第5話

チビがいなくなった職場は、火が消えたようだった。


「チビちゃんいないと、なんか寂しいよね」


事務の子達が話しているのが聞こえてきた。

みんな口にはしないが、同じ思いなんだろう。

それほどチビの存在は大きかった。


「なんだろう…。

いつも憎まれ口しか言ってなかったように思うのにね…。

チビって凄いやつだったんだな。」


独り言のようにボクがつぶやく。

チビがいなくなってまだひと月足らずだというのに、みんながチビを思っていた。

それは、俺も同じだった。

いや、俺の感情はみんなとは少し違うかもしれない。

あの時チビが俺に見せた表情は、ずっと頭から消えずにいた。

大きな瞳を潤ませてじっと俺を見ていたあのチビの顔が、目に焼き付いて離れなかった。

ほんの一瞬のことだったはずなのに。


「でもさ、なんでチビはいきなり田舎に帰ったんだろうね?」


ボクが不思議そうに言う。

確かにそうだ。

なんの前触れもなく、田舎に帰った気がする。

その答えは、同僚が知っていた。


「お母さんが倒れたそうよ。

小さな家庭料理のお店してたらしいんだけど、倒れたからこれからはお姉さんと二人で頑張らなきゃ、って言ってたわね。」


そんな事があったのか…。


「でもチビちゃん、田舎に帰る度にお見合いしろって言われるから嫌だって言ってたのに…。

お見合いも受け入れる気になったのかしら…」


一瞬、頭を殴られたような気がした。

チビがお見合い…?


「チビとお見合いする相手なんているのかなぁ。」


笑いながら俺を見たボク。

俺はうまく笑顔を返せずにいた。

それはボクにも伝わったらしい。


「ねぇ、もしかしてチビの事…」


そう言いかけて言葉を止めたボク。


「ちゃんとチビと話してきたら。

そうしないとこのままチビがお見合い結婚でもしたら、後悔するよ」


真っ直ぐに俺を見る。

でもまだ俺は、自分の想いに自信がなかった。

ただいつもそばにいたから、その淋しさだけで執着しているのかもしれない。

本当はチビに女としての愛情は、ないのかもしれない。

まるで自分に言い聞かせるように、そんな考えを必死で思い浮かべていた。

そんな俺に気づいたのか、小さくため息をついて、


「あの毒舌がもう少しオブラートに包めたら、チビってすごいいい女だと思うよ。

きっと年上の人とお見合いしたら、気に入られてすぐ結婚になると思う。」


まるで俺をけしかけるように言う。


「…わかったよ」


誰に言うでもなく呟いて、ボクに小さく笑って見せた。

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必然の偶然 @maru163

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