俺に彼女がいないのはおかしいだろ ~残念男子の恋愛攻略術~

@ts10

第1話


「おかしい。なぜ俺には彼女がいないんだ?」


 窓から夕陽が差し込む放課後の教室にて、一人の少年が心の底から理解できないといった様子で積年の疑問を呟き首を傾げる。


 彼、黒川奏介くろかわそうすけは国内でも有数の巨大企業、黒川商事社長の一人息子であり些か陰気なオーラを漂わせてはいるものの容姿は整っている。

 また、成績は一位にこそ届かないものの常に学年上位を維持しているし、スポーツだってそつなくこなしてしまう。


 異性に求めるものは人それぞれなので一概には言えないものの、スペック的に黒川奏介は好条件の男だと言えるだろうし、実際彼は自分のことをそのように評価していた。


 なので、太陽が東から上り西へ沈んでいくかの如く、奏介は自分がモテるのは当然の摂理であり、高校へ入学した暁には可愛い彼女との薔薇色の高校生活が待っているのだと信じて疑わなかった。


 だが、彼の夢と希望に溢れた未来予想図はものの見事に裏切られることとなり、高校生活が二年目に突入した今になっても彼に彼女ができる気配は微塵もない。


「たぶんだけど、それは黒川くんが自分なら何もしなくても女の子の方から寄ってくるに違いないとか舐め腐ったことを考えて、自分からは一切行動しないからじゃないかな」


 奏介と向かい合う形で座っている少女、片山優理かたやまゆうりが奏介の疑問に対し辛辣な答えを返すと、彼は一瞬だけ痛い所を突かれたと言わんばかりに優理から顔を逸らした。


 奏介と優理のこういったやり取りは今に始まったことではなく、彼らが二年生に進級し初めて同じクラスになったときから、もうかれこれ三ヶ月は続いている。


 最初のきっかけは、とっくにホームルームが終わったにも関わらず教室に残って爆睡していた奏介に優理が声をかけ、彼を起こしたことだった。


 優理としては教師が話している際中でも平気な顔をして眠りこける奏介に少し注意をしてやろうという心づもりだったのだけど、そのとき奏介は既に自分がモテないという事実を半ば悟っていた。


 そして、そんな彼に話しかけてきた優理は見た目だけなら間違いなく美少女だ。

 長く伸びた艶やかな黒髪に、真面目そうな凛とした面差し、そして何よりおっぱいが大きい。

 切れ長の目には幾らか威圧感があるし、話しかけてくる声は固いものであまり友好的な雰囲気はないけれど。

 美少女との会話イベントの前では全て些事に過ぎない。


 女子との接点がなさ過ぎて少しおかしくなっていた当時の奏介は本気でそんなことを考えていたし、優理から投げかけられた注意を促す言葉にも気を悪くすることなく素直に従った。


 優理と話しているうちに彼女はだいぶキツイ性格をしているのだと気づいたし、黒川家の富豪ぶりについて語っても驚きこそすれ興味はなさそうだったので、あわよくば彼女にという下心は次第になくなっていったけれど。


 あの日以来、奏介と優理はよく一緒にいるようになった。


「いや、待て。確かに俺に消極的な部分があったのは認めよう。けど、それでもおかしくないか? 俺は見ての通りイケメンだし、何より金がある。女子から見れば惚れる要素しかないと思うんだが」

「そういうナルシストな部分は減点ポイントだし、そもそも黒川くんってぼっちじゃん。クラスのみんなとまともに話したことないせいで、誰も黒川くんのお家がお金持ちだってこと知らないと思うんだけど」


 奏介の拙い反論を論破した優理の言葉を聞き、奏介が雷に打たれたかのようなハッとした表情を浮かべる。


「……言われてみれば、お前以外のクラスメイトに家のことを話した記憶がないな」


 奏介が中学まで通っていた私立の一貫校には経済界に顔の効く良家の子女が多く通っており、彼の出自は名乗るまでもなく広まっていた。


 だが、冷静に考えれば彼が今通っている公立高校に黒川商事の社長令息に興味のある人間がいるとは思えないし、自分から言わなければ誰も奏介の出自を知らないに決まっている。


