第4話

「ところで、お主はこんなところで何をしておったのだ?見たところ、高貴な身分だと思うのだが」


 私はベルモンから詳しい話を聞くために再び火を焚き、腰を下ろした。だが、私が口を開く前に彼女が先に問いかけてきてしまった。


「私の事などどうでもよい。それよりも貴様のことだ、ベルモン。貴様の存在もそうだが、先ほどの炎や力、そして私に掛けた何かしらの暗示について、全て説明してもらおう」


「だから、お主はどうしてそんなに偉そうな態度なのじゃ!? それが人にものを頼む態度か!?」


「人ではなく、邪神なのだろう?」


 思わず、鼻から笑いが漏れる。それは決して彼女自身を馬鹿にしたからではない。この現実に呆れたからだ。


「いい加減にせぬと殺すぞ、小僧」


 とめどのない殺意。だが、その程度。私は産まれたとき、そして五歳になったときにそれだけで心臓が止まるような悪意を感受した。幸か不幸かそれ以来、他人の悪意には何も感じなくなってしまった。


「好きにしろ」


 どうせ、私が死んだところで悲しむ者などいない。このまま孤独に野垂れ死ぬくらいなら、邪神に殺された方が箔が付くものだ。


「むむむ?」


 しかし、彼女の表情は一変し、目いっぱい首を傾げながら何かを考え始めた。


「お主、生きたくはないのか?」


「生きたくはあるが、理由がない」


「剣の腕は? お主の父を越えたくはないのか?」


「あれは気の迷いだ。今思えばどうでもよい。そもそも、私は暴力を好まない」


 何の確認だ? やはり、先程私に掛けた暗示の効きを確かめたいのか? あれはなかなか嫌な感覚だった。正気を失っていたとはいえ、あのような事を口走るだけでなく、のだから。


「おかしい、おかしいぞお主。? 確かに我はじゃ。どうして追わぬ?どうして求めぬ? かつて我が手掛けた者は皆、一心不乱に欲望に溺れたというのにどうしてお主は欲を抑えられるのだ!?」


「何かさせたいのなら他を当たることだな。それこそ、夢追い人の少年なら心当たりがある。手切れ金代わりに紹介してやろうか?」


 例の男爵あたりなら上昇志向も強いだろうし、頭の悪そうな者同士、相性もよいだろう。私は情報を得次第、彼女と離れよう。これ以上関わると間違いなく面倒事に巻き込まれる。それは御免だ。


「まさか、お主。? わざわざ我が、いちいち行動しないというのか?何故じゃ?常人からは考えられぬ我慢強さじゃ。え、もしや、お主、?」


 自問自答を繰り返すベルモン。もはや彼女から情報は得られそうにない。この辺りで適当に此方の情報を与えて別れるとするか。せっかく整えた野営地だがこうなっては仕方ない。


「いいか。ここから南西にある─「欲しい」


「は?」


「なんとなく我の気に召す奴だとは思っておったが、どうやら先客が唾を付けておったようじゃ。ふははは、良い。良いぞ。やはり我は運も最強じゃ。我は一番ではなかった。だが、こうして、彼奴の獲物を分捕れるからのぉ!」


 怒ったり、悩んだり、喜んだり、忙しない奴だ。正直、相手するのに疲れた。彼女が一人で事を進めるのであればこのまま去ってしまおうか。どうせ私に問うても自己解決するのだから問題ないだろう。


「名は?名はなんという? 今すぐ教えろ! 早く!偽名は無駄じゃ!すぐに分かるぞ!」


 彼女の鼻息が顎から首筋に当たって気持ちが悪い。どうして名前を聞くだけでこんなに興奮しているんだ。邪神とやらの考えることなど到底理解不能だ。


「エルデンド。これで満足か?」


「よいか、エルデンド。今からお主は我の所有物じゃ。異論は認めぬ。その代わり、お主の望む物、何でもやろう。生憎、今は限りがあるがそのうち満足する物が手に入る。後悔はさせぬぞ?」


 私の右手に頬ずりしながら、詐欺師のような甘言を吐くアスマモ。私がそのような戯言を信じるとでも思ったか? 貴族でこそなくなったが、訳も分からぬ者に心を許すほど落ちぶれてはいない。


「他を当たれと言ったはずだ」


 手を振り払う。彼女は私の反抗的な態度に怒ると思ったが、どうやら気にもとめてないらしい。


「お主の意見は聞いておらぬと言ったぞ。.....よいか、我が邪神であることは既に言った通り。しかし、驚くことなかれ!!邪神は我の他にも存在するのじゃ!!」


「そうか。それは大変だな」


 相槌を打ちながら、薪を焚べる振りをして土砂をかける。火が消え、辺りが暗闇へと包まれると、私は息を潜めて茂みへと身を転がす。

 この程度で逃げ切れるとは思っていない。しかし、これはだ。私が彼女に抵抗したという意志だ。この行動が彼女の逆鱗に触れ、殺されることになっても、私は意志を貫き通す。


「どこじゃ!? どこに行きおった!? 返事をせい!エルデンド!!」


 視界の端に紫色の炎が見える。どうやら、あの数瞬で見事に私を見失ったらしい。そこで、私は策ともいえぬ良くない考えが浮かぶ。もし、これに引っ掛かったのであれば彼女は本当に頭が悪いことになる。


 ─ガサガサッ


「そこか!?」


 アスマモは私のいる真反対の場所へと飛んでいく。まさか、本当にこんな手に掛かるとは獣以下だ。向こう側の茂みに石を数個投げて音を鳴らすという幼児でも考えそうな陽動に見事に騙されるとは、さすが邪神だ。


「ちっ、本格的に見失ってしもうた。奴は確か南西がどうとか言っておったな。だが奴の事じゃ、どうせ我がその事を念頭に置いておると思って逆の北東へと向かっておるのだろう? ふはは、我は最強なのじゃ。つまり、この程度の読み合いなど遊戯にすらならぬわ!」


 高笑いを上げながら北上していくベルモン。せっかく頭を使ったというのにそれを声に出してしまえば全て台無しだ。私は南西へ下るとするか。ロイナード邸の近くを通ることになるが仕方ない。できる限り離れていくことを心掛けよう。


「まずはこの場から離れることが先決。徹夜も故仕方なし、か」


 こうして、邪神との邂逅という奇妙な体験は幕を閉じた。








 のではなく、これこそがであった。










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