第23話 愛はクリスタルより
巨大な鋼鉄の毒蛾、ゾディアックは帝国の大陸を消し飛ばし、アクエリアスの前に立ちはだかった。
最後の戦いが、夜明けとともに始まる。
「こうなったら、なんとしてでも穴を開けて中に侵入せねばならんな」
艦長がそう言うと、マルコは敵との圧倒的な差に渋る。
「艦長も無理難題を仰る……」
「しかし、今はそれしかないだろう」
ヒラガはその現状を理解した上で艦長の意見を受け止めた。
俺はすぐに戦闘準備へと移行した。
帝都攻略戦で消耗した武器はほとんど修復している。
「主砲エネルギー伝導、及び、誘導弾、ロケット弾装填。全砲門、開け」
主砲にエネルギー伝導回路を直結し、誘導弾やロケット弾が自動装填機構により発射管に固定される。
ラクシェネラの操作盤にあるメーターがカラフルな色に光っていく。
「重力子反応炉、圧力上昇!」
機関室のエンジンの勢いが上昇する。
ピストンがトルクを上げ、歯車が火花を散らす。
ラマルは先手を取る。
「パルスレーザー砲、256門全てを稼働、遺物戦艦を叩き落とせ」
その命令に長椅子に座ったオペレーター達が座標入力を終わらせる。
ゾディアックの表面から無数の砲台が出現し、アクエリアス目掛けてレーザーを連射した。
アクエリアスのあちこちが激しく火花を散らし、白い煙があがる。
「うわあああああああっ!!」
艦内が激しく揺れ、計器から火花が散る。
マルコはその衝撃の中、なんとか舵を操作する。
「この野郎……!!」
アクエリアスはレーザーの射線上を抜け出す。
その機動性で攻撃を避けるアクエリアスにラマルは苛立ちを隠せなくなっていた。
「しつこいハエだ……」
ラマルは椅子に座る。
「重力子ビーム、発射!! ノリ・メ・タンゲレ!!」
ラマルは横に備えられたパイプオルガンで、不協和音を奏でる。
艦内のシステムが作動し、文字の刻まれたブロックが高速で組み替えられ、文字列を成し、その部分が光る。
ゾディアックの上方から砲台が出現し、赤いレーザーで薙ぎ払う。
地上にある住宅街が、時計台が、高層建築物が、今の一撃で全て破壊され、焼け野原になっていた。
「測的完了。誤差修正上下角3度」
俺の操作盤にある座標表示板が反転フラップ式で書き換わり、砲の射角が固定されていく。
主砲が旋回し、ゾディアックの方を向く。
「愚か者が……このゾディアックに挑むつもりか!!」
「取舵一杯、最大戦速!!」
アクエリアスの可変翼が後退する。
「第二砲塔及び、第三砲塔にエネルギー伝達、終わる」
前方に拳銃型のトリガーが現れた。
「撃ち方はじめ!!」
艦長の号令を聞くと俺は復唱してトリガーを引く。
「撃ち方はじめ!!」
パルスカノンが螺旋を描きながら飛んでいく。
しかし、ゾディアックは容易く弾いた。
艦長は思わず叫ぶ。
「バリアか!!」
「そうだよ、フック君」
「これじゃ蛙の面にション……じゃねえか……」
俺は最後まで言いかけたが周りを見て黙った。
「ラガードと共に海の藻屑になれ、遺物戦艦!!」
ラマルはどこまでも傲慢に命令する。
「ディエス・イレ!!」
上部から射出された手榴弾型の爆雷が回転しながらこちら目掛けて飛んでくる。
艦長はそれを見てすぐに命令を下す。
「回避だ!!」
大きく旋回し、その爆雷を避けていく。
爆雷は地上にある海岸の街にも落下していき、建物や地面に突き刺さり、遅延信管で爆発していた。
爆雷を避けると、アクエリアスはゾディアックに急接近する。
「接敵、近接レーザー機銃!!」
アクエリアスのレーザー機銃全てが起動し、ゾディアックを攻撃する。
「小癪な……エリ・エリ・レマ・サバクタニ!!」
ゾディアック側面の発射管から無数のロゲット弾が発射される。
アクエリアスはそのロケット弾の弾幕を浴び、衝撃で近くの大陸へと落下した。
地面に勢いよく叩きつけられ、下から砂埃が噴き出す。
アクエリアスがその重量で変電所の鉄塔を歪ませた。
折れた部分や電線から火花が散る。
「くそ……」
マルコは立て直そうとすると、目の前から爆雷が飛んでくるのを視認した。
急いでその場を離れる。
アクエリアスはピアノ線に引っ張られるかのように鉄塔や変電所を離脱し、空へと戻った。