 そもそも、一度くらい違う雰囲気の学校に通ってみたいからと敢えてエスカレーターでの進学をやめてこの学校を受験したのだから、最初から想定しておいて然るべきではあるけれど。


 幼稚舎の頃から見知った面子に囲まれて育った奏介には、その辺りの視点がすっかり抜け落ちていた。


「黒川くんって勉強はできるけど、根本的なところで馬鹿だよね」


 優理の罵倒に返す言葉もないのか、奏介が黙って項垂れる。


 優理はそんな彼の姿に呆れ気味にため息を吐きだすと、仕方ないなとでも言いたげに苦笑した。


「まあまあ、そう落ち込まなくても、そのうち黒川くんにだって春は来るよ」

「そのうちって、いつだよ」

「さあ? それくらいは自分で考えるべきじゃない」


 奏介は優理がいい加減なことを言っていると思っているようで、彼女の言葉を信じてはいないけれど。

 

 優理としては、奏介が女子にモテる要素を備えているという主張自体はあながち間違いではないと思っている。


 彼はただ、せっかくの長所をまともに活用できていないだけなのだ。


 もしも彼が自分の武器を正しく使えたなら、彼が求めているような薔薇色かどうかはわからないけれど彼女の一人くらいはきっとできるだろう。


 まあ、こういう褒め言葉を素直に伝えると彼はすぐ調子に乗って下らないポカをするので、スパルタなくらいがちょうどいいというのが優理の持論だ。


「でも、そうだね。可哀そうだから、少しだけ黒川くんの恋人づくりに協力してあげる」

「何!? 本当か!」


 優理の提案に奏介が勢いよく食いつき、目を輝かせる。


 自分一人では彼女を作るのは難しいという現実を嫌と言うほど思い知っていた奏介にとって、優理の提案はまさに渡りに船だ。


 男子の視点だけではわからないこともあるだろうし、優理が協力してくれるのならいよいよ奏介にも念願の彼女ができるかもしれない。


「とりあえず、狙いは葵にしようと思うんだけどどうかな?」


 優理に言われて、奏介は同じクラスの船橋葵ふなばしあおいにつてい思い浮かべる。


 彼女は奏介たちのクラスメイトで、部活には入っていないが図書委員を務めており図書室に行けばたまにカウンターに座っているのを見かけることがある。


 性格はあまり自己主張の強いタイプではなく、優理のように正論で奏介の心を抉ることもない。


 長い前髪のせいで隠れがちだが顔立ちは可愛かったし、奏介としては葵が彼女になってくれるのならば何の文句もない。

 

