出会って1秒でお握り
黒星★チーコ
ナニをにぎる?
「『そーせーじぃ』さん、ですか?」
そう声をかけられ、私はガラにもなくドキッとしてしまった。
彼とはSNSで知り合った。すぐに同じ趣味だとわかって盛り上がり、是非会ってみたいねとなったのだ。
そして今日、同好の士が集う、特殊な設備を備えたカフェバーで彼と待ち合わせた。
私は少し躊躇いながら声をかけてきた彼を見る。
ああ、送られてきた画像で見た通りの厚い胸、太い腕、日焼けした肌。写真には顔は映していなかったが、この大胸筋と上腕二頭筋を見間違えるわけがない。
「……『利きプロテイン屋』さん、ですね!」
「はい、なんだかアカウント名で言われると照れますね」
「ふふっ、そうですかね? ……じゃあ、ヤりますか」
「はい」
そうして、出会って1秒……は大袈裟だが、一瞬で私は彼のアレと、確りと固い
「んんっ……ぐぅっ!」
「んはぁっ!……はぁ、はあっ……」
1ラウンドが終わり、私達は荒い息を整えながら見つめあう。そこに言葉は要らない。ただ、最高の瞬間を分かち合ったという気持ちが通じている。私達は喉を潤しただけですぐさま第2ラウンドに突入した。
「あっ、あ、あああ!!」
「ふふっ、もう終わり、ですか?」
「くっ、まだまだ!」
彼は眉間に深い皺を刻み、何とか耐えようとしていた。その身から汗と共に素晴らしい若さと力が迸っている。
しかしこちらは伊達に年を食っていない。彼の攻め方は1ラウンド目でもう見切った。彼がその若さと力を全力でぶつけてくるならば、私はそれを全身で受け止め、かつ私のテクニックで彼を落とすまでだ。
私は自分の口の端に意地の悪い笑みが浮かんでいるな、と自覚しながら言った。
「じゃあ、これは?」
ほんの少し、ほんの少しだけ。握った指先の角度や力の入れ方、手首のスナップを変えて彼を更に攻める。途端、彼はビクリと反応し額に青筋を立てた。ふっ、まだまだ若いな。
「んあああああ!!!」
あっさりと彼は陥落し、私の手の中のアレはクニャリと力が抜け柔らかくなった。
しかし流石に私も二連戦はキツい。汗まみれの身体をテーブルに預けて息を整える。と、テーブルの向こうの彼の目が戦意を失っていないことに気づいた。
何という回復力だ! 嗚呼、これだから若いヤツらは。
「さ、1勝1敗です。早くヤりましょうよ」
「はぁ……いや待ってくれ。こっちは老体に鞭打ってんだからさ……」
「やだなぁ。まだまだお若いじゃないですか」
「いやいや私、ハンドルネーム通り、『じぃ』だから」
「エッ!?……まさかお孫さんがいる、とか?」
私は額の汗を拭いながら軽く笑った。というかニヤけた。孫の事を考えると自然と顔が蕩けてしまう。
「そ、男の子。すんげーかわいいんだ。写真見る?」
スマホの壁紙に設定した二歳の孫、
「うわー、カワイイっすね! これは将来楽しみですね~。もう早速勝負とかトレーニングとかしてたりして?」
「ははっ。バレたか。時々『じぃと勝負だー』って手合わせしてるよ」
「で、勝ちを譲ってあげるわけだ。俺にはガチ勝負で譲ってくれないクセに」
彼はそう爽やかに笑って言いながら、腕を外側に倒すゼスチャーをする。
「そりゃそうだよ。君みたいな若者がこんな耄碌ジジイに譲られてどうする。ほら、アッチに居る若いもん同士でヤってきな」
「そちらは?」
「私は君らの勝負でも見ながら休憩するよ。ほら、丁度軽食も来たし」
「じゃあ、後で決着つけましょうね」
「ああ」
私は店員が運んできたおにぎりを食べながら若い客同士の交流を微笑ましく見つめる。
『利きプロテイン屋』さんは、丁度フリーでやって来たファイターとひと勝負することにしたらしい。
このカフェバー【アイアン・フィスト】に集う同好の士は皆気さくな奴らばかりだ。たとえ出会って一秒の相手でも気軽に勝負を請け合い、テーブルに特別に備え付けられた
レフェリー役の店員が二人の握りあった拳に手を掛けた。
「レディ……ファイッ!!!」
ああ、やっぱり
出会って1秒でお握り 黒星★チーコ @krbsc-k
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