フラミンゴ倶楽部

野生いくみ

フラミンゴ俱楽部


 つぐみは錆びついたロッカーから教科書やノートを出し、教室へ向かった。薄汚れた廊下は雑然として、どういうわけか古びた自転車が置いてある。入学したてのつぐみでも、それが何年もそこにあると想像できた。伝統はあるが華やかさとは無縁の地味な大学だ。学費が安い分、オシャレなキャンパスライフを望んではいけないと自分に言い聞かせ一カ月が過ぎた。

 ドアを開けるとにぎやかな笑い声が漏れてきた。

「フラミンゴクラブ」

「フラミンゴクラブ!」

「何、そのネーミングセンス」

 その場にいた数人のクラスメイトたちがゲラゲラと笑っていた。似た名前の芸人がいるのでその類いだろうかと、つぐみは首をかしげた。

「つぐみ、聞いて。おっかしいの。あのね……」

 入学式で意気投合して仲良くなった友香が、ゆるく巻いた髪を揺らして振り返った。

「友香ちゃん、ストップ」

 ラグビー部でガタイのいい和樹が、陽気にそれを制した。そして、つぐみを見つめ尋ねた。

「つぐみちゃんは一人暮らし?」

「うん。それが何か?」

 はぐらかされている気がしてムッとする。

「部屋の広さは?」

「六畳、1Kだけど」

 そこにいるメンバーから、残念そうなため息が口々に漏れた。

「惜しい」

「1Kってとこは良かったんだけど」

「残念だけど、入会資格はないな」

 訳もわからないまま勝手に進む話に、つぐみは腹を立てた。

「さっきから何なの? 変な質問ばかり。挙句に『資格はない』ですって?」

 目を吊り上げたつぐみを、「まあまあ」と友香はなだめた。

「ごめんね。フラミンゴクラブっていうのは……」

 グループのお守り役の隆が申し訳なさそうに答えるのを、和樹が止めた。

「簡単に教えたら面白味が減るだろう?」

 そう言って、楽しい遊びを思いついた子どものように口を開いた。

「クイズ。フラミンゴクラブとはなーんだ?」

 和樹の能天気さは、つぐみを更にいらだたせた。隆は慌ててつぐみをなだめ、ヒントを出そうと提案した。

「まずは、さっきの和樹の質問がヒントだよ」

「フラミンゴと何か関係あるの?」

 つぐみの冷ややかな視線に、隆は苦笑いした。

「じゃあ、誰が当てはまるか言うね。まず入会資格があるのは、和樹と僕と……、あ、来た。彼で、三人」

 隆はドアを開けて入ってきた学生を指さした。首をかしげ、つぐみは和樹の質問のひとつめを思い出して答えた。

「一人暮らし?」

「そう。下宿してる」

「それなら私だってそうよ」

 いまこの場にいる女子は友香を含めみんな自宅通学で、つぐみだけが地方出身だった。納得いかないまま、和樹のふたつめの質問を思い出した。

「部屋の広さ? 私の部屋が六畳だから入会できないんでしょ?」

 和樹が鼻息荒くしてうなずき、隆は苦笑いを浮かべてそれをいさめた。

「つぐみちゃんは女の子だから、和樹とは前提が違うよ」

「まあな」

「男とか女とか、何の関係があるの?」

 眉をひそめて、つぐみは二人をにらんだ。すると和樹がきょとんとして答えた。

「女の子は服とか靴とか化粧品とか要るだろう? 洗面所、トイレ、風呂共同ってわけにもいかないし、部屋も少々広くないと」

 育ちの良い友香は、そんな世界があるのかと言いたげに目を丸くした。和樹の言うとおりだけれど、性別のせいにされるのは納得いかなかった。

「でも、みんなのところだって六畳でしょう?」

 どうして自分には資格がないのかと、理不尽さに頬をふくらませた。すると、和樹と隆は顔を見合わせ、仏像のように達観した顔で声を合わせた。

「四畳半」

 テレビのバラエティーでしかお目にかからないものが実在した驚きで、つぐみは呆然とした。

「嘘……。今時どこにそんなものが存在するの」

「大学のすぐ裏。築三十五年、安いよ!」

 和樹は誇らしげに答え、それに続いて隆が言った。

「僕たち同じアパートでね。いくら学費が安くても、節約して損はない」

 六畳でも狭いのに、上を行く彼らに言葉にならない敗北感を感じながら、まだ解けていない謎を突きつけた。

「それのどこがフラミンゴと結びつくの?」

 その場にいたメンバーがみな口元をゆるめ、既に笑い始めている者も出た。隆が笑いをこらえ、つぐみに聞いた。

「フラミンゴはどんなふうに立ってる?」

「え? 片足で立ってるわ。それが何か?」

 当然すぎる答えに、隆が苦しそうに身をかがめた。

「今度、和樹の家に、ラグビー部の子たちが遊びに来たいって。でも、部屋が狭すぎて、ぎゅうぎゅうで座れなくて、みんな片足で立たなきゃいけない。……フラミンゴみたいに」

 つぐみは想像した。

 四畳半の部屋で、ぎゅうぎゅう詰めになり片足で立つ、ガタイのいいフラミンゴたち。

 おなかの底から笑いが込み上げた。

 和樹が大きく両腕を開き、言った。

「だから『フラミンゴ倶楽部』。四畳半居住者のみ、入会受付中」

 それくらい狭い部屋の住人しか資格がないのだと納得して、つぐみは目元を拭い言った。

「私、頼まれても入らない」

 全員が、教授が来たのも気づかず、息も絶え絶えで笑い続けた。



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