「強力なG-バリアに無数の武装、まるでハリネズミね。これでは近づけません……。彼我戦力差は1対300です、分が悪すぎます」
ラクシェネラは敵との戦力差を把握した。
ヒラガもそれは理解していた。
「攻防一体の空中要塞、まさに無敵だ……」
その乗組員の嘆きに対し、艦長は答える。
「問題ない。この艦には最強の武器がある。艦首単分子振動衝角カリバーブレード。悪を貫く正義の剣だ」
ラクシェネラもそれが敵のバリアを破りうる力であることは理解している。それでも敵の懐に潜り込むことすらできないと判断していた。
「しかし、そんなのどうしたら……」
艦長は辺りを見渡すと、目を瞑り命令を下す。
「航海長、全速で空に向かって飛べ。砲雷長、あの動く光が見えるな。あの全てを破壊しろ」
俺はその意図のすべてを理解した。
「まさか!!」
空にある動く光、それは人工衛星だ。
気象観測及び天候制御用に用いられているもの。
この帝国周囲のみに128基打ち上げられていると聞いた。
俺は人工衛星に照準を合わせる。
「主砲全自動追尾、及び誘導弾の照準完了」
「トラックナンバー128まで捕捉完了」
アクエリアスは艦首がピアノ線で引っ張られたかのように、空を向いた。
「エンジン、最大出力!!」
バーニアから激しい特殊効果のような炎が噴き出し、勢いよく上昇する。
周囲の雲は流れ、一瞬で宇宙へと到達する。
「無駄な事を……」
ラマルはその様子を艦橋で眺めながら嘲笑する。
「ホルスーシャ砲の発射準備だ、奴らを纏めて木端微塵にしてくれる」
「ラマル様。王女を連れてきました」
礼拝堂のような空間にシオンが親衛隊と共に来た。
「ご苦労。彼女にも遺物戦艦の最期を見せてやりたまえ」
そう命じられると、親衛隊はシオンを無理やり地面に押さえつけ顔を無理やり上げてモニターを見せつけた。
「アクティブダミー、1番から4番まで射出!!」
アクエリアスから4隻の小さなアクエリアスが射出された。
「誘導弾、発射!!」
垂直発射管から誘導弾が発射され、周囲の人工衛星を破壊していく。
その瓦礫が大気圏に突入し、炎を纏いながら落下する。
ヒラガは呆れながらアクティブダミーを操作する。
「こんな無茶な作戦……」
マルコは笑いながら言った。
「運も才能の内。草薙はそう言ってたぞ……」
俺はゼンデル湾での戦いの事を思い出す。
「……ああ!! そうだな」
艦長の号令が全ての合図だった。
「目標に突っ込め!!」
アクエリアスの先端が熱を帯び始める。
ヒラガはその様子に思わず慌てる。
「いかん、このままだと艦体がバラバラになるぞ!!」
それに対し、マルコは自信満々に答える。
「任せろ!」
「傾斜角45を保ちつつ、ローリング15、艦体の運動エネルギーをG-バリアで拡散!!」
周囲の人工衛星の残骸と共にゾディアック目掛けて落ちていく。
「目標内部に再び強力な磁界形成!!」
ラクシュネラの報告に、俺達は思わず動揺する。
「まずい!!」
「終わるがいい、遺物戦艦!!」
ラマルはライフル型の照準器に手をかける。
そのとき、シオンが親衛隊の拘束を自力で振りほどき、ラマルの腕に噛みついた。
「くそっ、何をするっ!!」
シオンは乱暴に振り払われた。
「きゃっ」
ラマルは、照準器を落下する炎の塊に合わせ、トリガーを引く。
太陽のような眩い閃光が放たれ、大空に太陽を作り出した。
その後、モニターが砂嵐へと変わる。
『HANEによるEMP発生、モニターできません!!』
ラマルはその様子を見て笑みを浮かべた。
「残念だったね王女様。これで間違いなく彼らは粉微塵になったよ」
シオンは絶望し、地面にへたり込む。
「そんな……翼君……皆……」
ラマルは心の傷を負った彼女に対し優しく語りかける。
「さあ、我々とともに新たなる世界を作ろうか」
一瞬で全てを失ったシオンはただ何も言わず、砂嵐となったモニターを見ていた。
「翼君……」
『モニター復旧、映像戻ります』
そこには、健在なアクエリアスがあった。
攻撃を受ける直前にサイドジャンプを敢行し、さらに爆発方向にG-バリアを集中させることでダメージを最小限に抑えたのだ。
シオンの顔が喜びに満ちる。
ラマルは予想外の出来事に慌てた。
「なにっ!?」
アクエリアスはその勢いのままゾディアックに突入した。
