制服、エスプレッソ、時々iPhone

 スマホに通知が来た。

 マスターからだ。


『( ᐢ˙꒳˙ᐢ ) 用事ってなにー?』


 なんで顔文字を使うんだろうこの人。

 いや人かどうかも分かんないけど。


『( ̄へ  ̄ 凸 忙しいんだからさ~邪魔したら怒るよ~?』


 バイトに向かってなんだその中指は。

 SNSで燃やしてやるぞ。


『新しくお手伝いを雇いたいです』


 ロリリア様のことだけど、「アルバイト」とは書かない。

 なにかしらの日本の法律に触れそうだから。


『(T▽T)』


 たぶん、泣き顔の顔文字だと思う。


「どういう感情?」


 ほんとに分かんない。

 今の会話に泣く要素なかったでしょ。

 日本語検定、というか空気読み検定何級の問題だろ。


『やめるわけじゃありませんよ』


 これであってるかな。

 ボクはたかだバイトなんだし、自意識過剰すぎたかも。


『。゚゚(*´□`*。)°゚。 よかった〜』 


 あってたみたい。

「うっそでしょ……」

 バイト相手にこんなになれなれしい態度の雇い主なんて見たことない。


『事情があって、この世界の人に手伝ってもらおうと思います』


 はしょりすぎた気がする。

 緊張してうまく説明できないと思って省略したけれど、やっぱり一から説明した方がよかったかも。


『(≧∇≦)/ よいよ!』


 そっかぁ。


「よくないんだわ!」


 ちゃんと話を聞いてから判断してよ!

 経営者でしょ!


 落ち着こう。

 きっとバイトには及びもつかない考えがあるのかもしれない。

 現地の人を雇うんだから、メリットもおおいはず。


『(^▽^)o 君の責任で好きにしていいと思うよ。知らんけど』


 これで夢のバイトリーダー!


「好きにしちゃダメなんだよ! なにも考えてないじゃん!」


 ばーか!


 


 


           §

 


 


 


「制服を作ります」


 


 マスターのことは気にしないでおこう。

 深く考えようとするだけムダだった。

 だから次のステップにすすむ。


「ふむ。では王族ご用達の仕立て屋を呼んで……」


「こちらで作ります」


「なぜだ」


「経費で落ちるので」


「そうか……」


 そもそもこんなところから税金を取り立てているのはだれなんだろ。

 この世界の国ではなさそうだし、現地のギルドでもないし。

 そう考えてみると、マスターはどうやってこの世界に喫茶店を作ったんだか、謎すぎる。


 それはそれとして。


「採寸したいのですが、えーっと、メジャーはあるんですけど」


「……貴様が採寸するのか?」


「ああ~……どうしよ……」


 採寸するには脱いでもらう必要があるけどそもそもリリーナ様は子どもとはいえ女性だ。

 ボクが、つまり男がやるのはいけないだろ。

 それに素人の採寸なんて寸法もガタガタになるなぁ。


「しょうがないやつだな」


 姫様がため息をつきながらカバンの中から一枚の巻物スクロールを取り出した。

 磨き上げられた象牙に羊皮紙を巻き付けて、さらに赤いシートで包んで飾ってある。


「それは?」


「身分証明書だ」


「保険証よりゴツい」


 銅板をはめこんだテーブルの上に、リリーナ様が巻物を広げる。

 長さはそうでもないけれど……。


「……文章じゃなくて、魔法陣?」


「うむ。これを読み取ることで、その人間の身分やその他もろもろが分かる」


 魔法ってすげー!

 だけどひとつ問題がある。


「読み取るのって、魔法でやるんですか?」


「そうだが?」


 頭を抱えたくなる。


「……ロリリア様の世界って、だれでも魔法を使えるとか、そういう世界ですか?」


「そうだが?」


 ははーん、だれでも魔法を使えちゃうってわけネ。

 ボクは使えないんだが?


