レベル2 下山



「おむすび山をおりよう」


 そう決心したのは、400年後のことだった。


 うん、何と言うか……


 修行って一度初めてしまうとヤメどきがわからなくなるよね。


 体当たりの修行が物理的に不可能になった修行100年目あたりから、何度『そろそろ山を下りよう』と思ったか知れないけれど、もう一年、もう一年……とやっているうちにこんな長い年月がたってしまったのである。


 もちろん、こんな数百年も生きたスライムというのは聞いたことがない。


 しかし、スライムに寿命があるって話も聞いたことがなかった。


 みんなすぐ初級冒険者たちの経験値になってしまうため、寿命がよくわかっていなかったのである。


 スライムの構造上、倒されさえしなければ相当長く生きるだろうとは言われていたんだけどね。


「見てろよ初級冒険者たちめ!」


 さて、こうしておむすび山を下りたのだが、やはりなんといっても俺はスライムである。


 いかにメチャ修行したからと言ってそれほど強くなっているものだろうか?


 そういう不安は当然ある。


 あの長く苛烈かれつな修行も、もしかしたら焼け石に水くらいの微々たる効果しかなかったのかもしれない。


 いや、それでも!


 いくらなんでも、もう初級冒険者くらいなら倒せるんじゃないかな?


 そんな期待と不安の入り混じった気持ちで400年ぶりにふもとへ下り、人間の住む里の方へ向かった。


 ふふふ、人間どもめ。


 急に里に魔物があらわれてびっくりするだろう。


 そんなふうにたくらみながら一番近くにあった人間の里の入口の方へぴょんぴょん跳ねていったのだが……


「ねえ、お母さん。スライムだよー♪」


「あらほんと。カワイイね」


 と、ほがらかに指さす人間の母娘おやこ


 俺のルックスがカワイイのは間違いのないことだけど、ちょっと複雑な気持ちである。


 そして、こちらがスライムだからといって人間たちもあまり危険視せず、村や街の自警団などはやってこなかったから、戦闘にもならなかった。


 うん……やっぱりスライムの宿命の敵は初級冒険者なんだな。


 冒険者がよく出現するのは、村と町とを繋ぐ林中道や、ダンジョンへ向かう森の道とか、そういうポイントである。


 そういうわけで、俺は人間の里に背を向け、道を行った。


「はやく初級冒険者とエンカウントしないかなぁ……」


 ポヨン♪ ポヨン♪ ポヨン♪……


 だが、『実戦したい』と思うときにはなかなかしないのがエンカウントである。


 数刻ほど道を跳ねていったものの、すれ違ったのと言えば旅の商人風のじいさんがひとり。


「ややっ! スライムじゃ。ありがたや、ありがたや……」


 なんかおがまれてしまったし。


 こうなれば別に人間じゃなくても、モンスターが相手でもイイや。


 そう思って人の道を外れ、魔物が住んでいそうな森の鬱蒼うっそうとしたしげみの方へって行く。


 俺は今、とにかくケンカがやってみたいのだ。


 修業の成果を試すために。


 でも、最初の相手は弱いのがイイな。


 まずはスライムで経験値稼ぎから……って、いかーん! スライムの俺がそんな発想でどーする!?


 などと血迷い始めた時だった。


「ゴルルルル……」


 なんか不穏なうめき声が森に響く。


「き、気のせいだよね」


 そう祈るように振り向くと、そこには緑色の皮膚に大きな身体、そして鋭い角と牙を持ったモンスターが悠然と身を起こすのが見えたのだ。


「ギャオオオン!」


 重厚なしっぽをむちのように振りながら咆哮ほうこうをあげる魔物。


 そう、グリーン・ドラゴンである。


「し、死んだ……」


 氷スライムのように固まる俺。


 なんて運が悪いんだ。


 せっかく400年も修業してきたのに、一発目にドラゴン種と遭遇するなんて。


 ……でもまあ、精一杯やったしな。


 経験値になっても仲間のところへ行くだけだし、悪くないか。


 そんなふうに観念したのだが。


「ギャオ……オオン……(汗)」


 しかし、どういうわけだろう?


 ドラゴンは数回えると、しだいに元気をなくしていく。


「オオーン、キャイーン(泣)」


 そして、おびえるようにジリジリと後ずさったかと思えば、急に反転し、巨大な翼を広げてバッサバッサと飛び去って行ってしまった。


「た、助かったのか? 俺……」


 ガタガタと震えている様子だったから、もしかしたら『その時、俺の後ろから別の強者が迫ってきていた』みたいな展開かと思って振り返るが、誰もいない。


 そうなると答えはひとつ。


「ドラゴンも腹壊すのか……」


 俺はそうつぶやくと『ポヨン♪』ときびすを返した。

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