しかし、途中で阻まれる。
「バリアです!!」
艦長は大声で叫ぶ。
「構わん、主機出力のリミッターを外せ!!」
「了解!!」
「ポチッと!!」
マルコは、黒と黄色の縞模様が施された緊急スイッチを拳で叩きつけて押した。
フマン博士が勝手に実装した、リミッター解除スイッチだ。
全ての上限が外され、出力は計測不能になる。
エンジンが真っ赤に発光し、ノズルから全長の倍以上の推進炎が噴く。
ラクシェネラは現在の状況を報告する。
「艦外の温度は現在6万セルシ、主翼が融解しています!!」
あまりの出力に機関室の計器が火花を散らして壊れていく。
「エンジンが溶け始めてるぞ!! このままだと爆破しちまうぞ!!」
ロギータが慌てながら泣き言を喚く。
ゾディアックのバリアに亀裂が入る。
「メインエンジン限界10秒前、9、8」
「バリアはまだ壊れねえのか!!」
激しい艦内の振動に耐えながら皆願う。
「7、6、5、4」
エンジンが炎を吹き出し始めた。
機関室では機関科が大慌てで走り出す。
「3、2」
アクエリアスの先端が突入し、完全にバリアが破壊された。
「よっしゃああああっ!!」
推進力に使っていたエネルギーを主砲に回す。
「主砲、発射!!」
バリアの内側からゾディアックの表面に至近距離のパルスカノンを浴びせた。
ゾディアックの強固な表面装甲と言えど46セロメルテの砲撃には耐えられず、穴を開ける。
そして、アクエリアスの衝角による突入。
その様子にはヒラガも頭を抱えていた。
「無茶苦茶な……」
アクエリアスは勢いのままゾディアックの艦内を強引に突き進む。
「目標内部に突入成功!」
俺達は喜んだ。
しかし、まだ目的は達成していない。
ある程度進むと主機がオーバーヒートしたのか停止した。
「どうやら、機関が爆発しなくて済んだようだ……」
艦長はまず、自分達が無事であったことに安堵する。
ロギータは火を消し止めながら落ち着いて言った。
「しかし、機関の修理が必要だ……」
その報を受けて艦長は冷静に言った。
「ここから先は人の手で進まねばなるまい。修理を待っている場合ではない、事は一刻を争うかもしれん」
その言葉に対し、俺は立ち上がる。
「俺がいく……シオンが待ってるんだ!!」
仲間たちは俺を止めようとした。
「ロギータさん、ヒラガさん……止めないでくれ」
艦長はキャプテンハットを深々と被り、言葉を紡ぐ。
「……そうだな。私もいく」
その言葉には誰もが驚いた。
「艦長!!」
「同じ存在してはならない異邦人として、全てに決着をつけねばならん。何より、全ての発端は私と同じ時代の者だ。これは私のケジメなのだよ」
艦長の言葉は重いものだった。
俺は艦長と二人で艦橋を出ようとする。
そこに、マルコが言った。
「待て、僕も行く」
俺はそれを制止した。
「お前がいなくなったらこの船は誰が動かすんだ……。心配するな、俺達は死ににいくつもりはない」
俺の意見に乗るように、艦長は続けた。
「そうだな、ここからは無線機で通信する。いざとなった時は君達だけでも脱出しろ」
涙を飲みながらマルコは俺達を見送った。
ゾディアックの内部は、地底樹海で見た古代遺跡に、ケーブルや植物が張り巡らされたような何とも言い難い不思議な構造だった。
「ここは……」
通路の形状に見覚えがある。
シオンは恐らく中枢にいると睨んだ俺は、そのルートを辿る。
艦長はそれについていく形となった。
ラマルが衝撃で気を失っている間にシオンは逃げ出していた。
目を覚ましたラマルは「使えないバカどもめ」とシオンを抑えていた親衛隊を射殺し、リフトで降りていく。
「はっはっはっは、今度はかくれんぼかね……まったく、ガキの相手は面倒だよ、全く」
ラマルは中折式のリボルバー拳銃を取り出し、彼女が逃げたであろう通路を早歩きで行く。
「シオーーーン!!!」
財宝が綺麗に整頓された部屋を抜ける。
生物の図が描かれ、不気味なカプセルが大量に並んでいる部屋を通り抜ける。
遺跡とは違う空間に出た。
艦内のはずなのに青空がそこにはある。
扉が見つからない。
俺は見えない壁を探りながら歩く。
艦長も逆側から同じことをした。
「地底樹海と同じ、扉があるはずだ……」
俺は手で壁に触れていると、手応えがあった。