「そんな時でも大丈夫。そう、iPh〇neならね」


「なんだそのセリフは」


「ボクのいた世界で有名なキャッチコピーです」


 アップルは好きじゃないけど、今日はジョブズに感謝してる。


 最初にマスターから「アンドロイドは好きじゃないからiPh〇neでいいよね」と言われた時は静かに怒ったけど。


 さてと、マスターからもらったスマホに最初からインストールされていた「猿でもできるステータスオープン!」アプリを起動する。


 巻物の魔法陣からホログラムの文章が浮かび上がる。


「なんだ、使えるではないか」


「ボクじゃなくて、この板が代わりにやってくれています」


「便利なものだ」


 で、問題はまだある。


「……文章が読めません」


「こちらの世界の文字だからな」


 えーっと、こういう時は……。

 バックヤードの棚をあさる。


 マスターが残していった便利な魔法道具とか、すっごいSFな謎アイテムを収納してあるところだ。

 他にも倉庫があるらしいけど、ボクみたいなど素人でも使えるものはだいたいここにあるらしい。


 あった。

 メガネだ。

 それもただのメガネじゃない。


「……うん、読める」


 自動で翻訳してくれる魔法をかけてあるだとかで、ヒヒイロカネを使ったレンズだから赤の色メガネなのは気になるけど、これのおかげで異世界の文字でもなんでも読めるから文句は言えない。


「読み方は分かるか? 自分で動かしたことがないからどこに寸法が書いてあるか分からないが……」


「大丈夫です。けっこう慣れてるインターフェースなので」


 これ、ゲームのステータス画面だよな。

 だから初見のボクでもサクサク動かせる。


 えーっと、身体情報の……やべっ。


「バイト、読んだらいくらお前でも生かしておける保証はない」


「ッス」


 一番上からスリーサイズが書いてあった。


 リリーナ様のプライバシーのためにも、ボクがステータス(仮)を動かすのはここまでにする。

 姫様に自分の寸法をA4用紙に書き出してもらって、そのメモをボクから見えないよう彼女に持っててもらう。


「で、これをどうするんだ?」


「FAXで送ります」


「ふぁっ……なに?」



「遠い場所にいる人にも、こういう紙を送れる道具です」


 


「……転送魔法テレポートか?」


 そんなようなものです。

 おじいちゃんの家にあったのを見ただけだから、うまくできるか自信がないけど。

 姫様にメモをセットしてもらい、送信。


 ガッガッガッ、と独特な動作音のFAXを前にして。

「ひゃっ」

 リリーナ様の可愛い悲鳴。


 本人が赤くなって恥ずかしそうにしているから、聞かなかったことにする。


「こ、この後はどうするのだ?」


「時間がかかると思うので、すこしお茶しましょうか」


 マスターの方で制服を作ってくれるという。

 そうすぐにでもできるものじゃないだろうし何日かもらうことになるだろうけど、その連絡が来るまでゆっくりしてもいいと思う。


「そうか。それではいつもの……ああいや」


「……?」


 姫様がなにやら悩みだした。

 あごに手を当てて考える仕草はまだまだ女の子なのにどこか大人びていて、やっぱりこの子は王女様なんだと分かる。


「たまには違うものを飲みたいな」


 その口調はいつもより子どもっぽかった。

 なるほど。

 勇気を出して言ってくれたんだろうな。


「それでは、カプチーノにしましょうか」


 期待には応えないと。

 ボクの方が年長なんだし。




 


 


           § 


 


 

 


 


