第6話

「うむむ、それは我の飯だといっておるだろうが!?」


 布団に包まっていたベルモンが素っ頓狂な声を上げて飛び起きる。


「随分と騒がしいお目覚めだな。悪い夢でも見たか?」


「お主はエルデンドか。して、ここは?」


「ドーフ領付近の宿だ。王都からドーフ領の境目にある。とりあえず、1ヶ月ほど部屋を取っておいた。金の心配は無用だ。既に払ってある」


「まさか、お主売ったのか?......?」


「ああ。服はさすがに売れないし、それくらいしか金になる物がなかったからな。ここの亭主がその類の好き者だったことが幸いした。おかけで1ヶ月の宿泊だけでなく、銀貨も数枚ほど手に入れることができた」


「馬鹿者!あれが純銀製ならば、彼奴にじゃったのだぞ!?」


「落ち着け。今の私たちには情報の齟齬がある。まずは貴様たち、邪神の存在について一から説明してくれ」


 剥いていた林檎の一片を彼女の口元にやると、鯉のようにパクリとかぶりついた。


「むぐむぐ、いいだろう。その果実に報いて、我が直々に話してやる」


 ふむ、林檎は彼女のお気に召したか。これから不機嫌なときは餌付けして宥めてやろう。


「まず、なぜ我々が邪神と呼ばれるのか。それはおそらく我らがある一定の地域を支配しておったからじゃろうな」


「つまり、邪神とはその支配していた者の呼称ということか?」


「うむ。全盛期はこの大陸の一割ほどが我の支配下、他の者も合わせれば七割はくだらなかったと記憶しておる」


「それが事実ならとんでもないことだな」


 現在、世界最大規模の勢力を誇るこのエクス王国の領土は大陸の三割程度だ。そのように考えると、七割とは実質この世界を支配していることに等しい。


「混沌に満ちた良い時代じゃった。人は己の本能に従い、本来あるべき姿を晒け出して生きておった。奴らは邪というが、どちらかと言えばこちらの方が正しい人間の姿だろうに」


「奴らというのは?」


「雲居の国に住んでいた者たち。まあ、いわゆるお主らが信仰する神じゃな」


「神。ああ、聞いたことがあるぞ。確か、西のとある伯爵がそれについて関係しているというような話をしたことがある」


「むむむ、奴らも時の流れには勝てぬということか? なんにせよ、当時人間たちは奴らを神として崇めておったのじゃ」


「それに、雲居の国とは何処にあった国だ?この大陸か?それとも他の?」


「まあ、じゃな。今のお主には信じられぬことではあろうが、この窓からでも見えるあの雲の上に国を築いて住んでおる。話を聞く限り、異界で神の座を追われた憐れな奴らじゃ。おそらく、追放された後に世界ここを見つけて移り住んだんじゃろ」


「は?」


「ちなみに邪神我らはある者を除けば、全員異界から追われた魔王なのじゃ。それぞれ違う世界のな。我は適当に流れ着いたのだが、他の奴らはこの世界が魅力的だという理由で移ってきたらしい」


「は???」


「その理由がまさしく今のお主の態度じゃ。お主、今もなお神の存在に懐疑的であろう?いや、知らなかったと言っても過言ではない。その態度こそ、我らにとって都合が良い」


「つまり、どういうことだ?」


「この世界の人間は信仰心がない、というか。お主だって感じておるはずだ。この世界に情けなどない。全ては張り巡らされた思惑の中で機械的に相互利益を求める関係しか築くことができぬ、と」


「ッ!」


 私の心を見透かしたような発言に面食らう。私が感じていたことは間違っていなかったのか。


「やはり現世でも変わらぬようじゃな。その方が我らにとって都合がよかったのじゃ。この世界の人間の頭の中にあるものは利とそれに対する感情だけ。愛だの恋だの、仲間だの信頼だの、そんなものは一切なかった」


 その様子を語る彼女の姿は少し訝しげだった。邪神である彼女にとってそれは喜ばしいことではないのか? それとも、何か不都合があったのだろうか?


「そして我らはある結論に辿り着いた。ここはなのじゃと」


?」


「お主にとっては、もしかしたらやも知れぬな」


?」


「...とにかく、我はこの世界を『大罪の箱庭ペシ・テアトル』、その住人を『咎人形ギニョール』と名付けた」


「聞き慣れぬ言葉だ。異国語、いやか?」


「お主は飲み込みが早くて助かる。大抵の者は信じず、まともに取り合おうともせんというのに。一歩間違えれば敵になっていたと思うと背筋が凍るのじゃ」


「まだ味方になるとも言ってはいないが。まあ、助けられた義理は果たすつもりだ」


「そして、お主には今のような情がある。また、理性を備えている反面、晒け出したい欲望もある。実に


「それはそうだろう。私は人間なのだから」


「はっきりいってこの世界に居る多くの人間のようなモノは。我が知る人間とは貴様のような者のこと。だから、我はこの世界の人間をと名付けたのじゃ」


「......想像以上に情報が多いな。少し休憩させてくれ、頭の中を整理したい。貴様も話し疲れただろう、この林檎で喉を潤せ」


 私が再び林檎を差し出すと、また勢いよく食いついた。


「むぐ、確かに一気に話したところでお主も覚えきれぬだろうし、次からは必要な情報だけ掻い摘んで話してやろう」


「そう思うなら最初からそのようにしてくれないか?」


「お主が一から説明しろというから仕方なしに一から全てを説明してやっているのだろうが!」


「ぐっ! だが、程度というものがあるだろう!」


「お主の物差しなど知らぬわ!!!そもそも、我がこうして対等に接する事など滅多にない栄誉なことなのじゃぞ!? 少しは謙れ痴れ者!!!」


 休憩を取るつもりが口論へと発展してしまった。その途中、ベルモンが疲れて眠ってしまい、気がつけば日も落ちていたので私も床へ着いた。

 だが、彼女から得た情報が頭の中で錯綜して気分が悪くなり、なかなか寝付けなかった。

 結局、私は邪神という存在も、それに続いて出てきた神という存在についても理解することができなかった。ただ、解ったのはことだけだ。

 ようやく眠りにつけたのは、窓の外が少し色付いた頃であった。

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