「ここだ!!」
青空の花畑を抜け、脈打つ体内のような通り道を走る。
「ラマル様、Gブロックにネズミが二匹紛れ込んでいるようです」
親衛隊員が管理室でカメラ越しにフック艦長と草薙を視認する。
『私は忙しいのだ、デザインアーミーでも送って始末させろ』
「は!」
『……Gブロックか、そのままFブロックに誘導して青酸ガスで殺せ』
「了解!」
壁の一部の肉塊が膨れ上がる。
俺はそれを見て何かを感じた。
「艦長、伏せて!!」
肉塊が破裂し、中から兵士が出てきた。
その兵士はアサルトライフルを装備しており、四方八方に乱射した。
俺は拳銃で彼らの脳天を撃ち抜く。
しかし、兵士は次々湧いてくる。
俺は発煙筒を投げつけた。
「艦長!」
銃で牽制しながら艦長と共に走って逃げていく。
青銅の機械でできた部屋に出た。
兵士達が追いかけてくる。
俺は通路の角に隠れ、迫り来る兵士を撃っていく。
「艦長、俺がここを食い止める、出口を探してくれ!!」
しかし、艦長は別の何かを察知していた。
「いや、ここは危険だ……」
艦長の視線の先、青銅の機械から何かが噴き出していた。
紫色の気体。
空気より重いそれは、階段下から迫る兵士を覆った。
その気体を吸った兵士たちが突如腐敗し、白骨化する。
骸骨がこちらにむかって勢いよく襲いかかった。
「ごぎょああああああああっ!!」
俺はその骸骨の胴体を蹴った。
すると、脆くなった骸骨は粉々に砕ける。
艦長は何が理解したかを理解した。
「毒ガスだッ!!」
俺達はすぐに口元を塞ぐ。
足元が徐々に紫色になっていく。
上りの階段を行くしかない。
俺達は毒ガスから逃げるために走っていくも、上からも兵士たちがやってきた。
俺は彼らの脳天を次々と狙い撃っていき、展望台のようなエリアに出た。
前方に何かの装置があり、周囲に地球儀や天文学の本がある以外は特に何もない、ただの行き止まりだ。
毒ガスは刻一刻と迫る。
「草薙……待ってろ」
艦長は装置に備わっている操作盤を弄る。
流れるような操作に目を奪われるが、足元が毒ガスで満たされた。
「まずいぞ……」
艦長は最後の入力を終わらせた。
すると、周囲の壁が開き、正真正銘の青空が露わになった。
毒ガスは風の流れに消えていった。
俺は周囲を見渡した。
どうやら翼の中腹にいるようだ。
もう来た道は毒ガスで満たされており、戻れない。
機体中央の隆起した部分に扉が見えた。
「ここからあそこまで走るしか無いな……」
艦長はそれに対して頷く。
中央区画への道には強い風が吹き、周囲には無数の砲塔がある。
俺は深呼吸した。
「出たとこ勝負だな……」
ゾディアックの鋼鉄の装甲を蹴り、俺は勢いよく飛び出した。
自動防衛装置が作動し、砲台が一斉にこちらを向く。
強い風にあおられ吹き飛ばされそうになるも、踏みとどまり、飛び交うレーザーを避けながら向かう。
「届けえええええっ!!」
俺はギリギリで扉のドアノブに掴まった。
来た道を見ると、レーザー攻撃で炎上している。
艦長と合流するには内部から行くしか無い。
扉についた窓から中を見渡す。
中は3名の親衛隊員と思わしき軍服の人と複数のモニターだ。
「ここは管理室のようだな……」
俺は艦長にハンドシグナルでこれからの行動を簡潔に伝える。
俺はハンドバズーカに弾を一発装填し、拳銃を構える。
「出たとこ勝負……よし!!」
艦長は俺の様子を見守る。
俺は勢いよく扉を蹴り出し、それで怯んだ隙に1人の親衛隊員を撃ち、ハンドバズーカでこちらを狙う1人を吹き飛ばした。
「させるかよっ!!」
相手は銃剣を構えてこちらに向ける。
俺はデスクの下に伏せ、銃撃を避けた。
俺はデスクの下から拳銃と手だけを出し、さっきの位置関係から勘で発砲した。
「ぐわっ!!」
命中。
管理室の制圧が完了すると、俺はトラップの制御盤を探す。
見ると親衛隊員の席の近くに、怪しげなドクロの描かれたものがあった。
これが毒ガス発生装置か……。
俺はそのダイヤルを回し、機能を停止させ、代わりに空気浄化システムをフルパワーにした。
「これでひとまず止まった」
俺は外に出て艦長にハンドシグナルで毒ガスが消えたことを伝えた。
すると艦長は武器を取り出し、先程まで毒ガスの満たされていた通路へと戻る。