 一人前のレディらしく注文できただろうか。

 子どもみたいなおねだりではなかっただろうか。

 緊張して心臓がどくんどくんとうるさい。


「そのカプチーノというのはなんなのだ?」


 気を抜くと体がふにゃっとなりそうで、意識して肩肘を張らないと威厳がたもてない。

 期待に胸をふくらませているのに気づかれていないといいけれど。


「エスプレッソに……濃くいれたコーヒーに、泡立てた牛乳を注いで作ります」


 バイトが微笑みながら説明してくれる。

 その笑みに胸の奥を見透かされたようで、私はおだやかではない。


「なんだか苦そうだな」


 言ってから、やってしまった、と気づく。

 これでは子どものようではないか。


「エスプレッソは大人の男性でも苦手な方がおおいですから、そうですね、キャラメルシロップを入れましょう」


「う、うむ」


「実はボクも苦手です」


 ここだけの秘密ですよ、とバイトが口に指をあてて口止めしてくる。

 どうしてだか分からないがその仕草を見ると私の心臓がもっとうるさくなった。


「……それはもう二度とやらない方がいいぞ」


「ッス」


 刺激が、なんというか、強すぎる。

 大人になったらこういうことをされても素直に受け止められるのかな。


 バックヤードから店内に戻る。


 よく磨き上げられた白タイルの床、木目の美しいウォールナットのテーブル、尻が落ち着かなくなるほど柔らかいクッションの椅子。


 穏やかな場所だった。

 ここまで心安らげるところは王族でもそうそう体験できないだろうと思う。


 豪華というのも、違うな。

 品が良いというのだろう。


 白いタイルの床をブーツで歩けばコツコツと小気味良い音で楽しませてくれる。

 ウォールナットと言えば暗い色の木材だというのが普通だけれど、いったいどんなニスを塗ってあるのかピカピカで肌触りもなめらかだ。


 椅子……というか、クッションは……。

 初めて座った時はあまりにも沈むものだから、自分が太ってしまったようで恥ずかしかった。

 バイトが隣に座った時はおなじくらい沈んでいたから、きっと、そういうクッションなのだろうな。


「それでは、すこしお待ちください」


「うむ」


 バイトがカプチーノのとやらを作るのを、カウンターに頬杖を突いてながめる。

 この喫茶店の中でもとくに機械らしい道具をいじりはじめた。


 エスプレッソマシン、だったか。

 碧色を基調に銅があしらわせた機械が綺麗に思えて、質問したのを覚えている。


 取っ手のついたカップのようなものホルダーに、コーヒーをひいた粉をぐしぐしと押し固めるのをぼーっと見る。


 カチコチと時間を刻む置時計のほかにはなんの音もしなくて、いつもにぎやかな王宮とは違うところに、私の住む世界とは別の落ち着いたところに来たんだと実感させてくれる。


 エスプレッソマシンが動き出し、物々しい音を立てて。


「あうっ」


 驚いて頬杖がずれて変な悲鳴をあげてしまった。


 聞かれていただろうとは思うけれど、エスプレッソマシンに向き合うバイトは背中しか見えなくて、笑っているかどうか分からない。



 例のコーヒーを作る「抽出」が終わったらしい。

 どろどろのエスプレッソはとても濃く、見るだけでとんでもなく濃厚なんだと分かる。

 そこにキャラメルシロップをくわえる。


 砂糖や牛乳を煮詰めた菓子キャラメルは知っているが、キャラメルの砂糖水シロップとはどういうことなのだろう。


 キャラメル味のシロップなのかな。


「ここにミルクを注いでいきます」


 半分よりちょっと上で止めた。


「いつもより量がすくないように見えるが」


「はい、残りは泡立てたミルクをつぎます」


「ふむ」


 泡立て器ハンドミキサーなるものが激しく動き、瞬く間に牛乳がかき混ぜられる。


「これで模様を作りますから、ご覧ください」


「模様」


 かたむけたカップにミルクを注ぐ。

 かと思えばほんのすこしついだだけでミルクポットを離す。

 おなじことをもう一度。


 二度。

 三度。

 何回も繰り返しすこしずつ模様を作っていった。


「カプチーノと、ラテアートのチューリップ模様です」


 いつもよりちいさなカップを置いた。

 ラテアートがなんなのか知らないが、エスプレッソにミルクを注ぐことで模様を作るのだろう。

 細かく分けられた葉と、チューリップの花弁がコーヒーとミルクだけで表現されている。


「わ……」


 思わず声がもれた。

 綺麗というか、かわいい。

 飲み物を工夫して注ぐだけでこういうこともできるのか。


「飲むのがもったいような気がする……」


「何度でも作りますから、どうぞお召し上がりください」


 バイトのやつ、「何度でも」や「いつでも」で私が心を弾ませていることに気づいているのだろうか。

 たぶん、まだ気づかれていないと信じたい。


 きっと私じゃなくてだれにでも言っているのだろう。

 こいつは私より大人で上手に仮面を被れるはずだから。


 よくない考えを振り払おうとカプチーノを飲む。

 キャラメルシロップで甘くなりミルクでまろやかになっている。

 それでも、子どもの舌にエスプレッソはひどく苦かった。

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