「いいんじゃないか」


 奏介が了承の意を伝えると、優理は満足そうに頷いた。


「よし。それじゃあ、作戦は後で伝えるからさっそく明日からアプローチを始めるよ」


 そんなわけで、今この瞬間から優理たちの恋愛攻略作戦が始まった。



 ◇



 優理が提案した最初の作戦、それは葵と話す機会を増やし奏介の印象を少しずつ濃くしていくというものだった。


 奏介としてはこういう当たり障りのない作戦では得られる成果もたかが知れているのではないかと思うのだが、優理曰くいきなり奇抜なことをしても引かれるだけらしい。


 彼女によれば、いきなり恋人云々を前面に出すのではなく、まずはちょっと話の合うクラスメイトくらいを目指すのがちょうどいいそうだ。


 そんなわけで、郷土史について調べるというグループ学習で奏介、優理、葵の三人グループを作ることに成功した奏介は葵との距離を詰めるため早速彼女に話しかけていた。


「船橋さん、祭りの発祥について調べたいんだけど資料がどの辺りにあるか知らないかな?」

「それなら、あっちの棚にあると思う」


 葵へ話しかける奏介からは優理と話しているときに滲みだしていた陰気な空気が感じられず、その代わりと言わんばかりに顔には爽やかな笑みが貼り付けられている。


 よほど信頼のおける相手でない限りは、とりあえず愛想よくしておく。


 奏介にとって、これは今までの人生で学んだコミュニケーションの基礎であり、当然ながら葵相手にも変わることなく適応されている。


 正直に言えば奏介はこういう愛想笑いが好きではないので、こうしてニコニコしているのはちょっとしたストレスなのだけれど。


 彼女を作るためなら、この程度の猫かぶりは我慢の範疇だ。


「ありがとう。図書室のこと、詳しいんだね」

「私は、図書委員だから」


 奏介に応える葵の声は素っ気なく、あまり手応えは感じられない。


 奏介としてはもう少し踏み込んだ会話をしたいのだけど、横目にちらと同じテーブルに腰掛けている優理の姿を見れば彼女はさり気なく首を横に振っている。


 これは変に食い下がらずさっさと資料を取りに行ってこいという合図だろう。


 今回の作戦は元々優理の立てたものだし、ここは大人しく従っておいた方がよさそうだ。



 ◇



 奏介が資料を取りに行くため席を外すと、葵は微かに唇を尖らせながら不満の滲む目を優理の方へ向けた。


「優理、本当にやるの?」

「もちろん。葵だって、別に黒川くんのこと嫌いなわけじゃないでしょ?」


 優理と葵は小学生時代から付き合いのある幼馴染だ。

 なので、葵としては優理から今回の作戦に協力して欲しいと乞われたときには、幼馴染のためと思って渋々ながら了承したのだけど。


 元々、人付き合いが得意な方ではない葵としては、あまり仲良くない相手との会話というのはそれだけで気疲れする作業だ。


 優理の言う通り奏介のことは嫌いじゃないし、何なら密かにかっこいいなとか思っていたりはするのだけれど。


 それにしたって、計画が上手く運んでいることが嬉しいのか自分のことを放っておいて隣でにやにやしている優理の顔を見ると、文句の一つくらい言いたくなってくる。


「そういう問題じゃないよ」

「わかってる。でも、今回ばかりはどうしても譲れないの。後でドーナツ奢ってあげるから、お願い」

「……最低でも、三つは買ってね」

「ありがとう。愛してるわ、葵」


 調子のいいことを言う優理を見て、葵はこの幼馴染と友達になったときのことを思い出す。


 当時まだ小学生だった葵は、今以上に人付き合いが苦手で友達なんて一人もいなかった。


 それでも好きな本に囲まれていれば寂しくはなかったし、図書室で図書委員の仕事をしている方がクラスのみんなとドッジボールで遊ぶより余程楽しかった。


 だから、別に自分の置かれている状況に不満なんてなかったのだけど、優理は葵が当番を代わってあげていた図書委員の子に片っ端から声をかけ、全員に葵へ当番を押し付けるのをやめさせてしまった。


 おかげで、図書室にいる大義名分を失った葵はクラスのみんなでドッジボールをするから参加しろという優理の誘いを断ることができず、彼女と一緒になってボールを避けるため走り回ることになった。


 結局、ドッジボールは思っていたよりも楽しかったし、一緒に遊んでいるうちに何だかんだで優理とは仲良くなったのだけれど。


 ある日、葵がふと自分に図書委員の当番を押し付けていた子たちへ優理が声をかけて周っていたときのことを思い出し、なぜそんなことをしたのか理由を尋ねてみたことがある。


 優理は真面目だし、葵としては自分を助けるためだとか、公平さに欠ける行為は許せなかったとか、そんな正義感に溢れる答えが返ってくるのだと思っていた。


 だが、現実は全く違っていて優理は何と、葵と友達になるためだと宣ったのだ。


 優理曰く、葵は図書室にいる限り他人に興味なんて持たないだろうから、無理やり外に引きずり出して自分に興味を持つように仕向けたらしい。


 何とも厄介なことに、この幼馴染は一見真面目そうな顔をしているくせして、実際には本気で欲しいもののためなら手段を選ばないのだ。


 おまけに、その事実に気づくのは既に彼女と仲良くなってしまった後だから、そのおかげで仲良くなれたならとつい許してしまう。


 本当に、質の悪い幼馴染だ。



 ◇



 優理は自分のことを品行方正な人間だとは全く思わないが、それでもそういう人間であろうと努力するべきだとは思っているし、それと真逆を行くような人間を見ると一言注意してやりたくなってくる。