俺も先を急ぎ、ドアを開けようとするも、どこかで別の方式で閉じられているのか開かない。
それをハンドバズーカで破壊する。
最後の弾を使い終えると、その場に捨てて走っていく。
途中で艦長と合流し、先を急いだ。
シオンはラマルから逃げ、奥へと向かった。
そこは、見覚えのある空間だった。
円状に広がり、周囲には衣を纏った人間の石像が並んでいる空間、それは地底樹海にあった遺跡と同じものだった。
ラマルの足音が近づいてくる。
「かくれんぼは終わりだよ、王女様」
シオンは観念して振り返った。
「石は捨てた、私にはもうなんの力もないわ!!」
「嘘は良くないな、君はクリスタルを捨てられないはずだよ」
ラマルは周りを見渡し、微笑みながら言った。
「ここは真の玉座の間。君と二人で永劫の刻を過ごすのだよ」
その様子にシオンは呆れ果てる。
「もう、貴方を慕う人なんかいないのに……」
「君は一つ誤解をしている」
ラマルは静かに語り始めた。
「こんな帝国に価値などない。私以外の人には等しく価値がないのだよ。役に立つか立たないか。これだけの違いではないか」
「私はね、この世界の神となる男なんだよ。神から見たら人の慕うとか慕わないとか関係ないと思わないかね」
彼は「それに」と付け加える。
「圧倒的な力を見せつければまた屈服するはずだよ」
シオンは首を横に振る。
それから、彼女は今までとは違う凛々しい表情で言葉を紡ぎ始めた。
「ヒトが神に成り変わる? そんなの滑稽だわ」
彼女は力強く言う。
「どんなに科学の力を持ってしても、ロボットや人々を無理やり従えても、あなたは1人の人間でしかないのよ!」
「人は愛しあって支え合って1人ではできないことも皆で成し遂げる、それが……!!」
拳銃の乾いた音が響く。
右肩に直撃する。
「次はもう片方を撃つぞ。私という神は優しくないのでな」
ラマルはシオンに少しずつ近寄り、優しく語りかけ始めた。
「王女様として私の側にいれば、病気にも死にも老いにも恐れる必要はなくなり正に永遠の生命を手に入れることだってできるのだよ。共に2人で千年王国で暮らそう。そのためのクリスタルだよ。人類の夢、永遠の命さ……」
シオンはそれを真っ向から否定した。
「そんなものいらない!!」
シオンは強くラマルを睨みつけて言う。
「どうして古代ホルスーシャ人が科学を捨て、地で人や自然とともに生きるようになったのか、どうして神に近い存在であるはずのバビロンが寿命を迎えたか、今ではよく分かるわ」
次の瞬間、左肩にも風穴が空いた。
「シオーーーン!!!」
俺達は銃声を聞いてその部屋へと急いだ。
シオンの姿を見て、俺はその相手を睨んだ。
「翼君……艦長……来ちゃ駄目!!」
シオンは涙を流しながら叫ぶ。
俺は叫ぶ。
「イヤだ!! 俺は、シオンをお前なんかに渡さない!!」
艦長も遅れて部屋に入り、息を切らしながら言う。
「……貴様の目論見は全て潰えたぞ……!!」
俺達2人はラマルに対し銃口を向ける。
ラマルはそれに対しあくまで冷静さを保ちながら言った。
「二人がかりでそのピストルで戦うか? 負けんがね」
「……ラマル……やはりお前だったのか……」
俺はかつての宿敵を見つめる。
「ふふ、顔色1つ変えない、実に勇敢だ」
石が天井から落ち、地に着く音がする。
乾いた発砲音が同時に4つ鳴った。
1つは俺の、1つはフック艦長の、そしてもう2つはラマルの銃からだった。
ラマルは気づかぬ間に両手に拳銃を持っていた。
フック艦長の放った銃弾はサングラスの縁を掠め、顔の横を素通りしていった。
しかし、ラマルの放った1発は俺の放った1発で撃ち落とされるも、もう1発は艦長のお腹に命中した。
バレット・ディフレクトも奴のヒドゥン・バレットには無意味だった。
「やはり運は私に味方したようだね。いや、実力というべきかな」
ラマルは拳銃を指先で回しながら笑う。
「敢えてお腹にくれてやったのだよ。放っておけば彼は苦しみながら死ぬぞ。ホルスーシャの科学力があれば簡単に癒せるがね」
艦長は銃創に痛む腹を抑えながら大声で言う。
「人には……科学力よりも……大切なものがある……それは、絆だ、愛だ!! 心を上回るものなど、あるはずがない!!」
