第8話

 あれからすぐに馬車を手配し、サターリアもといヴァインからの逃走、及びに神の情報を得るために例の伯爵領へと向かった。


「当面の目的は情報収集と拠点調達だが、何か意見はあるか?」


「否、我もそれで問題ないと思うぞ。その道すがら、支配領域テリトリーを増やしていけばよい」


「まあ、それは勝手にやっておいてくれ」


「馬鹿!!お主も協力せんか!!!この恩知らずが!!」


「おい、あまり馬車で騒ぐな。もし備品が壊れたらどうしてくれるつもりだ。追加料金を払いたいのか?」


 行者が睨んでくるので、暴れるベルモンの口を抑えて、膝に乗せる。


「ほら、行者の方が私よりもよっぽど欲深いように見えるぞ。お前もあれの方がいいんじゃないか?」


「ぷは。確かに良い邪慾を持つ人形じゃの。ああいうのはちょいと唆せば簡単に操れる手頃な駒じゃ。どれ、ほんの少し


 彼女は私の膝から躍り出ると、行者になにか耳打ちした。


「はひ!!金貨らぁ!いっぱいめのまぇ!!うひぃ!」


 突如、行者は発狂し、馬を手繰る綱もめちゃくちゃになり始めた。


「ほら、はずじゃあ。我の魔力が極端に弱くなったわけじゃあなかった。とすれば、原因はやはりお主の方かぁ。なんじゃろうなぁ、ヴァインのせいなのか、元々の資質なのか、うーむ」


「おい!考察は後にしろ!!早く行者を元に戻せ!!!このままだと事故になるぞ!!!」


「いちいち大袈裟な奴じゃのぉ」


 彼女が指を鳴らすと、馬車の揺れが次第に収まっていった。


「あれぇ、金貨はぁ?」


「ほれ、ここじゃ」


「わぁ、金貨だぁ!」


「これでカール伯爵領まで休み無しで頼むぞ」


 カール伯爵。ここ数年で名を挙げた辺境の貴族。数年前に教会という施設を設立して孤児を保護したり、市民に対して学び舎を開いたりするなど、前例のない功績を顕した。なんとも臭う物件とは思わないか?


「はいぃ!!」


 ベルモンと行者の奇妙なやり取りを黙って見ていた。別に止めてもよかったのだが、このまま放っておいた方が得に繋がりそうだったからだ。


「以前も騙していたのか?」


 彼女が行者に渡したのはだ。金貨なんて代物じゃない。


「何を言うか。立派な等価交換じゃよ。奴に至福を与える代わりに我は力を得る。まあ、たかが一人では得られる力なんて小粒程度じゃがな」


「それでは、あの行者はその辺に転がる石ころを一生金貨だと思うわけか」


「どうした、心でも傷んだか?お主が言い出したことじゃからな。まあ。そう気にするでない。我らには関係ないことじゃ」


「いや、思いの外、何も感じない」


 そもそも、私に良心なんてものがあったのか定かではない。ベルモンは私を特別な者のようにいうが、私も彼と同じ人形に過ぎないのかもしれないな。


「感情が抑制されておるのかもしれん。おそらく、ヴァインの仕業じゃ」


「そうか」


 その話はなんとなく終わらせたかった。何か、自覚してはいけないものがあるような気がしたからではないと思いたい。


 おおよそ、三日ほどで目的の伯爵領へと辿り着いた。三日三晩、休みなしで馬車を操っていた行者はひどく衰弱しており、今にも倒れそうになっている。


「ほれ、追加の金貨じゃ」


 ベルモンは彼に石を放り投げるが、もはやそれすら受け取る気力もないようだ。


「さて」


「うむ」


「.....なぜ、私の首に跨る?」


「む? 何か不都合があるのか?」


「自分の足で歩け」


 私は彼女の脚を掴んで、地面へと振り下ろす。まったく、幼児でもあるまいに。邪神としての自尊心はないのか。


「ぶげっ!」


 彼女が地面とご対面している間に、私も馬車から降りる。その際、行者の懐に一枚の銀貨を忍ばせておいた。もともと支払うつもりだった運賃だ。で誤魔化すつもりは毛頭ない。


のつもりか?」


「いや、そんなではない」


「おい!何を独りごちておる!!我の顔を見ろ!!泥だらけじゃ!!!謝れ!!!謝らんと泣くぞ!!!」


「ん? あぁ、それはすまなかった。これでいいな。さっさと行くぞ」


「きぃぃー!!こうなったら意地でもお主の肩に乗ってやるぞ!!!」


「もう好きにしろ」


 頭の上で喚く彼女を他所に、私は領内への入口を探す。


「あそこか」


 簡素ではあるが頑強な関所、ここの伯爵は倹約家だと聞いたが防衛については抜かりないようだ。たとえ、王国軍が攻めてきたとしても一筋縄ではいかないだろう。


「エルデンド・ロイナードだ。カール伯爵の功績に感銘を受け、ぜひお話を伺いと思い、御領地へと参った所存である」


 家紋を施した首飾りを見せる。これは賭けだ。私がロイナード家から勘当されてから五日。公式に発表されたとしてもそれほど日は経っていない。王都に住居を持つ貴族ならまだしも己の領地に籠っている貴族であればまだその情報が伝わっていない可能性がある。


「私たちは何も聞いておりませんが?」


 兵士たちは首を傾げる。よし、この様子ならば望みはある。


「何分、家の方がうるさくてな。突飛な来訪となった。すまないが、伯爵の方へと取り次いでくれないか?」


「かしこまりました。伯爵様にお伺い致します。こちらにお部屋が御座いますので、少々お待ちを」


 客室へと通され、伯爵の動向を待つこととなった。今のところ、私の企みは難なく押し通せている。このまま、上手くいけばいいのだが。ベルモンも今は我慢しているが、いつ爆発してもおかしくない。この場所は彼女にとって不利な場所である可能性が高いからな。......そういえば、彼女は今も私が肩車してい......ない。何処へ行った!まさか、金目の物を求めてフラフラと─


じゃ、痴れ者。馬車の行者程度ならともかく、神がいる場所にノコノコと姿を晒すほど我も阿呆ではないわ》


 首飾りの宝石から彼女の声が聞こえる。なるほど、そういう芸当もできるのか。邪神とは便利なものだな。


《そんなことよりも本当に此処で間違いないのか?神がいるにしては


「まあ、それを確かめに来たようなものだ。この国で神といえば、真っ先にこの伯爵の名が挙がる。教会の保護、孤児院の設立、そして多くの慈善事業。領民からは聖人伯爵と慕われ、王もまた彼の功績を讃えている」


《キナ臭いのぉ......》


「そう言うな。もし、だったとしても、こちらにとってなんらだろう?」


《む、それはそうだが。まさか、それを見越して此処へ来たのか?》


「そう急くな。答え合わせはゆっくりとしていけばいいじゃないか」


 私は無駄に薄い茶を嗜みながら、数刻はかかるであろう伯爵の返事を待った。




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