃないけど、あなたの事は好きだった。
たまたま伸ばしっぱなしだった髪を褒めてくれた時は、一生伸ばしていこうかと本気で思った。
小学校に入って少ししたら、いかにも都会の子供です、みたいな整った顔をした男の子が転校してきた。女の子たちはそれはもう盛り上がって、男の子は笑って返していたけれど、どこか裏がありそうな、私はあまり好きにはなれない笑顔だった。正直、関わるのはやめておこうと思った。のに、男の子は彼の家の近くに引っ越してきた。案の定、彼は引き気味の男の子と仲良くなろうとくっついて生活していた。いかにも悩みなんてありませんといったような天真爛漫な彼に、男の子は毒気が抜かれたのか、攻防戦はすぐに終わった。私は複雑な気持ちになった。大好きな彼が、苦手な男の子に取られてしまった。ショックでもあった。いつも二人で遊んでいたトランプは三人に増えて、いつもは勝っていた七並べも、負けが続いた。男の子はちょっと意地悪だ。でも、苦手だったはずがいつの間にかそんな気持ちはなくなっていた。男の子は猫かぶりだった事がわかり、いつも女の子たちに見せるキラキラの笑顔は消えて、彼や私の前では少し意地悪だけど面倒見のいい子なんだとわかった。
それからだいぶ時間が経ち、私の恋心もそのまま受け継がれて高校生になった。男の子は背がぐんと伸びたが、彼はちょっと背が高めの女の子くらいしか伸びなくて、毎日牛乳を飲み続けていた。私はというと小柄に育ってしまい、目線が合いやすい彼の身長はちょうどいいと思っているのは内緒だ。褒めてくれた髪は腰まで伸びて、想いの時の長さを感じた。
いつも一緒にいたいと願ったからだろうか、同じクラスになれた時は初めて神様にありがとうと思った。こんな日々が、続くと思っていた。初めて神様を恨んだ。
風邪をこじらせて久々に登校をすると、知らない子がいた。ギャル系、とでもいうだろうか、クールな美人さんで、私とは正反対のような転校生らしい。一昨日来たらしく、なんで教えてくれなかったのと聞くと、メールしたよと返ってきたのでメール画面を確認するとたしかに何通か来ていた。メールを読んでいると、最新のメールの文字列に、さあっと体温が下がる感覚が身体中を走った。
ねえ。名前を呼ばれた。彼だ。振り向きたくない。いつもの浮かれたような明るい声が、聞きたくない台詞を綴る。
「俺、彼女出来たんだ」
嫌いになれたら良かったのにね。そんな言葉が幾度となく脳内で囁かれる。その日から私の時は止まり、同じ高校の同じクラスになった男の子に、遠回しに好意を向けられても、私はあの日のままだ。男の子もそれをわかっている。わかっているから、面と向かって来ない。変われないのは私だけのようだ。
変われないまま時は過ぎ、高校最後の文化祭直前、私は想いを告げようとした。報われないとわかっていても。体調を崩し、横になっていたベッドに座り、保健室のカーテン越し、もはや単語しか言えない私の話を聞こうと彼はひたすらに頷いてくれた。結果、告げることは出来なかった。そして、彼はやはり彼女を選んだ。そこで私の恋は幕を閉じた。
腫れた目が落ち着いた頃、男の子のお母さんが経営している美容院へ足を運んだ。本当にいいの?きれいな髪なのに。と半ば心配そうに髪を撫でる美魔女に、全開の笑顔を作って返事をした。
こんなに短いのは久々だから首がちくちくするしスースーする。美魔女ママは、すぐ慣れるわよ、似合ってる。と微笑んでくれた。良かった、似合ってなかったら困る。
お会計をしてドアを開けると、目の前に男の子がいて、めちゃくちゃびっくりした。相手もさぞ驚いたようで、カタコトで挨拶をした。特に用もないしなんだか気まずいので横をすり抜けようとすると、猫を撫でるようにこめかみ辺りを触られた。思わずすぐに離されたこめかみ、耳の上に手をやると、何かがくっついていた。ドアのガラス部分を鏡のように見やると、桜の花だろうか、髪飾りがついている。展開についていけなくてぼやっとしていると、男の子が目を逸らしながら、似合うと思ったから、買った。とほんのり頬を染めながら言った。涙が、出そうだった。
来年も咲くため、舞う花のように、私にも咲く日が来るだろうかと呟くと、頭よりだいぶ高い位置から「来るよ」と優しい声が聞こえてきた。
adolescence(思春期) 青木はじめ @hajime_aoki
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