 まあ、そういう輩は往々にして優理がどんなに正論を説き行動を正すための手助けをしてやっても、苦々しい顔で悪態を吐き捨てていくのだけれど。


 たまには、彼女の言うことを素直に聞き行動を改める人間もいる。


 一度注意しただけで居眠りを一切しなくなった奏介も、そんな人間の一人だった。


 いつもなら、自分の言うことを素直に聞き入れてくれた人間に対し、その後もしつこく言い募るようなことはしないのだけれど。


 奏介と話しているうちに、彼は随分と面白い男だというのがわかってきた。


 たとえば、彼の実家は国内でも指折りの名家である黒川家で、彼はその跡継ぎなのだという。


 正直、うちの高校は彼が以前通っていたという私立校に偏差値的には些か劣っているし、今後のキャリアを考えるのなら良家の子女御用達の一貫校を利用した方が何かと都合がいいだろう。

 

 それなのに、どうにも彼は自分の家のことを自慢気に語る割には小市民的な環境の方が性に合っているらしく、こうして優理と同じ高校へやってきた。


 また、少しでも隙を見せれば他人にとって食われるとでも思っているのか、彼は猫を被っていない素の状態だとよく自分のハイスペックぶりについて語っているのだけれど。


 総合成績では不動の学年一位である自分に向かって、今回はとうとう二位になれたなんて報告してくる姿はとても可愛らしい。

 

 自分の成績を彼に教えたら一体どういう反応を見せてくれるのかはとても興味があるし、いつかは伝えてみたいと思っているけれど。

 それをすると、優理に彼を馬鹿にするつもりなんて一切ないことを伝えてもきっと成績を教えてくれることはなくなるだろうから、当分は我慢するしかないだろう。


 ああ、それよりもだ。


 優理は今、久しぶりにちょっと意地の悪いことをしている。


 他人にこういう意地悪をしたくなったのは、葵と友達になったとき以来だ。



 ◇



「ねえ、黒川君ってクラスの女の子で誰が一番可愛いと思う?」

「……え?」


 作業の合間に葵が口にした彼女らしからぬ質問を聞いて、奏介は思わず手を止め葵の顔を凝視する。


「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

「いや、そんなことはないよ。でも、そうだな。クラスで一番可愛い子か。そう聞かれると、答えに迷うね」


 表面上、奏介は平静を取り繕っているけれど、内心では大いに動揺していた。


 一体なぜ、葵はこんなことを聞いてきたのだろう。


 ひょっとして彼女は奏介のことが好きなのか?


 もしそうなら、ここで葵が一番可愛いと答えれば晴れて付き合えたりするのだろうか。


 奏介の頭の中ではお花畑が咲き誇り思わず葵だと答えそうになるが、そこで彼の冷静な部分が待ったをかける。


 仮に葵が奏介のことを好きなら、ここで彼女の名前を出すのは全く問題ない。


 だが、もし葵が奏介を好きだというのが早とちりで、実際には単なる雑談として質問してきていた場合はどうだろう。


 その場合は、葵以外の人物の名前を上げた方が話題が広がりやすい気がする。


 優理も最初に目指すべきは話の合うクラスメイトであって、恋愛的な要素をいきなり前面に押し出しても却って引かれるだけだと言っていた。


 二つの可能性を思案をした結果、根っこの部分が奥手な奏介は敢えて葵の名前を出さず素直に一番可愛いと思っている女の子の名前を口にすることにした。


「……やっぱり、優理かな」


 奏介の口から幼馴染の名前が出てきたのを聞いて、葵が密かに胸を撫で下ろす。


「そっか。確かに優理は可愛いし、そもそも二人は付き合ってるもんね。こんなこと、聞くまでもないか」

「は?」


 既に葵の言動に困惑気味だった奏介が今度こそ完全にフリーズし、口を半開きにしたまま目を瞬かせる。


 葵は一体何を言っているのだろう。


 よりにもよって、彼女がいなくて嘆いている奏介をつかまえて優理と付き合ってる?


