第3話 執事(フィリップ)の愛情

ーー結婚式の数日前、執事(フィリップ)の視点。

 

執事(フィリップ)は、賢者と呼ばれる。つまるところ、偉大な魔法使いだ。360年前、王の命令により、レベッカの世話役を命じられていた。


レベッカは、特別な子だった。血筋が特別なわけではない。魔力量が特別だった。制御しきれないほど膨大な魔力を持っていた。その魔力は、王国の宝であり、一方では王国を滅ぼしなねない脅威でもあった。


ゆえに、監視しつつ、自分の意思で制御できるまで管理する必要があった。その役目を、賢者(フィリップ)が担った。

 

当初の予定より、はるかに長い年月、見守ることになった。


およそ360年だ。レベッカがその魔力を制御できるようになるまで見守る役を演じるうちに、親子愛とも言うべき愛情が芽生えた。


その愛を、好ましくも疎ましいと感じた執事(フィリップ)。執事(フィリップ)は、それを抑えるようにレベッカとは少し距離をとっていた。


もしもレベッカが本当に暴走した場合は殺さなければならない。


ちまたで魔王と呼ばれるようになってから、名前を呼ばず、魔王様と呼び続けたのも、彼女から一定の距離をとるためであった。


だが、もう魔王様と呼ぶ必要はない。彼女(レベッカ)はきっともう大丈夫だろう。彼女(レベッカ)は、本当に大切な人を見つけたのだから。


もちろん、彼女(レベッカ)が暴走するなど、緊急時はまた彼女のもとに向かわなければならないが、ひとまず役目を終えた、というわけだ。


「嗚呼、永く生きすぎてしまいましたな」


周りはみんな死んでしまった。当時の国王も、もうどこにもいない。


肝心の魔王(レベッカ)も、勇者(カイト)に連れられ、どこか遠くに行ってしまった。きっと、勇者の出身国であるという、日本にでも向かったことだろう。


ふたりは、そこで幸せに暮らすのだ。きっと……


「でもまあ、解放感もある! ぱーっと参りましょうぞ!」


執事(フィリップ)は、うきうきと南の島にバカンスに出かけた。


「もともとアウトドア派なのに、よくあの鬱屈とした家で360年も乗り切りましたぞ! うえい!」


執事(フィリップ)は、サングラス片手にサーフボードを持って、魔法で空を飛んでいく。


海に着くと、執事(フィリップ)は波に乗り、サーフボードに乗ったまま、10メートルジャンプを決める。


「きもちぃですな!!」


執事(フィリップ)はわざとそう叫んでみた。魔王という呪縛から解放された喜びを噛み締めながら。


もう会えないという悲しみに苛まれながら。


それでも、涙は流すまい。もともと、親と子のように、血の繋がった間柄ではないのだから。それほどの深い関係では、端(はな)から、ないのだ。


そしてそれは、自らが選んだ道だ。


震える身体を抑えながら、ひとり、静かに砂浜に上がる。


「ーー執事(フィリップ)! 達者じゃったか?」


突然の声に振り返ると、浜辺に人影。見えたのは、魔王(レベッカ)と勇者(カイト)であった。


「我は戻ってきたぞ!」


執事(フィリップ)は頬がゆるんだ。


「なんと、おかえりなさいませ」


信じられない。でもたしかに、あのふてぶてしい魔王(レベッカ)がそこにいる。


「我の膨大な魔力を利用して、日本からこちらの世界に戻ってきたんじゃ! すごいじゃろ?」


「なるほど、左様ですか!」


「そこは『すごいですなあ』と褒めるところじゃろ! 相変わらずいけずじゃな。それより執事(フィリップ)よ、その格好はなんじゃ? 上半身裸でサーフボードとは?」


「ふふっ、たのしいバカンスですな」


執事(フィリップ)はにこりと微笑んだ。


「ですが、バカンスはもう終わりです! 久しぶりにレベッカお嬢様に相見えることができましたので、それで十分です。もう挙式も、日本(むこう)で挙げられたのでしょう? 僭越ながら、何かお祝いをさせていただきたい」


