第13話 旅の理由

「それで、テレストリア」

「なにかしら」

「君は……何?」


私の問いかけに彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。一挙手一投足がライカとは似ても似つかないのに顔が、声が、表情がライカと酷似している現実に頭が少し混乱する。


「何って……死人?」


そう呟いたあと彼女は「いやでも肉体は死んでないしなぁ、死人と言うのも違うか?」とブツブツと呟いて自信なさげに訂正する。


「残留思念……的な、何か?」

「えぇ……なにそれ」

「いやまぁ、私としてもえぇって感じなんだけどね。まぁ幽霊とでも思って」

「凄く変な気分だ」


同一人物だけあって顔立ちなどはまんまライカなのに彼女を構成するその全てが違う、自らを幽霊を名乗る彼女。

視界の端がチカチカ光る混乱具合だ、安酒に逃げるが吉。

彼女の手からウイスキーを奪い取って一息に飲み干した。


「おぉ、いい飲みっぷり。私も飲みたくなっちゃう」

「飲めるの?」

「私の燃料はアルコールよ」

「そりゃあなんとも豪奢な事だ」

「そうでしょう」


ムフーっと自慢げに息を吐いてしたり顔、ライカではお目にかかれない表情であった。


「ま、飲めないんだけど」

「でも君はグラスを触ってたろ? 飲めるんじゃないか?」

「さぁそこら辺は知らない。でも飲めないってことだけは分かってる、目の前にお酒があるのに悲しい事だわ」


つまらなさげに呟いて彼女は空を旋回した。

どうやら幽霊だというのはあながち嘘では無いらしい、物理法則など関係がないと言わんばかりの笑顔で宙を踊る彼女を肴に酒を呷った。


「それで、これを持ってるってことは貴方、あの倉庫に入ったのね」

「実に混沌としていたね」

「そうでしょうね、何度人格が変わっても性格が変わっても、ズボラな所はオリジナルから変化していないようだから」


まぁたしかに、あの惨状は彼女一人で作り上げるのは実に苦労するだろうな。


「聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいことしかないでしょ?」

「ま、それはそうだけど」


ライカと同じ顔で同じ声音で意地悪なセリフを吐く彼女に私はペースを掴み損ねる。知っているのに知らない、知らないのに知っている、矛盾を孕んだ未知である。


「この前開いた時は君は出てこなかったろ、それはなんで?」

「出ていく意味が無かったからよ、私が出ていっても今の彼女……名前はなんだっけ」

「ライカ」

「ライカには私が見えない、言葉も届かない。イタズラに貴方を混乱させるだけでしょう」


今の一瞬を見ても分かる、認識できないし記憶できない。

前の自分を意図的に脳が拒んでいるのだろう、それは精神や脳の崩壊に繋がるからだろうか? 人は見たいものしか見ないという哲学的な話を思い出した。


「それにつまらないもの……今の私の顔なんて見たくもないし、今の私の話なんて聞きたくもない」


憎たらしいと言わんばかりの表情で彼女は吐き捨てるように呟いた。


「それじゃあなんで出てきたんだ?」

「終わらせるためよ」

「……死ぬってことか」

「その様子じゃ今の私も気がついているのね、まぁ気がつくか」


悲しげな顔をした、とてもとても悲しそうな顔をした。

山の天気みたいに彼女の表情はコロコロと変わる、テレストリアもライカもそこは変わらないらしい。


「私達は何度も自分を壊して、その度に作り直して、そうして1つの場所を目指している。死ぬために、この馬鹿げた旅を終わらせるために」


私の前に降り立った彼女はそう呟いた、酷く機械めいた感情のない声で。


「生命体にはルールがある、私達は生まれた星のその枠組みの中でしか死ぬ事ができない。だから私は……私達は旅立った星を探している。今度こそ、死ぬために」


覚悟こそしていたが絶句した。

彼女のあの一言は弱気なって生まれた戯言だと信じたかった。

死ぬために生きるなんて、終わるために旅をするなんてそんなのあんまりにも……


「残酷よね、本当に残酷で趣味の悪い。一体全体最初の私は何を思ってこんな旅に出たのかしら? 絶対に叶わないけれど、会うことが出来たら殺してやる」


その後も彼女の恨み言は繋いだ、とてもじゃないが私以外の誰にも聞かせられないような口汚い罵詈雑言だった。


「それにしたってよく似ているわ」

「誰が誰に?」

「貴方がよ。嫌になるわね、男の趣味まで似てるだなんて。まぁそれもそうか言っても同じ人間だしね」


彼女はそう言って笑う。


「私達は必ずどこかの星でパートナーになる誰かを見つける。男だったり女だったり、機械だったり、石ころだったり。そういう星の下にいるのよ」


石ころ……その言葉に引っかかった。


「思い当たる節がある顔ね」

「石ころに」

「よりにもよってかぁ!」


彼女は叫んで頭に掌を当てた。


「アイツ、馬鹿正直に船に乗り続けてたんだ」


吐き捨てるように、されど言葉の節々には嬉しさのようなものが詰まっていた。


「タナカのことですよね」

「タナカァ? 誰それ、知らないわ。名前はリュールよ、嫌味ったらしく喋る石ころ」

「間違いなくタナカだ」

「何アイツ、タナカって名乗ってんの? 笑える」


彼の共通認識は嫌味ったらしく喋る石ころで間違いないようだ。


「今はどこにいるの? アイツは」

「俺の家か、さもなくばどこかをフラフラとしていると思うよ」

「そっか、アイツに似てるって事は貴方もアイツと喋れるのね」


最悪なことに喋れるから居座られている。


「そう……そうなんだ、変わらないようで安心した」