 完全に奏介の理解を越えた発言だ。


 彼には葵がこんな突拍子もないことを言い出した理由がさっぱりわからない。


「待て。何でそんな話になる。俺と優理が付き合ってるわけないだろ」


 思わず素になった奏介が詰め寄ると、葵は不思議そうに首を傾げてみせた。


「そうなの? 黒川君が優理以外と話してるところなんて見たことないし、今もときどき横目で優理のことを見てるからてっきり付き合ってるんだと思ってた」

「違う! 確かに俺がまともに会話する相手なんて優理しかいないし、あいつのことは気づいたら目で追ってるが、それは別に付き合ってるからじゃない」


 奏介の反論を聞いた葵は納得したように頷くと、まるで仕事の終わりを喜ぶサラリーマンのような笑みを浮かべて口を開いた。


「ごめん、私は黒川君のこと誤解してたみたい」

「いや、まあ、わかったならいい」

「ううん、本当にごめん。黒川君は、優理のことが好きなだけなんだね」


 三度の衝撃発言で奏介の思考回路を完全に機能停止に追い込んだ葵は、解放感に満ちた顔を浮かべるとそそくさと席を立ち本棚の陰へと消えていった。


 残されたのは、魂の抜けたような顔で茫然としている奏介と、そんな彼を見てにやにやと嬉しそうにしている優理だけだ。


「へえ、そっかー。黒川くんってば、私のこと好きだったんだね」

「っ……」


 上機嫌な優理の声を聞いて奏介の瞳に理性の色が戻り、彼女の言うことを否定するため反射的に口が開かれる。


 けれど、待てど暮らせど奏介の口から否定の言葉が紡がれることはなく、やがて彼は力なく項垂れた。


「……違う、と言いたいところだが、言われてみれば否定のしようもないな」


 思えば、入学して以来積極的に誰かと関わろうとすることのなかった奏介が唯一共に過ごすことを選んだのが優理だった。


 彼女は人の痛い所をずばずば突いてくるし、高校入学前に夢見ていた理想の彼女像とはかけ離れているけれど。


 向こうに遠慮がないからか、奏介は優理の隣でなら自然体でいられた。


 本当は、ずっと前から彼女のことが好きだったのかもしれないけれど。


 奏介にとって、自分の価値とは家柄であり、学校の成績であり、整った容姿だ。

 だから、それらに対しあまり価値を感じていない様子の優理にとって、自分が価値ある人間になれるとは思えなかった。


 恋人だとか、親友だとか、そういう特別な関係になれないのなら、せめて話の合うクラスメイトのままでいたい。

 無意識にそんなことを考え自分の気持ちに見て見ぬふりをしていなかったかと問われれば、奏介に否と言いきる自信はない。


 とはいえ、もうそんなことはどうでもいいのだ。


 既に賽は投げられてしまった。


 今さら、止まれるはずもない。


「優理、俺と付き合ってくれ」


 奏介の告白を聞いた優理はにやついた顔を引き締めようと悪戦苦闘してから、どうにも無理そうだと諦めせめて顔だけは逸らさぬように正面から見つめ合う。


 奏介の口からこの一言を引き出すためだけに、葵には随分と迷惑をかけてしまった。


 奏介に気持ちを自覚させる作戦の概要や必要な会話の大筋は優理が事前に考え伝えてあったとはいえ、細かいアドリブは葵任せだったし本当に彼女には感謝してもしきれない。


 けれど、たとえ無二の親友に負担をかけることになったのだとしても、この台詞だけは自分から言うのではなく奏介の口から聞きたかった。


 そもそも、奏介だって悪いのだ。


 少し考えれば、用もないのに好きでもない相手と二人きりで延々下らない話をして放課後を潰すわけがないとわかるだろうに。


 彼が勝手に優理の気持ちを決めつけていつまで経っても告白してこないから、こうして回りくどい手段を使うハメになってしまった。


 彼が一言付き合って欲しいと言ってくれれば、優理がどう答えるかはずっと前から決まっている。


「はい、喜んで」

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