俺、スライムだけど山奥で400年鍛えてみたよ

黒おーじ@育成スキル・書籍コミック発売中

レベル1 山ごもり



「おとなしく経験値と化せ!スライムども!」


 人間たちがこん棒を振り回しておそいかかってくる。


 初級冒険者だ。


「ヤバイ……ッ!」


 俺は身体からだを『く』の字によじらせてなんとか攻撃をかわした。


 間一髪である。


「うぎゃっ!」


 しかし、となりのゴン吉は直撃を喰らったようで、地面にポヨン♪ポヨン♪と跳ねてからその場へ突っ伏してしまった。


「ゴン吉!」


「う、うう……スラ、僕にかまわず逃げろ!」


「バ、バカ言うな!!」


 その時、後方の冒険者がつえをふるい、火属性の魔法が俺に向かって飛んでくる。


「ぎゃッ……」


 熱い!


 敵の放った魔法はごく小さい火であったが、スライムの俺にとっては大ダメージである。


 このままでは経験値になってしまう。


「スラ……逃げろ……うッ」


「ゴン吉!」


 なんと、ゴン吉は経験値になってしまった……


「ち……ッくしょおお!!」


 俺は涙ぐみながらも走りだす。


「あ! 一匹逃げたぞ!! 追え! 追え!」


 初級冒険者たちはわずかな経験値欲しさに武器を振りかざして追いかけてきた。


 メタルなボディも持たない、どこにでもいるごくごく平凡なスライムである俺は、逃げ足だって別に速くない。


 だからそれは運がよかったからか、それともゴン吉の魂が助けてくれたからか……


 しげみをかき分けながら脇目もふらず逃げていくうちに、いつの間にか冒険者の声はしなくなった。


 はぁはぁはぁはぁ……


 こうして俺は命からがら家へ帰ってきたのである。


「あら。ただいま。スラちゃん」


「か、母さん……」


「まあ! どうしたの? ヤケドしてるじゃない!」


 俺のヤケドを見た母さんはあわてて手当をしてくれた。


「さっ。これでよし」


「……母さん」


「ん?」


「今日、ゴン吉が経験値になったよ」


「そう……」


 母さんは丸い目を悲しそうに伏せた。


「ねえ、母さん! なんで俺たちスライムはこんなに弱いんだ? どーにかならないのかよ!!」


「スラちゃん。私たちスライムはいつかは初級冒険者たちの経験値と化す運命なの。これはしかたのないことなのよ。だからそれまでせいいっぱい生きるの。天国のスラ父さんのように……」


「……母さん」


「さっ。もうご飯ができたわ。スラ子を呼んで来てちょうだい」


 湿っぽくなったのを切り替えるように、母さんは気強くそう言う。


 俺は言う通りに、妹のスラ子を呼びにいった。


 ――その夜。


 母と妹の寝息の横で、俺はムクリと起き出した。


 スー、スー……Zzzz


「母さん、スラ子……」


 俺はもうこれで最後だと思って、寝息をたてる母と妹の顔をジっと見つめた。


 月がやけに明るくって、彼女たちのほほはスカイブルーの光沢をもって輝いている。


 今はまだ幼いけど、スラ子もいつか嫁にもらわれてゆくのだろうな。


 スー、スー……Zzzz


「くッ!」


 決心がにぶりそうだったので思わず目を切る。


 そして、『さがさないでください』と書置きだけを残して、二人の元を去ったのだった。



 ◇



 俺はふるさとを去り、山奥にこもることにした。


 おむすび山。


 東方の『おむすび』という食べ物に似た形をしたこの山は、聖も邪もよりつかない中性の区域であるから、精霊も魔物も生まれない。


 さらに、地形は岩ばかりで隆起りゅうきが激しく、キビシイたきが多いので、人間も住みつかなかった。


 わずかに小動物がひっそりと暮らすのみ。


 そんなところで何をするのかって?


 決まっている。


 修行だ!


 鍛えて、強くなって……いつか初級冒険者たちを返り討ちにしてやるんだ!


「今に見てろ……」


 俺はまず攻撃力と防御力を高めるため、体当たりの練習から始めることにした。


 プニ!……ぽよん♪ プニ!……ぽよよん♪


 木のみきへぶつかっては跳ね返される俺。


「はぁはぁはぁ……くそッ!」


 俺、なんでスライムなんかに生まれたんだろ……


 自分のヤワな肉体を思い知ると、あらめてくじけそうになる。


 でも、俺は強くなるって決めたんだ!


 まずはこの青くプニプニしたボディをはがねのごとく鍛えあげなければ。


 一日千回。


 それがまず自分に課した『体当たり』の数である。


 最初の一日は早朝から深夜までかかった。


 これはもう身も心もボロボロになるほどに感じたものであるが、1年続け、2年続け、10年、20年……と続けてゆくと、だいたい午前までで千回の体当たりが済むようになってくる。


 あまった時間は、軟体なんたい性や物質操作能力をきたえるのにあてた。


 たきにも打たれた。


 たきの水をできうるかぎり飲み続けるというハードなトレーニングも行った。


 まあ、このトレーニングは身体からだ膨張ぼうちょうして、俺のスマートな体型がくずれちゃいそうでイヤなのだけど……。


 もちろん、毎日の体当たりも手を抜かずに続ける。


 ぶつかる対象も、小木から大木、岩からそびえる岩壁へと変わっていった。


 プニ!……ドゴーン!! プニ!……ドゴーン!!


 こうして50年がたち、100年がたつと、岩壁もすぐに崩れるようになってしまって、この修行は物理的に不可能になってしまう。


 おむすび山を全部壊してしまっては小動物たちが困ってしまうしね。


「修行のやり方を変える必要があるな」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 俺は崩れゆく岩壁を見ながら、そんなふうにつぶやいた。

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