今週の無礼討ち

「今日は大事な話がある」


 さて、私の声は上ずっていなかっただろうか。

 しゃんと胸を張って威張れているだろうか。

 たぶん、いつもどおりにできたはずだ。


「えっ、無礼討ちとか?」


「違うが」


 驚かせてしまった……というか、バイトが勝手に勘違いして驚いたわけだが。

 見て分かるほど、カップにコーヒーを注ぐ手が震えている。

 王族と面と向かって話せるくせに、変なところで気の小さいやつだ。


「短い人生だった……」


「まだ終わらせないが」


 私に給仕する仕事がまだあるし、もっとやらせるつもりなのだ。


「魔法使いに異世界まで連れてこられて、処刑台の露に消えるんだ……」


「おい、バイト」


「はい」


「話を聞け」


「ッス」


 バカをやっている間にも、コーヒーは注ぎ終わり、ミルクと砂糖もよく混ぜられてまろやかな色になっていた。

 震えながらもしっかりと仕事はするあたり、れっきとしたプロフェッショナルというやつなのだろう。

 これだけの腕前をもっているのだから、男らしく堂々としていればよいのに。


 それはそうとして。


「支払いについてだ」

 

 とても大事な話をしなければな。


「ああ、今までツケでしたもんね」


 バイトがスマホだかタブレットだかいう道具を取り出した。

 あの道具にはいろんなことができると言っていたし、帳簿かなにかでもチェックしているのだと思う。


「うむ。一度も払った覚えはない。だが私はお忍びできているただの客だ。そろそろ払わないと問題があるだろう」


 王家に茶や菓子を献上できるとなったら、むしろ金を払ってでもゴリ押ししてくるくらいだ。

 御用達のブランド目当てで……。


 そんなことはともかく、常に閑古鳥が鳴くこの店にもテコ入れしてやらねば、潰れてしまうかもしれない。

 潰れては困る。

 とても、とても困る。


「うーん……でも子どもからお金をとるのは……でも経営が……むむむむむむ……」


「子どもじゃない!」


 たまにむかつくことを言う男だな。

 一人前のレディになんてことを!


「それではお聞きしますが、そのドレスはどなたが買ったのでしょう?」


「……国庫から出た金、だと思うのだが」


「ご自分のお金ではありませんよね」


「これは王族として当然のことだ。我々は民からおさめられた税によって生き、そして国を導いて民に奉仕することで返礼とする」


「お勤めを果たされているのは国王様やお兄様お姉様たちであって、まだお仕事を任されていないリリーナ様は、ご自分でお金を稼いだわけではないでしょう?」


「そう言われたら、そうかもしれないが……」


「自分でお金を稼げていないうちは、子どもです」


 ぐうの音も出ない。

 蝶よ花よと育てられている自覚もある。

 今だけはしかめっ面をしても許してもらえると思う。


 それはそれとして。


「おいバイト、今までに私以外の客から金は受け取ったか?」


「えーっと、他にお客さんが来たことないので、受け取ったことはないですね」


 ほーう?

 それなら話は早い。


「お前も、金は稼いでいないようだな?」


「え゛っ」


「さて、『自分でお金を稼げていないうち、子どもです』と言ったのはだれだったかな?」


「く゛ぇ゛ぇ゛」


 およそ人が出したとは思えない奇妙な声で叫び、バイトが頭を抱えた。


「ふふふ、私に口で勝つには早かったようだな!」


 とても気分がいい。

 いつも口で丸めこんでくるあのバイトが、私に口で負けてもだえ苦しんでいる。

 認めたくないが、イケメンと言ってもよいバイトが苦しみで表情を引きつらせているのを見ると、背中がゾクゾクするな。


「ちゃんとバイトで稼いで……あれ、売り上げがないのにもらうお金って給料じゃなくね……お小遣いじゃん……?」


 冷や汗をダラダラ流してぷるぷる震えている姿は子犬みたいではないか。

 もうちょっとだけ楽しみたいが、あまりいじめてもかわいそうだ。


「そんな貴様に、私にとってもバイトにとっても都合のいい答えがある」


「えっなに……どうしたら大人になれるんですか……?」


「この間、アグリアスから借りた小説によれば、こんな時のために最適なセリフがある」


 びしっ、とバイトの鼻先に人差し指を突きつける。


「な、なんです?」


 それはだな。


「────体で払う」


 決まったな……!

 セリフを言うのは恥ずかしいから、鏡の前でポーズを練習した甲斐があったというものだ。

 今の私は最高にかっこいいぞ!


「ひ、姫様、その言葉はどちらで覚えたんですか!?」


 なんだ急に騒ぎおって。

 そんなに気に入ったのか?


「アグリアスから借りた小説だが?」


「なんてタイトルの?!」


 えーと、たしか……。


「『没落した悪役令嬢ですが、隣国の王子にさらわれました ~誘拐先の宮廷でふたりだけの甘々結婚生活~』だな」


「なんてものを読んでるんだあの女騎士! オークにでも捕まってろ!」


 また唐突に叫びおって。

 うるさいぞ。


「それで、体で払う件はどうなった?」


「ダメです」


 なぜだ!?


「どうしていけないのだ?」


「いいですか姫様、今のセリフは絶対に言ってはいけません」


「主人公は嬉々として言っていたぞ? 地の文によれば、頬を赤らめうっとりとした顔で──」


「姫様姫様姫様! いけません! 店内でそのようなことを言われては困ります! 姫様っ!」


 騒がしいやつだな。

 しかし私は大人だからここは引き下がってやろう。

 私は大人だからな。


「ふむ、そうなると支払う方法がなくなったな」


「別に払わなくても……いや、払ってもらわないとボクも子どものまま……んん~~~」


 お腹が痛いのか、腹をおさえてうなっている。

 うちの宰相がたまにやっているのとおなじだ。

 私も成長したらああいうことをするようになるのかな。


「お前もいつまでも子どものままでいたくないだろう?」


「それはそうですが……」


 私だってそうだ。

 だからひとつ、提案がある。


「兄上は昔、身分を隠して武者修行していた時に行き倒れたことがあるそうだ」


「王子が行き倒れる国」


「路銀もなくなりあわや死にかけたところを、ある村娘がミルク粥を食べさせてくれたおかげで、命を救われたそうだ」


「ブッダじゃん」


「しかし金もないから困っていたところ、村娘の家で皿洗いをし、ついでに村を襲ったドラゴンを撃退して帳消しにしてもらった」


「ファンタジーじゃん。ここ異世界だったわ」

 

 私は剣をとって戦うことはできないだ……。

 つまり、だ。


「働いてツケを返す。それではいけないか?」


「んんんんんんんんんんんん~~~~~~~~~」


 今度はバイトが頭を抱えはじめた。

 こいつはいつもなにか悩んでいるな。

 もっと男らしくサクサクと決めていけば頼もしく見えるのに。


「児童労働……子どものお手伝いなら大丈夫かな……マスターに聞かないといけないんじゃ……?」


 バイトはこうして時々、訳のわからないことを言う。


「小遣いだろうと賃金だろうと、金は金だ。それでツケを払えば、私は自分で稼げる大人に、お前も一人前になれるぞ」


「そうかな……そうかも……」


 あと一歩だな。

 交渉テクニックの見せどころだ。

 

「私を雇えば、今なら特典がひとつついてくる」


「えっ、そんなお得な話があるんですか?」


 うむ、あるのだ。

 それも、この閑古鳥が鳴く喫茶店にはとっておきのな。


「客を紹介してやる。よろこべ、私以外の客がこの店に来ることになるのだぞ」


「今日からでも働いてください」


 くるしゅうない。

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