第14話 孤独

「・・・いつまでそうしているつもりですか。いい加減、重いんですが?」


意外な再会に目を丸くしているノクトに苦しそうな声が投げかけられる。

すぐに短剣を退けて、その華奢な体から退くとラニットは少し苦しげに咳をし、腹をさすっていた。


「悪かった。痛むか?だが、声くらいかけてくれてもよかったろう?」

「・・・声をかけようと思った矢先に、あなたが突っ込んできたんですよ。あなたこそ、こんな所で何をしているんですか。」


今回の件から身を引いた方がいい。

ノクトは、ラニットがあの日の晩にそう言っていた事を思い出していた。

そして、同時に義父ちちの言葉も。


「オレは諦めないことにしたんだ。お前に言われて考えた。オレのやるべき事はなんなのかを。」


「・・・。」


呆れ気味な表情をするラニットに、ノクトは構わずに続けた。


「オレのやるべき事は化者ケモノを排除し、村を守る事だ。たとえ、化者ケモノが誰であろうとだ。躊躇しないと言えば嘘になる。だが、責務を果たす事から逃げたくないんだ。」


深紅の瞳を真っ直ぐに見つめ、己の決意を語るノクトであったが、その返答は冷たいものであった。


「まぁ、諦めるも諦めないもあなたの自由ですが、くれぐれもボクの邪魔はしないでくださいよ。・・・先ほどのように。」


腹を抑えながら、恨めしげに言うラニットにノクトは頭を下げた。


「本当に悪かった。ラニット、今更こんなことを言うのはおかしいかもしれないが、オレも一緒にやらせてくれないか?馴れ合いじゃない。別々に行動するよりは、一緒にやった方が効率がいいだろ?」


「拒否します。あなたがいれば、効率は上がるどころか下がります。端的に言えば、足手纏いです。」


拒否されるのは薄々わかっていた。

なぜ、ノクトがラニットと行動する事にここまでこだわるのか。

当然、この事件から手を引きたくないと言う気持ちもあるが、根本の部分は単純な事である。

ラニットが心配だったからだ。

たった1日と少し、行方が分からなくなっただけでも、ノクトはラニットを心配していた。

それは変えられないノクトの性分であった。


「どうしてそんなに1人がいいんだ?」


自分の諦めの悪さも相当なものだが、ラニットの頑なに単独で行動する事への拘りも並々ならぬものを感じたノクトは、疑問を口にする。


「(確かにオレは頼りないかもしれないが、そんなに意固地になるほど嫌われるような事もしてないと思うんだが・・・。)」


そんな思いがノクトの表情に出ていたのだろう。

ラニットは、観念したかの様に口を開いた。


「あなたは相当なお人好しで、更には鈍感のようなので伝えておきます。普通であれば、ボクのこの態度に嫌気がさして向こうから離れていくんですけどね。ボクはあなたのことを別に好きでもなければ、嫌いでもありません。ボクが1人を好むのは、理由わけがあります。」


「理由?」


ラニットの口調は、これまでの他人をただただ拒絶するようなものではない。

むしろ、今まで聞いた中では最も本心を語っている様に聞こえた。


「ええ。ここで伝えておかなければ、あなたはいつまでも諦めなさそうなので。

いいですか?ボクもこれまでに、他の化者狩ケモノがりと共に行動したことがないわけではありません。」


ラニットは最初から他人にこういう態度を取っていた訳ではない。

確かに化者狩ケモノがりは横の繋がりは希薄であるが、全くないというほどでもない。

情報交換の為のやり取りやもっと直接的に同じ任務につくこともある。

では何がラニットを変えたのか。それは本人の口から語られた。


「ボクが誰とも関わり合わない様にしているのは、これまでボクと関わりあった化者狩ケモノがり達のほとんどが、死亡するかこの仕事を続けられないような怪我を負っているからです。・・・何の因果関係か分かりませんが。」


そう言うラニットの表情は、先ほどノクトに突き飛ばされた時よりもずっと苦しそうなものであった。

おそらくは忌むべき呪いとも言えるその現象を心底嫌っているのだ。

自分のせいで誰かが犠牲になってしまう事を。

ラニットは、孤独を好んでいるのではない。

自ら人に嫌われ、孤独でいる事で人が傷つく事を避けていたのだ。


「これはあなたの為でもあります。あなたが、まだ化者狩ケモノがりを続けていたいと言うならボクとは関わらない方がいい。別に気にする必要はありません。・・・1人でいる事には慣れていますから。」


