第14話 旅の終わりを探して
彼女の根城、宇宙船がある山頂を目指して車を転がした。車中泊の身体の痛さと睡眠不足の倦怠感がアクセルを重くしていると思ったがスピードは変わらずで、重いと思っているのはどうやら私の気の所為である。
車を停めて荷物を取った、一呼吸置いて宇宙船に歩み寄ると「待っていたよ」と言わんばかりに玄関口にライカが座り込んで微笑んでいた。
「なんだかね、サンが来るだろうと思ったよ」
「凄いね君は」
「宇宙的神秘ってやつさ、別名勘とも言う。当たったところを見るに捨てたもんじゃないみたいね私の勘も。ほら寒いでしょ? 中に入りなよ」
笑う彼女に招かれて私は宇宙船の中に足を踏み入れた。なんだか室内の景色はいつもより彩度が冷たい気がした、暖色だったはずなのに全てに薄い氷の膜が張っているのかと疑いたくなるほどに。
私は居心地が悪くなって何だか背中がムズムズしてくしゃみを繰り出してから椅子に腰かける。
「コーヒー、淹れてよサン」
「同居人が淹れてくれたやつがあるよ、アイツは世界で一番コーヒーを淹れるのが上手いやつだ」
「へぇ、そうなんだじゃあご相伴にあずかります」
私が持ってきて置いていったマグカップにタナカが淹れてくれたコーヒーを注ぐ、保温機能抜群のタンブラーの中に入っていたおかげで淹れたてと同じくらい湯気が登っていた。
口をつけてほっと一息、タナカのコーヒーはやはり無類の味だ、私が淹れたってこうはならない。チラリと彼女の反応が気になって目線を向けると何だか彼女はしかめっ面だった。
「気に入らない?」
「どっちかというと気に食わない」
「なんで? 美味しいじゃん」
「サンの淹れるコーヒーの方が私は好きだな」
彼女はそう言ってコーヒーのマグを私の方に差し出した。もう飲まないという意思表示だろう、タナカに言ったらさぞ悔しがるだろうな……そう思うと少しスカッとした。
「で、話があるんでしょ私に」
「うん。そうだよ」
私は静かに頷いて、一呼吸入れてから彼女の目をジッと見つめた。
「君と会ったよ昨日、前の君と会ったんだ」
「そう」
彼女は私から目線を逸らしてバツの悪そうな顔でそっぽを向いた。
でも、逃げずに私は言葉を続ける。
「聞いたよ君達が旅をする理由」
「……」
「君達は死ぬために旅をしているんだろう?」
間髪入れずに言い切った後、彼女は再び私を見た。見たこともない程に冷たい瞳で、どうしようもない伽藍堂がこちらを睨めつけていた。
室内の体感温度が急激に下がっているの分かる、逆鱗を踏んだと思った。
「それで、どうしたいのサンは」
「どうしたいのって聞きたいのは僕だよ、ライカ」
それでも私は彼女に気圧されたりしない、身体の芯から凍っちまいそうになるくらい恐ろしいけれど、私はそれでも彼女の心に歩を進める。
そんな私を認めたのか、それとも引き下がらないと諦めたのか彼女は深く重たい溜息を吐いてから頭をかいた。
「あぁ、もう、しょうがないなぁ」
そんな一言を呟いて、気に食わないと罵ったコーヒーを口に運んで彼女は静かに語り出す。
「死ぬために旅を……しているんだろうね多分。何となく分かってる」
私は静かに耳を傾ける。
「でも、それは私達の目標であって私の目標じゃない。結果は同じでも過程は違うんだよサン」
「どういうこと」
「私は旅の終わりを探しているんだよ」
旅の終わりを探す、それがライカの目標であると聞いて私は胸を撫で下ろした。死ぬ事が目標だと言われたら私はきっと言葉に詰まったから。
「前にさ話したでしょ、生命体のルールの話。だからきっと私達がソコに辿り着いたら死ぬんだと思う」
ソコというのは目的地、つまり彼女が彼女達が生まれた星。
ソコで生まれたモノはソコの影響が及ぶ範囲でないと死ねない。
「でもそれだけじゃないの、死ぬ為だけに旅をしているんじゃない。その場所を知りたいの」
それが彼女が旅をする理由。
死ぬためだけじゃない、決して後ろ向きじゃない前向きな理由。
それが聞けて私は安堵した、本当に心の底から安堵したのだ。
「死にたいのは本当だけれど、でも生きてきた意味を見つけたいんだよ私は」
だから、それが彼女の理由。
彼女達では無い、彼女だけの理由なのだ。
「辿り着いてさ「こんなに美しかったのか!」とか「あぁ、こんなもんだったのか」とかさ、どっちに転ぶかは分からないんだけど」
だけど……それでも。
彼女は確かな意志を持って言葉を紡いだ。
「それでも旅の終わりには感想を言いたいじゃない。それが悪い旅でも良い旅でもね」
「……良かった」
「なにが?」
「君が死ぬ為だけに旅を知ってるって言ったらさ」
私はきっと理由は分からないが酷く傷ついたはずだ、ただ漠然と思った。
「変な人だねぇ、サンは」
「臆病なだけだよ」
臆病で卑怯なだけだ、私は彼女の首を絞めたり、高台から突き落とすなんて不快感を味わいたくなかっただけだ。
それを彼女が望んでいようとも、間接的に人を殺したなんて寝つきが悪くなりそうだ。
つまりこれも彼女の言う結果と過程の話、彼女が死ぬ手伝いという結果は覆す事が出来ないけれど、それでも過程に意味はあったと……彼女のためになっていたのだと言い聞かせたいだけ。
まぁでも、理由は1つじゃない。
だって、ほら? そうだろ?
