第3話
5、
それは猛禽が狩りをするさまに似ていたと云えよう。上空よりさらに三体の
あっという間に
タルスは、南斜面の頂きに降ろされた。崖の上の峠道になっている場所である。運んできた
ようよう起き上がったタルスに、駆け寄った者がいる。頭と顔に
「無茶しないで」
少女はタルスの傷を診ると、手早く背嚢から薬草袋を取り出した。
「一世一代の
減らず口は叩いたものの、額の脂汗と蒼白な
「怪我する前に逃げられたんじゃない?」
少女が母親のように小言を述べる。タルスが幼子みたく唇を尖らした。
「あんたが派手に陽動しろって云ったんだせーーアルマナ」
アルマナが覆い布を引き下げ、柳眉を逆立てた。
彼女もまた、古代皇国ザレムの
「で、トレムの方の首尾は?」
「上手くいったみたい。ヴェジャが報せに来たわ。今ごろはもう、階段宮殿を抜け出ているはず」
トレムはアルマナの叔父で、隊商を生業としている男である。トレムの隊商仲間がティリケで神隠しにあったのが事の発端であった。いや正しくは、知恵を借りようと打ち明け話をした商人のヴェジャが、胡乱極まりない男であったことがこの
ヴェジャとその一味がティリケについて探ると、果たせるかな
恥知らずな
「それにしてもあんた、随分とそのーー」
タルスが詞を探し
「
「そうは云ってないさ」
決まり悪げにタルスは口ごもった。アルマナと喋るとタルスは、己れの方が年下であるようにいつも錯覚する。タルスが彼女を山賊の巣窟から連れ出したときはだいぶ
とーー。
二人の居る峠道に、急速に接近する不穏な気配があった。
「アルマナ、伏せろ!!」
咄嗟に横に跳んだ二人のすぐ上を、巨大な物体が凄まじい勢いで過ぎ去った。峠道に転がった二人は、同時に立ち上がった。
元は
タルスが考えを巡らせたのは、瞬き一つほどの間である。
仮に彼奴が蜂に似た躰の構造と生態を持っているならば、こちらに体当たりして脚と
こうしたタルスの思案に先んじて動いたのは、何とアルマナであった。真一文字に襲いかからんとした化物の
それが当たって砕けると、パッと辺りに鮮烈な
アルマナが放ったのは球根の形をした陶器で、香油などを容れておく容器である。いまその中に入っていたのは
無論タルスは、隙を見逃さなかった。
ほんの二、三歩の助走で、信じられないほどの跳躍を見せた。化物の上方で身を
「止めて!!」
アルマナの悲鳴にタルスが、にやり、と凄みのある笑みを見せた。縄のように
一枚。
化物の滞空姿勢が乱れ。
もう一枚。
ガクン、とその身が揺れた刹那、飛行能力を失った化物とタルスが縺れ合ったまま真っ逆さまに落下した。
「嫌っ!!」
詮無き
アルマナは膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。両手で顔を覆う。
「嫌よ……」
アルマナを生き地獄から掬い上げたのはタルスだった。そのタルスが目の前で墜ちてしまった。
気づけば谷底の喚声は鎮まっていた。
峠道に風が渡る。
路傍の
アルマナは深呼吸をして、何とか立ち上がった。ともすれば逃げ出したくなる己れを叱咤して、崖に歩み寄る。
覚悟を決め、峠道の
階段状になった斜面の数段下に、タルスと化物が落ちていた。辺りには血とも体液ともつかぬ液体と、
「タルス!!」
それは捨て身の戦法であった。落ちながらタルスは、地面と衝突する瞬間に我が身を硬化させたのである。化物は地面とタルスは挟まれた。さしもの化物も、三つの頭部すべてが肉塊と成り果てては生きていられなかった。
タルスが
アルマナは、今度こそ思い切り顔を両手に埋めた。
「無茶しないでって云ったのに……」
涙声で呟いた。
6、
このときトレムたちが持ち帰った財宝の中に、ある古文書が含まれていた。それこそがタルスが南大陸にやって来た真の理由、目指す目的地への手がかりなのだった。一掴みの黄金とその古文書を受け取り、タルスは飄然と脊梁山脈を去ったのだった。
見送ったのはアルマナだけであった。
(了)
黄金遊戯 しげぞう @ikue201
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