「……アイツもきっと会いたいと思うよ」

「どうかしら、私は所詮死んだ身の上だから。アイツにあったらまた嫌味ったらしく何か言われるわ、会いたくない」


顔を赤くして照れ隠しのように彼女は口をへの字に曲げて呟いた。


「それに、私は終わった物語だから。もうアイツとは会うべきじゃないし、会いたくても会えない」

「どうして?」

「私はいつでも出てこれる訳じゃないの、条件が色々とあるし、それをクリアしても出てこれるのは数回よ」

「そこまでして、何を伝えようと?」

「決まってるでしょ、私達が死ぬ方法について」


彼女はそう言って私の瞳を覗き込んだ。


「いい、あの倉庫をくまなく探して。奥の奥、ずっと奥まで行った先にきっと何かがある」


確かにあの倉庫は先が見えない。整理したと行ってもまだ全体の10パーセント程しか進んでいないだろう。


「最初の私が残した手がかりはきっとそこにある。今の私が見えない物が前の私達のメッセージよ」


やけに確信めいた顔をして彼女が言う。


「確証は?」

「慎重なのね。勿論あるわよ」


彼女はオルゴールを指さした。


「私が次の私とそのパートナーに託したように、前の私もその前の私も、脈々と次の私に手がかりを残している。きっと多分、最初の私も」

「……あまり言いたくはないけれど」


もしかすると、もしかするとだ。

最初の彼女は帰りたくなんて無かったのかもしれない、ありがちな展開だ。

永遠の命なんてものに安易に手を出した可能性だってある。

つぶやきに、彼女はただ淡々と当たり前みたいな顔で解答を出した。


「家に帰りたくない人間なんて、居ないわよ」

「そう……かもね」

「きっと旅に出て直ぐに後悔したはずよ」


寂しそうに微笑んで、彼女はそっぽを向いた。


「孤独は辛いもの、こんな満点の星空の実にちっぽけなその一粒なんて……悲しくって涙も出ないわ」


・・・


あれから少しばかり彼女と話をして、彼女は急に消えてしまった。気がついたらオルゴールは充電切れだった。

ライカに充電をしてもらわないと行けない、そう思いながら床に就く。

彼女の話ではいっかいこっきりでは無いみたいだし、また何度か試せばそのうちの1回くらいは出てきてくれるだろ。


『彼女が見つけられないものを倉庫から探し出せ』


なんと無茶を言うのか、ライカの倉庫は広く深く暗い。まるで深海のようなものだ、私達が色々と探している部分はまだ浅瀬であり、その奥には息もするのも億劫になるくらいの深い闇が広がっている。

だが、まぁ、初めからやることは変わりはない。

いずれにしても彼女の倉庫の中でくまなく手がかりを探すつもりではあったのだ、それに道標が出来たと思えばいい。

そんなことを思いながら車の中で床に就き、酒が抜けた頃に山をおりて街に戻った。


家に帰ると玄関の先から珈琲の暖かい香りが漂っていた。


「よく分かったな」

「なに、このくらいに帰ってくるだろうと推測をしただけだよ。それで、自分は見つかったかい?」

「自分探しするような年齢かよ」

「てっきり自分を見失っているのかと思ったよ」

「車の後部座席に落っこちてたよ、固くなったビスケットと一緒にね」


彼の差し出したコーヒーに口を付けると、本当の意味で自宅に帰ってきたのだと安堵した。

そして、テレストリアの言葉を思い出す『自分の家に帰りたくない人間なんていない』と。


「何か言いにくいことでもあるのかね」

「そんなに分かりやすいか、俺って」

「この話は前にもしたさ。それで、何があった」

「……テレストリアに会った」


その瞬間、人の形をしていた無数の石ころが凄い音を立てて地面に落ちた。

宙を漂うのはただ一つの石ころのみで、震えたようにその石は音を出した。


「どういうことだ……?」


私はバックパックの中からオルゴールを取り出して、彼の方に差し出した。

彼は緩慢な動きで石ころを集めて身体を構築してから、恐る恐ると言ったふうにオルゴールを手に取って笑い声を上げた。


「はははははっ! そうか、そういうことか。彼女も上手くやったものだ」

「説明不要で助かるよ」


どうやって彼女がオルゴールに意識を移したのかとか、そこらへんの大いなる未知は私の預かり知らぬところだから。


「彼女はなんて?」

「お前に会ったら嫌味を言われると言ってたよ。自分は終わった物語だからって」

「あぁ……そうか、まぁそう言うだろうね彼女ならば」

「ライカの船の倉庫をくまなく探せと言われた、彼女が認識できない物が前の彼女達からのメッセージだと」


タナカはしばらく押し黙ると空になったマグカップにおかわりのコーヒーを入れてくれた。


「知ったのか、彼女達の目的を」

「……あぁ、でもライカから聞いたわけじゃない」

「確認なんてしなくていいよ、それは君を傷つける」

「それでもさ、聞かなきゃだろ。今の彼女の本心は過去の彼女達とは違うかもしれない」

「そうか、それならば止めはしないさ」


私は静かに椅子から立ち上がり、再び車の鍵を手に取った。


「行くのかい?」

「うん、行くよ。忘れないうちに」


私は1度だけ振り返り彼を呼んだ。


「お前も来るか? リュール」

「勘弁してくれ、タナカでいいよ」


彼はそう言って笑うとタンブラーにコーヒーを詰めて手渡した。


「もし次、テレストリアに会えたら伝えておいてくれ」

「……いいけど、何を?」

「約束を果たしてくれてありがとうと」


私は玄関の扉を開けながら静かに呟いた。


「自分で伝えろよ、そんなこと」


ドアの向こうからは静かな笑い声だけが響いていた。

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