それは奇しくもシオンと同じ言葉だった。
「ほざけ!!」
ラマルは再び発砲する。
リボルバーを折り、空の薬莢を捨てるとすぐに次弾を装填する。
ラマルは冷たい目で艦長を眺めながら吐き捨てる。
「そんなものは綺麗事だよ。人間の薄汚さ、無能さに私は呆れ果てている」
艦長はそんな彼を見て、傷を抑えながら言葉を紡いだ。
「馬鹿者め……クリスタルは力ではない……。貴様なんかには一生理解できない……」
「もうやめて!!」
シオンは争う姿を見て思わず叫んだ。
それから、静かに言った。
「……翼に話したいことがあるの……」
ラマルはその健気な様子を見たからか、笑みを浮かべながら言った。
「ふむ、最後の別れの言葉かね。2分だけ時間をやろう」
シオンは両肩の出血を抑えながら俺の元に来る。
俺は彼女に告げた。
「大丈夫、アクエリアスは無事さ。合図を出したら一緒に逃げよう」
それだけを彼女に伝えると、俺は艦長に向かってハンドサインを出した。
艦長は仕込んでいた無線機でアクエリアスの艦橋に連絡する。
「アクエリアス……アクエリアス……聞こえるか。こちら艦長。今すぐ機関は動かせるか」
『はい……なんとか……!!』
その連絡先はラクシェネラだった。
「パルスカノンを私から53右にずらした位置に撃て。その後は全速でこちらの位置に直進しろ」
『……了解』
ラマルは腕時計を見てから言った。
「さあ、時間だ」
彼が死刑を宣告した瞬間、激しい閃光と轟音が辺りを包んだ。
アクエリアスのパルスカノンだ。
そのエネルギーは艦内を貫通し、奥にあるゾディアックのクリスタルとモノリスを破壊した。
ラマルはその衝撃で吹き飛ばされ、気を失う。
その後、激しい地響きとともに、アクエリアスが強引に掘り進んできた。
「ゾディアックのクリスタルは撃ち抜いた。すぐにこの船は墜ちるぞ!!」
艦長の言う通り、徐々に崩れていく。
満身創痍の艦長とシオンは皆に抱えられながら格納庫へと入った。
「全艦、発進準備だ」
今すぐにでも息絶えそうな艦長は抱えられながら号令をする。
船医のシノノメが言った。
「艦長、喋らないでください!!」
アクエリアスが再び発進しようとすると、誰かが走ってくる。
虹色のサングラスの半分が割れ、頬の傷から血を流すラマルがこちらに向かってきていた。
俺は手を伸ばす。
そんな様子を見たマルコは思わず言った。
「おい、アイツも助けるってのかよ、とんだお人好しだぜ!!」
もっともな意見だ。
「でも、見殺しにはできない、俺達は、救うためにここまで来たんだ!!」
俺はマルコを見つめる。
それは、俺の決意だった。
今まで殺し合うことを避けられなかった。
だからこそ今だけでも誰かを救いたいと願った。
その勢いには彼も思わず押された。
「ケッ、好きにしろよ。困ったら言いな。助けてやる」
「……ありがとう」
俺は格納庫の縁から走るラマルに手を伸ばす。
彼の足元が崩れるも間一髪で掴まえた。
後は引き上げるだけだ。
しかし、ラマルは俺に対しこう言い放った。
「しかし艦長も君も馬鹿だよ……。あの時、パルスカノンで私を撃てばよかったものを。優しさが仇となったな」
「そして今も!!」
俺を掴む手を強く引っ張り、シオンのクリスタルに手を伸ばす。
ラマルは「この力さえあれば……」と勝利の笑みを浮かべる。
クリスタルが光を放ち、ラマルの腕を消し飛ばした。
クリスタルは血統以外の人間が触れた時……それも、強く拒絶した時は、体の一部を消し飛ばす。
「そんな……この私が……馬鹿な……神である……私が……」
彼は忘れていた。
王族以外が触れると、クリスタルはその身を消し飛ばすことを。
ラマルのサングラスが完全に割れ、人としての表情を見せた。
彼は身体を支えるものを失い、重力に引かれ落下していく。
俺は彼に引っ張られたことで落ちそうになったが、間一髪、マルコがもう片方の腕を掴んで助けてくれた。
ラマルの姿がやがて粒のようになり海に消えていく。
ゾディアックの胴体が海の中に沈む。
そして、海底に眠る都市の中で、大爆発を引き起こした。
その爆発は上空からでも目視できるほど。
如何に強力なエネルギーを秘めていたかが伺い知れる。
「おい、シオン、シオン!!」
