第2話 勇者カイト・カザマのマリッジブルーはすぐになくなる
結婚式。
魔王(レベッカ)は白いドレスを纏い、勇者(カイト)は黒いタキシードを着こなす。
これから、教会の講堂で末永い愛を誓う予定だ。だが、講堂に入る直前、講堂の扉の前で、魔王(レベッカ)は不安に駆られていた。
魔王(レベッカ)は、勇気を振り絞り、勇者(カイト)に尋ねてみた。
「今さらじゃが、どうして我なんかと結婚してくれるのじゃ?」
魔王(レベッカ)の言葉に、勇者(カイト)は、目を丸くした。そして、優しく微笑んだ。
「それは、こっちのセリフさ。勇者として初めて日本から召喚され、そして魔王(レベッカ)をみたとき、俺は一目惚れした。それからずっっと、片想いだった。ずっっと、お前を連れ出す瞬間を待ち続けていたんだ、何度も、新たな勇者として生まれ変わりながら」
そもそも勇者は転生者だ。そして勇者の召喚の目的は、魔王を倒すことである。
だが、200年前。
勇者として召喚された風間 海渡 (かざま かいと)。海渡 (かいと)は、ついぞ魔王を倒すことはなかった。
初めて対面した魔王は、あまりにも美しく、あまりにも強かった。
心残りを胸に、海渡 (かいと)は願った。
「どうか、もう一度だけ、チャンスをください。魔王のことをもっと知りたいんです。魔王を倒すために、魔王に故郷を奪われた傷ついた人々を救うために」
海渡 (かいと)は、幸運にも再び勇者として生を与えられた。
だが、魔王の力はあまりに強大で、やはり魔王にうち勝つことはできなかった。
否、本当に、魔王の力が強大だから勝てなかったのか?
そうじゃなくて、実は一目惚れしたから、手加減をしてしまったのではないか。そんな自分への疑念も生じた。
「完全に手抜きをされた、2度立ち向かい、2度とも生きて返された。俺は、とどめをさすほどの相手ではなかったということか!」
怒り。
一目惚れしたからか、手抜きをしてしまった自分に腹が立った。魔王を倒すことで人々を守れなかったことに、苛立った。魔王に手抜きをされて悔しかった。
「もう一度ーー」
何度か繰り返すうちに、気がついた。本当の自分の気持ちに。
毎回、魔王との戦いのあと、生きて返される。そこに魔王の優しさを感じた。
魔王は、本当に人々が恐れるような存在なのかーー違う。
自分は魔王を倒したいのかーー違う。
なら、何をしたい? 何のために転生を繰り返している?
答えはひとつだった。
「魔王ーーレベッカよ、お前を救いたい」
気づけば200年が経っていた。何度も転生を繰り返し、魔王の攻撃パターンを蓄積し、魔王に打ち勝てる最強スキルを手に入れるまで、待ち続けた。
そうして、200年越しに、ようやく本懐を遂げたのである。
人々が恐れる魔王という存在を消し去り、そして魔王(レベッカ)を救い出したのだ。
「ーーあーもう! その話はもうよい! まあたしかに、歴代の勇者がすべてカイト(そなた)だったとは甚だ驚きじゃが、それはもう100回くらい聞いたのじゃ、そろそろ聞き飽きた」
「ええ〜、結婚やめるか? 今ならまだだけど結婚やめられるぞ」
「そっそんなことっ! なぜそうなる!」
魔王(レベッカ)は、ただ恥ずかしくて、勇者(カイト)を少しからかったつもりだった。しかし、勇者(カイト)の「結婚を取りやめるか?」という予想外の言葉に、狼狽した。
不安になり、「結婚やめたりしないよね?」という潤んだ視線を送ると、勇者(カイト)は苦笑した。
「ごめんごめん、からかったわけじゃないんだ、ただ、本当に、少し不安だったんだ。あのとき、強引に連れ出されて、嫌じゃなかったのかなって」
勇者(カイト)はひとり悩んでいた。
一目惚れして、魔王(レベッカ)を強引に連れ出した。だが、正直不安だった。彼女は打算でついてきてくれたのではないかと。
今の状態を変えたいから、流れに身を任せてついてきただけなのだろうと。
「そのようなこと、あるわけないじゃろ! 360年以上生きるわしが惚れた相手じゃ、自信をもて!」
「ふむ、そうだよな。よかった、本音が聞けて。少し心が楽になったよ、本当にありがとう、レベッカ」
「何を言うか! あのとき連れ出してくれてありがとうじゃ! あと名前で呼んでくれてありがとう! もう、ほんとにうれしいのじゃ!」
「そうか、こちらこそありがとう、今日まで、俺の側にいてくれて」
「ええ〜、なんだか明日からいなくなるみたいなもの言いじゃな」
「違う違う! そうじゃないんだ、これまで一緒にいてくれてありがとう、って、感謝を伝えたくて。それから、これからもずっと一緒にいて欲しいって、言いたくて」
「えぇ? う、うむ! もちろん! こちらこそじゃよ! ……といってて、なんだか恥ずかしくなってきたの」
すり寄ってきた魔王(レベッカ)を、そっと抱き寄せる勇者(カイト)。
「むふぅ〜、ほんとうは優しいのに、時折見せる強引さが、たまらんのお」
「いいだろ、好きなんだから」
「きゃ、そういうところじゃよ」
「さあ、行こうか、レベッカ」
「そうじゃの、カイト! あのー、良いかの?」
「なんだい?」
「お姫様抱っこじゃ」
勇者(カイト)はさっと魔王(レベッカ)を抱き上げた。
「きゃっ、ありがとじゃ。ささ、執事(フィリップ)よ、講堂に入る、扉を開けてくれ」
指だけでほいほいと命令する魔王(レベッカ)。
執事(フィリップ)は、呆れるように掌を上に向け、
「こんな我が儘なレベッカお嬢様をもらってくれる方がおられて、執事(わたくしめ)は感動しております。さあ、どうぞお入りください」
ふたりは、執事(フィリップ)が開けた扉を通り、講堂内へと足を進めた。
幸せな未来を信じて。
ーーふたりの後ろ姿を、執事(フィリップ)はじっと見つめていた。
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