後編
ハロウィン当日。
午後八時。部屋に籠っていると、美菜が来た。
あれから三日間。会ってもろくに顔を合わさず、話さずの彼女がやってきたのだ。
「なんて恰好しているのよ」
ドアを開けて、彼女を招き入れてしまった私も悪い。でも部屋のドアの前で彼女をそのまま放置しておくなんてありえなかった。
「ね、猫娘だにゃん♪」
黒猫のコスプレをしていた。猫耳ヘアバンドと尻尾をつけて、レースのワンピースを着ているのだった。とりわけ四肢部分の透過性が高い。かなり。丈も短い。とっても。そして生足が艶めかしく、全体として端的に言ってセクシーだった。
「痴女じゃん」
「ええっ!? いちおう低露出なのを選びましたよ! ローライズやオフショルは冷えるかなって。ほら、尻尾だってスカートについていますよ」
スカートにつけなかったどこにつけるのだろう。いや、考えたらダメだ。
「あと網タイツにでもしようかなって思ったんですけれど、やめておきました」
「あんた……」
どういうつもりよ、と私が言うのを彼女が手のひらを前に出してきて制した。
「ミナなりに、整理してきました。頭の中。先輩に話します。だから、入れてください。いいと言うまで帰りませんから、へっ、へっーくしゅんっ!」
「わかった。あがりなさい」
「ど、どうも」
紅茶を淹れるから待っていなさいと美菜に言う。
淹れるといっても、常備しているスティックタイプのだ。お湯に混ざればできあがる。実質、お湯を沸かすだけの作業。その時間をつかって私は冷静になろうとした。
美菜はなんて言った? 彼女なりに整理してきたらしい。そして話すと。何を?
どうしてあんな恰好なんだ。ハロウィンだから? ハロウィンは仮装大会ではない。ああいう、扇情的な服装は苦手だ。美菜に着て欲しくなかった、とまでは言えない。どきりとしてしまった自分を認めてしまう。
それに私はまだ美菜が好きなんだから。この三日間で、いっそうそれを意識してしまっているのだから。
「はい、どうぞ」
「あざーっす!」
「それ、笑えばいいの?」
「ご、誤解です。緊張しちゃって。えへへ」
私もだ。そう言う代わりに紅茶を啜る。熱いな。一気に飲めはしない。
「で、では話しますね」
「うん」
「結論が後になっても、最後まで聞いてくれますか? いいえ、聞いてください」
「わかった。そうする」
「えらく殊勝ですね。なんか変なもの食べたんですか?」
「…………」
「む、無言の圧はやめてくださいっ。すーはーっ、すーっ、はぁー。よしっと」
上下する彼女の胸元に目がいった自分が憎かった。なによ、なんでこういうのも似合っちゃうのよ。なんなのよ。気を紛らわすために、もう一口飲む私。
「ミナは秋穂先輩を愛しています」
「ぶふぉっ!?」
「きゃあっ! せ、先輩!? た、大変! 拭くもの、え、あ、ちがう、あの、火傷していないですか、舌! 舌を見せてください、あっかんべーです! 先輩!」
「しないわよ!」
一分かけて、その場を仕切り直す。やばい、心臓、やばい。
「結論から言っちゃいましたね」
言っちゃいましたねじゃないわよ。顔真っ赤じゃない。
「あのさ、南野」
「待ってください。信じられないって顔していますね、先輩。そうでしょうね、正直言うと、ミナだって驚いています。けれど、今はもうミナ自身が信じているんです。ミナが、先輩のことを好きだって。何回だって言えますよ。他の人とは違う、特別だって。それについて、話すので聞いてください。お願いしますっ!」
今度は私が気圧されて、肯いた。
「ミナもいつからか、先輩の隣にいるとドキドキしちゃっていたんです。びっくりしました。ミナの初恋って、小学四年生のときなんです。バスケットボールクラブに入っていた男の子で……あ、この話いらないですかね。そうですよね」
整理は済んでいるのではないのか。私は口を出さずにいた。舌がひりひりする。
「そのときと似ているなぁって。びっくりでした。あ、これ言いましたね。そんなこんなで、ミナとしては確かめたかったんですよ。ほんとに自分が秋穂先輩に恋しているのか、そして先輩はミナのこと、そういう意味で好きになってくれるのかなって。とはいえ、その方法が思い浮かばなくて。だって、たとえば先輩の好きなところ100個挙げたって、それで友情と恋愛が区別できるかって話ですよ。恋の証明ってそんなのでOKなんですかね。とりあえず40個ほど挙げてみて、この方法じゃないなぁって思ってやめたんですけどね」
