第2話
3、
ウウウウウウン……と唸りをあげる異音にタルスの弁舌が阻まれたのはそのときである。それは上方からもたらされた羽ばたきであった。耳にするなりティリケびとは皆、頭を下げて額を広場に擦りつけた。そこかしこで、意気地のない
叫喚の渦の中、石畳の壇上に三つの影がゆっくりと降り立った。タルスの真正面である。
黄金の長衣に黄金の仮面を着けているのは、紛れもないティリケの至尊・
黄金の甲冑に黄金の剣を掲げた偉丈夫は、
三者の偉容はまさに神話的であり、彼らが黄金宮から宙を泳いで舞い降りてきたことも、神話の一場面を思わせる光景であった。到底、人の成し得ることではない。彼らが持つのは
「
言い終わるや、目にも止まらぬ
タルスの対処も、負けず劣らずの疾風迅雷であった。すでに攻撃の〈起り〉を捉えていたタルスは、右手に
だがタルスは串刺しにはならなかった。タルスの倒れ込んだのは、
そこからのタルスは、弾む毬のようであった。
猫族のような瞬発力で飛び上がると、手前の王子に
倒れた二人に追い討ちをかけんとしたタルスはしかし、二歩三歩と前に出ただけで膝を折ってしまった。身体中の力が抜け、脂汗が浅黒く焼けた膚に浮いた。ついには両手を石畳につけてタルスは、肩でぜいぜいと
「てめえ……」
ともすれば傾げそうになる体躯を保つのが、精一杯の様子である。
王がタルスに、ゆっくりと歩み寄った。神というよりも、冥府の底から
「神威のおそろしさを思い知ったであろう、
王は芝居がかった仕草で会衆の方を見やった。その物言いには、隠しきれない
「我が民よ。ティリケびとよ。
たちまち会衆は、口々に
「何が神威だ!
タルスは息も絶え絶えだが、まだ闘志は衰えていないようだった。
「お前たちの正体は毒虫だ! 毒蜂だ! 蜂には他の蜂の巣に入り込んで乗っとる種がおる。それが
喋りながらタルスは、上半身を必死に動かして壇の端に
王が
「
三者が各々の武器を振りかぶったとき、タルスがゴロリと仰向けになった。そして高らかに指笛を鳴らした。思いのほか鋭くその音が、谷間に響き渡った。
4、
指笛に応えるように、何処からともなく叫び声があがったのを会衆は耳にした。聴いた者は皆、無意識にブルブルと総身を震わせた。断末魔の
今度もまた羽ばたきが聞こえてきた。
見上げた者たちはーータルスを除いてーー
上空を舞い来たった影は、凡そ
二体の
「ギィィィィッツ!!」
魂切る叫びと共に、三つの火柱が出現した。逆巻く焔は尋常のものでなく、燐光めいた、蒼白い、熱のない焔である。
それが蒼い
黄金の仮面は剥がれ落ちた。
黄金の剣が、鉞が、壇に転がった。
黄金の長衣は裂け、甲冑も
代わって焔の中に
最も異様なのは頭部であった。化物は頭を三つずつ持っていた。三つの頭部にはすべて、蜂に似た
変わり果てた王族の姿に恐れをなしたのは、会衆だけでななかった。兵どもも、ワッと叫んで壇から逃げ出した。広場は我先にと駆け出す者たちで大混乱なった。
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