シオンは呼吸も絶え絶えになっていた。
出血多量により、もはや意識がない。
同時に、艦長も同じような状況に陥っていた。
「ねえ! 艦長が息してないの!!」
ラクシェネラが涙を流しながら走ってくる。
「どうして……わたしは……どうしていつも……いつも……」
ロシェアを失った彼女は今再び彼を失おうとしている。
艦長は最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「ラク……シェネラ……」
「艦長!? 艦長!?」
ラクシェネラにとってそれは残酷な言葉だった。
「……私の事はいい、そのクリスタルはシオンと帰るために使え……。これは艦長命令だ……帰るまでが……戦争だ……」
艦長は遠い目をしながら今までの旅、そして人生を振り返る。
「全て……思い出した……22世紀の……イタリア……」
「私は……その時も……闘いに……明け暮れていた……」
――走馬灯……故郷の情景が浮かぶ。
「私の手は……血に塗れていた……」
――海を覆う軍艦、そして炎と煙。
「そんな私の手を握った……戦友でもあり……我が妻……」
――燃える家族の写真。
「ラクシェネラ……いや、バビロン……」
異なる世界とのパスを閉じている今、召喚には生贄以外にも条件があった。
それは縁だった。
俺はラマルとの繋がりによって、艦長はバビロンとの繋がりによってこの世界に喚ばれたのだ。
私が死の間際に思い出したもの、それはこの世界をこんな状態にした全ての元凶であるバビロン。
第三次世界大戦の最中、私の家族は次元兵器に巻き込まれた。
――彼女は、自分の生前の妻だった……。
――大昔のこの世界に飛ばされた彼女は孤独だった。
――孤独は人を狂わせる。
――彼女は、家族にもう一度会いたいという目的の為だけに、この世界に人類を造り、世界を繋ぐ術を確立した。
――それでも彼女は神ではなく、人のまま、私に会いたかった。
――ラクシェネラの中に宿る、彼女の魂が消える。
――私はこの世界から、最期に妻の愛を感じた。
――そこに居たのか。
ラクシェネラは涙を流しながら一言。
「そのクリスタルの力は……シオンに使ってあげて……」
俺はその表情に思い悩む。
「で、でも、フック艦長も……」
「上官の命令よ!!」
ラクシェネラは涙を流しながら大声で言う。
その後、彼女は嗚咽しながら蚊の鳴くような声で言った。
「彼はもう休ませてあげたいの……」
ゆっくりと目を瞑る艦長に対し、彼女は囁くように言う。
「艦長……安らかに……もう、戦いのない夢を……永遠に」
俺はシオンのクリスタルに手を触れる。
眩い閃光と激しい痛みが全身を襲った。
「うがああああああああああっ!!」
脳内に声が直接響く。
『――妾を呼び覚ました者はそなたか』
『――妾は古代ホルスーシャの民だ』
『――死にゆくものを救うのはそれなりの代償が必要だ。そなたにその覚悟はあるか』
「俺はシオンを愛してる!! だから、俺はシオンを助けたい!!」
『――このクリスタルを失うことになろうとも、そなたの身体を奪おうとも構わぬか』
「ああ、俺はどうなってもいい。でも、シオンだけは助けてくれ!!」
『――いい覚悟だ……』
クリスタルの光は更に増し、シオンや俺を包んだ。
やがて、クリスタルは光を失って消滅する。
俺は光の中、がむしゃらに叫んでいた。
「シオン……!! シオン!!」
その言葉に、シオンはまぶたを動かす。
「うんん……?」
彼女は目を覚ました。
「翼君!」
シオンは立ち上がり、俺に抱きつく。
俺は彼女を心配した。
「大丈夫か?」
シオンは自分の体のあちこちを探った後、頷く。
その後に俺に対して聞いてきた。
「そっちこそ、クリスタルを使ったのに、どこもおかしいところはないの?」
もっともだ。
代償がどうとか言っていた気がするが、自分の体に異常はない。
「ああ、何故か、不思議とな……」
「きっと、永久に変わらない愛の力ね」
ラクシェネラは涙を拭いながら、その様子を語った。
「わたし、電子機器を使えなくなったみたい……。操作が分からないの」
当然だ、今まではバビロンの魂が憑依していたのだから。
「ラクシェネラさん……」
俺は彼女にキャプテンハットを渡した。