私は引き続き口を閉ざしていた。両手で自分の顔を隠してしまいたかった。
「結局、いっしょにいるしかないよなぁって。好きでいるのも、好きになってもらうにも。そしてかぼちゃの話を聞いたときに閃いたんです。ぴかーんって。嘘です。そこまではっきりとしたアイデアではなかったです。えっと、先輩はかぼちゃが苦手なんですよね?」
「そうよ」
声を絞り出して答えた。ぶっきらぼうに。
「苦手なかぼちゃを好きになってもらえたら、受け入れてくれたなら。もしそれがミナにできたら、ミナのことも先輩は好きになってくれるかなって。女の子同士でも、ありって思わせられるかなって」
唖然とする私に美菜は続ける。もう止まらない。
「わかっていますよ。全然ロジカルじゃないって。けど、恋愛ってそういうもんじゃないですか。ちがいます? ミナとしては、苦手って言いつつもちゃんと全部食べてくれる先輩が、不服そうでも部屋にあげてくれる先輩が、その優しさが好きで好きで好きなんです。いえっ、優しいだけだったら他の人でもいいんでしょうけど、それだけじゃなくて。その顔も、猫を愛でる先輩も、講義中にうとうとする先輩も、実はお腹まわりを気にしている先輩も、なぜかマニキュアを頑なに拒む先輩も、かぼちゃのことを一貫して苦手とは言うけど嫌いとは言わない先輩も。……先輩じゃなきゃダメなんです。今朝、それがようやく揺るがない気持ちになったんです。顔真っ赤の先輩に帰ってとお願いされて、それで三日間全然話せなくて、ぷいっとされて顔を合わせてもくれなくて。でも朝起きて、先輩がいないとダメだって、ぜったい嫌だって、そう感じたんです。泣いちゃったんです。乙女の涙の責任とってくださいよ!」
美菜がわぁっと泣きはじめた。小さい子供みたいに。泣きじゃくった。
私は彼女の隣に座り直した。その肩を振るえる手で抱き寄せた。
泣き止むのを待った。泣き止んだら、そうしたら何を言うか、どう彼女の愛に応えるか悩んだ。
「秋穂先輩……。先輩は、ミナのことをどう思っているんですか。聞かせてほしいです。ありのままに」
先手を打たれてしまった。時間はあったのに、彼女から問われてしまった。
「好きよ」
「ほんとに?」
「愛している」
羞恥心が一周して私から素直な言葉を引き出す。想いを吐きだす。
美菜をぎゅっと抱きしめた。あのときできなかった分、強く。座ったままで、できる限り、彼女の体温を感じられるように。
「も、もう一声」
「……何を聞きたいの」
「名前で呼んでください。呼んでほしいんです。これからずっと。ダメ、ですか?」
「好きよ――――美菜。大好き」
私の腕の中で、えへへと笑む美菜。夢みたいな光景。魔法にかけられたみたい。
「あ、あのぉ」
「なによ」
「さっき先輩、舌を火傷しちゃいませんでした?」
「大したことないって。まだちょっとひりひりするだけ」
「確かめていいですか?」
「え?」
「だ、だからっ! ミナが舌で確かめていいですかね!」
私は彼女のその言葉の意味を理解するのに数秒かかった。理解した途端、顔がいっそう火照った。え、いきなり舌入れるの?
「……じゃあ、お願いしていい?」
「は、はひっ」
そう言うと、彼女が目を閉じ、可愛い唇を突きだした。
私からするのか。そうなのか。ええい、ままよ!
「んっ……。んっ?!」
彼女がキスしたまま、私の腕をほどき、そして私は彼女に押し倒される。
思わず目を開けると、彼女も目を開けている。とろけた表情の彼女が私に覆いかぶさるようにしている。
ゆっくりと彼女はその唇を今度は私の左耳に近づけた。そして囁く。
「こ、今夜は寝かせにゃい、にゃん……♪」
シンデレラを乗せたかぼちゃの馬車が引くぐらいのスピードで、美菜は私との距離を詰めようとしている。私との関係を深めようとしている。私を欲している。
かぼちゃの煮付けって、甘くてねっとりしているから苦手だったんだけれど。
私は美菜と愛を確かめながら、ふとそんなことを思うのだった。
百合色に染まるテーブルクイーン よなが @yonaga221001
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