薄暗い倉庫の中に沈黙が訪れる。

何の因果関係があるかも分からず、自分が存在しているだけで、他人が傷つくかもしれない事の重圧はどれほどのものだろう。

人に嫌われ、孤独でいなければならない事とは、どれほどの苦しみだろう。

この年端も行かない青年が1人でいる事に慣れてしまったと思えるほどの孤独とは。

ノクトは、思い出していた。

孤独で深い闇を彷徨った幼きあの日のことを。


「(平気なんかじゃない。平気なフリをして他人を巻き込まない様にしているんだ。)」


ノクトの胸の奥に湧き上がった感情。

それは、この青年を助けてやりたいと言う感情であった。

ノクトが深い闇から救われたのは、この村の人間が手を差し伸べてくれたからだ。

それならば、今度は手を差し伸べる番ではないのか。


「ラニット、孤独に慣れたなんて嘘だ。それは、他人が傷つく事を恐れ、自分の心を押さえ込んでいるだけじゃないのか?」


ノクトの言葉が意外だったのだろう。

ラニットは、呆気に取られた表情を見せる。


「いえ、これまで孤独だと感じたことはありません。あなたが勝手にそう捉えているだけではないですか?」


「確かに、今のお前は孤独だと感じていないのかもしれない。だが、それならなぜ付きまとうオレの相手をした?今もそうだ。1人でいたかったのなら、オレの姿が見えても、わざわざ声をかける必要もなかっただろ?」


「それは・・・。」


その指摘に返答できずに口籠っているラニットに、ノクトは続ける。


「ラニット、人は1人では生きていけない。オレの過去については、お前も知っているだろう。

全てを失ったオレはこの村のおかげで、立ち直れた。

お前は今は平気かもしれないが、孤独は確実に心を蝕んでいくぞ。

こんな事を続けていたら、いつかお前の心は壊れてしまう。」


「・・・でも、他人を傷つけるよりはそちらの方がいいでしょう。」


それは本当にラニットのせいなのだろうか。

何の因果関係があるのだろうか。

おそらくだが、それは偶然が重なってしまっただけだ。

だがラニットは、その偶然の重なりを必然と捉えてしまった。

まずは、その誤解を解いてやらなくてはならない。


「ラニット、化者狩ケモノがりの任務には、危険がつきものだ。怪我をする事だってあるし、残念だが命を落とす事もある。そこにお前の存在は関係ない。無理して1人でいる必要はないんだ。」


「ですが!これまでの出来事は、どう説明するんですか。それがボクに関係なく偶然だとしても、関わらなければ知らないままでいられる。」


ラニットは心の声を叫ぶ様にして言う。

このままでは、ラニットは1人でいる事を選択し続けるだろう。

それではダメなのだ。

誰かが手を差し伸べてやらなければ。


「これまでの出来事にお前は関係ないとオレが証明してやる!お前と協力して、この事件を解決する。オレは絶対に死ぬつもりもないし、化者狩ケモノがりを辞めるつもりもない。だから、お前も騙されたと思って、今回の事件は協力してみないか?」


ノクトは真っ直ぐに手を差し伸べた。

だが、その手が握り返されることはない。

その代わりに返ってきたのは、不安げな問いであった。


「もし騙されたらどうするつもりですか?」


『騙されたら』とは、つまりはノクトの身に何かあった時だ。

そうなれば、ラニットはこの先永遠に心を閉ざして生きていくだろう。

その時は・・・。


「その時は!・・・その時に考える!」


ラニットの話が本当ならば、ノクトの身に何かがあればしてやりたくてもできない可能性が高い。

答えを出すことはできないが、ノクトは、差し出した手を引くことはなかった。


「ハァ・・・」


ノクトの締まらない返答にため息をつくラニットの表情は、話にならないと言ったものであった。


「あなたが底無しの馬鹿だと言うのはよくわかりました。この話を聞いても諦めないとは・・・。」


ノクトの想いは、届かなかったのだろうか。

自分には、誰かを助ける事などできないだろうか。

これまでも、これからも。

そんな不安がよぎったノクトに、ラニットは言葉を続ける。


「思えば、あなたは初めて会った時からボクがどれだけ辛辣な態度を取ろうと、離れていきませんでしたね。あなたの様な人は、初めてでしたよ。

ですから・・・騙されたと思って今回は協力してみてもいいかもしれません。あなたであれば、何かあっても自責の念に駆られる事もなさそうですしね。」


そう言い、差し出したノクトの手を握り返すラニット。

その手は小さく細いものの力強く握られていた。

出会って間もない2人であるが、孤独を知るノクトの言葉だからこそ届いたのかもしれない。


「改めて、よろしく頼むよ。ラニット。」


「何があってもボクは知りませんからね。それとボクは寂しいとか孤独が辛いなんて思ったことは本当にありませんから。」


無愛想なのは変わらないラニットの口調からは、少しだけ他人を拒絶する様な棘が抜けていたのであった。

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化者狩りの夜 瀬古かもめ @kamome5495

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