「死ぬ為だけに旅をしているだなんて」
「ロマンがない?」
「そう、それ」
私が言うと彼女が笑う。
こうして素直に笑顔を向けあえる関係性のままでいれたことに私は深く安堵した。
・・・
その後彼女としばらく談笑してから私は家に帰り死んだように眠った。
眠りに眠って次の日の仕事を休み、私は何をするでもなく余暇を楽しむことにした。
「やぁ、死んだかと思ったよ」
タナカはいつものように嫌味混じりに呟いて昼過ぎに起きてきた私に寝起きのコーヒーを差し出した。
「少なくとも彼女の助けになれるまでは死ねないよ」
「君も中々どうして変な男だね」
「ライカにも言われたけどさ臆病なだよ」
コーヒーの味は寝起きでも就寝前でも変わらず美味しい、こういう普遍的なものを私は愛しているのだ心から。
感嘆の欠伸を零して、私は大きく身体を上に伸ばした。骨がボキボキと子気味のいい音を立てている、歳のせいか眠りすぎると逆に体調が悪くなってしまう。
「最近はらしくもなく考えごとばかりしてたから、こういう日は貴重だなぁ、心の洗濯だ」
「意外だね君は考えこむタイプだと思っていたが」
「人生をハッピーに生きるコツは考えない事だよタナカ」
重い考えに頭を支配されて生きているのは性にあわない、ソワソワするし何だか胸奥が常に重い。
生と死とか考えたくないんだ本当は、私はいつだって今日のご飯と知的好奇心のことだけ考えて生きていたい。
「お前はいつ死ぬんだタナカ」
「薮から棒だな」
「あぁ悪い、直接的すぎた他意はないよ」
焦げたトーストを齧りながら、私は口の中でモゴモゴと言葉を探す。聞きたいことがあるのに、それを表す言葉が分からない。自身の浅学さに恥じ入るばかりだ、だからライカの言葉を借りることにした。
「君の旅の終わりはいつなんだ?」
私が問いかけると、タナカはふっと息を零した。きっとライカの言い回しだと気がついたのだろう。
「終わり、終わりねぇ。考えたことも無かったよ私は」
「そうなのか」
「うん、私は前の彼女……つまりテレストリアを愛していたからね、だから彼女の行く先を見たかった。まぁ結局はなんて事ない死と喪失だったんだが」
コーヒーを嗜みながらサラッと重いことを吐き散らかす石野郎。私は口内のコーヒーが苦くなった気がして眉を曲げた。
「だからコレは蛇足みたいなものだ、私の旅は彼女の死と共に終わったと考えて構わないよ」
「おかしいだろそれ」
「おかしいとは何がだい?」
タナカは全知の石を名乗る癖に、こんな簡単なことも知らないようだ。
ライカだって知ってるし、私だって知っている、なんならそこら辺の石ころだって理解出来るはずだ。
「旅の終わりってのはさ家に帰ることだろ、だからまだタナカの旅は終わってないはずだ」
「……」
彼はマグカップを置いて顎に石と砂利で出来た指を添えて考え込む。
そうしてタップリと時間を使ったあとに口を開いた。
「そうか、そういう考えかたもあるのか」
「あっ、家に帰るってのは比喩だぞ比喩。まぁなんつーかさ、目的を遂げる事が旅の終わりというか何と言うか、まぁ上手く言語化出来ないんだけど」
「感覚としては理解できるよ」
「あぁそう、ならよかった」
だって、旅の終わりが死と喪失だけなんてのは寂しなんてもんじゃない。
だからタナカの旅もライカの旅も終わってないと信じたい、そうしなければあまりにも報われない。
「会っとけよテレストリアに、オルゴールの中に居るんだから」
「……気が重いなぁ」
「お前にもそんな感情があったんだな」
「あるさ、私はあの鯨共とは違うからね。今の私が彼女と会ってみろ何を言われるかなんて一瞬で想像できる」
そう言いながらもタナカは心做しかテンションが高かった。きっと本当は会いたいんじゃないだろうか、彼もテレストリアも面倒臭い性格だしな恐らく。
「じゃあさタナカ、君の旅の終わりはテレストリアに再開するってことにしたらどうだ」
「なんだよそれ、そんな事でいいのかい?」
「いいんだよそんなんでさ、旅の終わりなんて」
私は笑った。
「旅なんてのは結局の所、自分らしさを取り戻す為にあるんだって思うんだよ」
「自分らしさねぇ、私のような石ころにそんな感傷があればいいが」
「あるよ、きっと。だからお前は人型なんだろうタナカ」
異質で異形で、交われなくて仲間外れ。彼は彼の星の中以外では本当の意味で理解されないだろう。というか彼の星でも理解されなかったから追い出されたのか。
でも、それでも彼が人型を保って私と会話しているのは少しでも人を理解したいと、分かり合いたいと思っているからだろう。
「じゃあ、逆に聞くがサン。君の旅の終わりはいつなんだい?」
聞かれて私は思案した。
考えながら焦げたトーストの最後の一口を放り込んで、コーヒーを飲み干して立ち上がった。
折角の休日だ家に籠るのも勿体ない、あの未知が溢れる雑貨に繰り出すのもいいだろう。
「サン?」
問いかけるタナカに私は静かに呟いた。
「まだ旅は始まってないんだよ」
だから旅の終わりなんて分からない。
きっと私が旅に出るのはライカが居なくなった、その後だろう。
私もまた彼や彼女と同じく旅の終わりを探している。
Like a(ライカ) 檜木 海月 @karin22
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