第13話 胸騒ぎ

翌朝、ノクトは早くから家を出た。

目的は当然、ラニットとの合流である。


まだ朝靄あさもやがかかる早朝ともなれば、村に人影はなく寒々しい。

人気ひとけの無い村を歩くと物寂しさを覚えるのと同時にラニットの身が気がかる。


この時、ノクトの頭の中には最悪の事態が浮かんでいた。

ラニットが『化者ケモノに襲われた』という事である。

当然、昨夜のうちにその可能性を考慮しなかったわけではない。

だが、その可能性は低いと言えた。


化者狩ケモノがりの任務は、常に危険が伴う。

悔やまれる事だが、命を落としてしまうことも少なく無い。

そういった時に、彼らは『虫』を使って最期の『知らせ』を残す。

自分が指令をこなせなくなってしまった最悪の『知らせ』。

通常であれば、『上』に向けて放つものだが、今回のような化者狩ケモノがりが複数滞在しているような場合には、まずそちらに送る。

その最悪の『知らせ』は、ノクトの元に届いていなかった。


だが、可能性は低いと分かっていても一度頭に浮かんでしまえば焦燥感に包まれる。

ノクトは、村を足早に巡り、森へ向かったのであった。



森の入り口、つまりフィオナとリックが身を寄せている木こりの家の付近に着く頃には日は完全に顔を出していた。

2人にもラニットを見ていないか聞こうかとも悩んだが、これ以上彼女達に心配をかけるのははばられた。

それともう1つ理由がある。

ノクトにとって、この森は慣れ親しんだものであったからだ。

幼き頃より義父ちちに連れられ、猟に来ていた。

あの2人に声をかければ、共に行動する事となるだろう。

だが、結局3人で固まって歩くのであれば森を熟知している自分1人の方が早さという意味で好都合だった。


森の中へ入ると、まるで世界から切り離されたかの様な独特の雰囲気がある。

幼き頃はこの雰囲気に恐怖した事もあったが、今は懐かしくもあり心地よさすら感じる。


「(ひとまずは、小道沿いに歩いてみるか。)」


この森に詳しくないラニットが道をれていくとは考えにくいし、あの2人の話から彼女達も、この道を通った事が推測されるからであった。


しばらく歩くものの、森の中は静まり返り動物達の気配すら感じなかった。


「(妙だな。確かにオレの気配を察して身を隠す事はあるだろうが、ここまで気配がないのは。)」


猟を行った時も動物達は身を隠していた。

だが、時折こちらをうかがっているような微弱な気配は必ず感じていたのだ。

今はそれすら無い。普通では無い。

何か異常な事があるのは、すぐに分かった。


歩を進めると、少し開けた場所に出た。

ここから先は足場も悪くなっていき、岩場が多くなる。

あの2人の仲間は、おそらくこの先で怪我をしたのであろう。


足元に気を配りながら少し進むと、ある事に気がついた。

一部の岩がめくれ、地面にはその跡がついており、草木が折れていた。

何者かがこの先を通った跡だ。

あの2人の話では、彼女達はこの辺りで引き返したはずである。


進むほどに、ノクトの心に暗雲が立ち込める。

この先に何かがある。ノクト化者狩ケモノがりとしての勘がそう伝えていた。

胸がひりつき、緊張感が高まる。

慣れ親しんだ森が、いつの間にか全く別の場所に思えていた。


どのくらい進んだであろうか。

正確な位置は分からないが、森の中心部に程近いだろう。

岩場を抜けると、ノクトの記憶にない山小屋が見えた。

おそらくは、木こりの夫婦が作業場として使っているものだ。

根拠はないが、ノクトは思った。

この胸騒ぎの原因はあの山小屋だと。


少しの間、小屋の周辺から様子を伺ってみたが物音ひとつしない。

ノクトは、入り口の前へ行き一度大きく息を吐く。

すでに懐に忍ばせてある短剣の留め具を外し、いつでも抜けるように柄に手を添えていた。

覚悟を決め、扉をゆっくりと開く。


足音を殺し、室内へ入ると若干のカビ臭さが鼻をついた。

部屋を見渡してみると奥に一つだけ扉が見える。

常住するための家屋ではない為か、必要最低限の家具しか置いていないようだ。

その生活感のない無機質さは、今は不気味にすら思えた。


人の温かみをまるで感じない居間は、特におかしな点はなかった。

目に留まったのは、一つの扉。

その扉は、まるで来るものを拒むような冷々たる佇まいでノクトを見つめているようだった。

何かあるのなら、この奥だ。

扉を一息に開け、中に入る。

そこは倉庫か何かに使われていた部屋だろう。

ノクトの期待にも似た不安とは裏腹に倉庫内は静寂に包まれる無機質なものであった。


倉庫内には、腰の高さほどの木箱が並べてあり、いくつか開けてみると中には鋸や鉈など山仕事のための道具や保存の効く食料などが入っていた。

ここにも異様な点は、特に見当たらない。


「(杞憂きゆうだったのか?よくない事ばかり考えてしまっていたからな。時間を無駄にしてしまったか。)」


ノクトが、取り越し苦労であった事にうなだれ目線を下に向けると、ある事に気がついた。

床に何かを引きずったような跡があったのだ。

薄暗いこの部屋で、意識を向けてなければ気が付かないが、おそらくこの木箱を移動した跡だろう。


「(倉庫の整理でもしたのか?だが、それにしては跡が新しい気がするな。)」


ノクトは跡をよく見ようと、扉に背を向け、しゃがみ込んだ。

決して気を抜いていた訳ではない。

むしろ、常に気は張っていた。

だが意識が他に向いた一瞬、背後に忍び寄る何者かに気がつくのが遅れた。


目線の端に人影が映ったノクトの反応は、早かった。

一瞬で身体を捻り、何者かに体ごとぶつかったのだ。


「グッ・・・!」


相手は、ノクトの行動に対応が遅れ、突き飛ばされ転倒した。

すかさず、相手の上を取り、喉元に短剣を突きつける。


「動くなっ!」


一呼吸置いた後に顔を確認すると、ノクトが探し求めた人物であった。


「ラニット!?こんな所で何してるんだ?」


悔しげに睨むラニットと驚くノクトの意外な再会であった。

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