執事(フィリップ)の提案に、勇者(カイト)と魔王(レベッカ)のふたりは顔を見合わせ、頷く。


「そうなんです、実は挙式はまだで、そのために、挙式に執事(フィリップ)殿を呼ぶために、ここに来ました!」


「カイトの言う通りじゃ、執事(フィリップ)がおらんと、我は嫁入りできん。ので、呼びに来たのじゃ」


「なんと、魔王様ーーいえ、もうやめです、レベッカお嬢様、ですな……」


執事(フィリップ)の言葉に、レベッカは、一瞬頬を赤らめる。赤らめて、恥ずかしそうにぷいっと目を逸らして、腕を組み、


「当然じゃ、執事(フィリップ)は大恩人じゃからな! 何十年も、本当によく世話してくれたしのお」


「有難うございます。正直、もう二度と戻ってこられないと考えておりました。日本で楽しく暮らして、わたくしのことなど、忘れて行くのでしょう、と」


「……ずっと言いにくかったんじゃが、我はそなたを父親みたいに思っておる」


心を動かされたのは、執事(フィリップ)。執事(フィリップ)は、様々な感情に襲われた。愛情、葛藤、開放感、寂しさ。


執事(フィリップ)は、溢れてくる涙を抑えきれない。


「執事(フィリップ)? どうして泣いておるのじゃ? しかも笑っておる」


「いいえ、なんでもありません。ただ、長い長い旅には、意味があったのだと、そう感じたのです。そして、また新たな人生が始まるのだと思うと、胸が踊るのです」


魔王(レベッカ)は首を傾げているが、それは問題ではない。いつか近い未来、レベッカも子どもを授かり、育てていくうちに、わかることだろう。


きっと、同じような感情を抱くと思う。


執事(フィリップ)は、幸せを噛み締めた。


娘同然の魔王(レベッカ)の結婚式に立ち会えることが、どれほど喜ばしいことか。


ーーーー

ーーー

ーー

そして現在、結婚式。


ふたりは、執事(フィリップ)が開けた扉を通り、講堂内へと足を進めた。


講堂に足を進めるふたりの後ろ姿を、じっと見つめる執事(フィリップ)。


執事(フィリップ)は、ほっとするような、あるいは寂しいような想いに駆られた。


誓いのキスのとき、教会は、白く神々しい光に包まれた。


執事(フィリップ)は、そっと微笑んだ。


「どうか、末永く、おふたりの幸せが続きますように」


この先、100年200年と、ずっと幸せが続くように願った。


「ーーいやいやなにをいうておる、執事(フィリップ)には家の管理をしてもらうぞ」


「なるほど、そう来ましたか。丁重にお断りします、【父親】離れをしてください」


「そうだ、勇者カイト(おれ)がいれば大丈夫だろ」


「きゃあはい!」


執事は呆れた。


「この調子ですと、本当に問題なさそうですね。ですがときどき、顔はお出しします、そのときは、よろしくお願いしますね」


「はい、お父様!」「ときどきと言わずに常に頼むぞ、執事(フィリップ)!」


「ふふ、お二人のイチャラブをお邪魔するといけませんので、あくまでときどきにはいたしますが、かしこまりました」


ーー魔王(レベッカ)と勇者(カイト)の2人は日本に帰っていった。


執事(フィリップ)は、消えゆく背中を見て、今度は密かに泣いた。


「ふふ、親の心子知らず、ですか。でも、本当によかった。レベッカお嬢様が、愛するパートナーを見つけることができて。本当に、よかったですなあ」


ーー改めまして、ご結婚おめでとうございます。どうか、お幸せに。


そう、小さく、つぶやいた。

涙のなかに、笑顔が咲いていた。

 

 〈完〉

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【短編・完結済】いじめられっ子魔王の結婚式 だいこん・もやし @Cucumber999

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