「今のアクエリアスの艦長は、元副長のラクシェネラさんですよ。電子制御は俺に任せてください。もう、戦うことはありませんから」
俺は彼女の席についた。
「艦長、号令を!!」
ラクシェネラはキャプテンハットを被り、力強い声で言った。
「ええ、では隠れ里に向かって、発進!!」
庭園を抱えた大陸は今も尚、空を飛んでいた。
園丁用オートマトンが動物たちと共に歩いて行く。
今まで通った虹色の海や砂漠、火山など、あちこちを超え、再び故郷へと帰還した。
「俺達……帰ってきたんだ……!!」
そこには、大勢の人々が待っていた。
草木一本存在しない不毛の大地。
空襲で焼け焦げ、破壊された山々。
地下の隠れ里も限界を向かえていた。
しかし、人々の希望は絶えていなかった。
それを俺はこう纏めた。
「希望を信じる皆の心が彼ら自身を生かしたんだ」
アクエリアスを海に着水させ、俺達は降りて岸からその姿を眺める。
ヒラガは最後に降り、最終確認を取る。
「もう残ってる人はいないな?」
アクエリアスは徐々に艦首を上げていく。
内部に浸水し、沈んでいっているのだ。
その姿に皆涙していた。
俺は無言で敬礼する。
シオンは浅葱色のクリスタルを握って言う。
「ありがとう、アクエリアス」
そして、シオンは目を閉じて、最後のクリスタルを使った。
眩い閃光が周囲を包み、不毛の大地に花と緑が戻った。
数日後、俺はタキシード、シオンはウエディングドレスに身を包んでいた。
隠れ里の大きな式場を借りて俺達は結婚式を挙げることにしたのだ。
「悪いけど、もう時間みたいだ」
俺の手は透けていた。
別れの時間が来たようだ。
「俺は、この世界に悪い影響を与えない内に戻らないといけない……」
「……うん……」
「俺の世界に連れて行ってやれなくてごめんな……」
俺は涙を流しながら謝る。
「ううん、なんど生まれ変わっても、必ず翼に会いに行く」
「同じゲーム遊んで、協力して、時には対戦だってしたい!!」
「だから……」
俺は彼女の口を塞いだ。
彼女は涙を流し、優しく微笑む。
「――ありがとう」
俺はもうこの世界にはいなかった。
彼女は静かに泣いた。
もう決して会うことができない。
鐘の音色はそんな虚しい現実を告げてるかのように鳴り続けていた。
あれからこちらの世界で色々なことがありました。
人々はすっかり地上生活に戻ってるみたいです。
戦争に使われていたエネルギーも生活に回され始めて、人々の暮らしがより良いものになってるかなと想います。
マルコさんは漁港で釣り三昧の毎日を送ってます。
毎日釣れてるかなってからかいに行ってます。
ヒラガさんは復興のため、その天才的な頭脳を生かしているみたいです。
最近ではテレビというものを生み出して、離れた相手にも映像を届けられるようになったんだとか。
アクエリアスではごく普通の当たり前の事だったけど、こうして振り返るとすごい発明だったんだって。
空中海賊の皆さんは……相変わらずみたいです。
お宝を探しに向かって世界中を駆け回ってて楽しそう。
ロギータさんとタカザキくんもいつも通りって感じで砂漠に行ったとか。
なにやら石油を掘り当てたみたいで、もしかしたら今一番のお金持ちかもしれないですね。
ラクシェネラさんは新政府の首相としてバタバタしている世の中を纏めているみたい。
日々の激務で、以前に酒のお供をした時は愚痴三昧でした。
それでも、平和になった証拠だと思うと今が幸せとも言ってました。
それから、私はもうすぐお母さんになるみたい。
翼君と似たカッコイイ子になるのかな。ちょっと楽しみです。
翼君にも見せてあげたかったな……。
「おーい、何を長々と書いてるんだ?」
遠くから手を振る男性が見える。
「超大型調査船ワイルドギース号の進水式が始まっちゃうぞー!」
私は綴っていた手紙をその場に置き、走って部屋を出た。
俺は現実で目が覚める。
ゲーム用通話アプリに新規参加者が入った通知だ。
「はじめまして、シオンです。よろしくね」
そのニックネームと聞き覚えのある声に思わず涙が流れた。
「――ああ」
異世界戦艦アクエリアス 冬見ツバサ @fuyumi283
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