第12話 騎士学校

 とまぁ、そんなこんなありつつ僕はベルフォルマ家の一員として馴染んできた訳なのだが。先日、大きな動きがあった。


「騎士学校?」


「ああ、聞くところによれば君はまだ初等教育を受けていないそうじゃないか。君が聡いものだから失念していたけれど、ベルフォルマ家としては是非とも君にも教育を、と思ってな」


「……僕が種族柄昼夜逆転しているのは周知の事実だとは思うのだけれど、その辺りは大丈夫なのか」


「無論だ。……と言うのも、“ザビナーの悲劇”以来各界域に居住している吸血鬼を保護する流れが強まっていてな」


「成る程。つまり、例の件で絶対数の減った吸血鬼を飼い慣らそう、という訳か。夜間の吸血鬼は幻神を除けば最強。暗殺、密偵、強襲、何でもこなせるワンマンアーミーとあれば界域で保護して懐柔にかかるのも道理だ」


「まぁ、端的に言えばそうなる。それで、どうだ。行ってみる気はあるか」


「勿論だ。僕はヴラド・N・ベルフォルマ。ベルフォルマ家の一員なれば、家長の取り決めに否とは言わない」


「はぁ、セバスチャンが舌足らずがなくなって以来扱いが難しくなったと言っていたが、まさかこれほどとはな」


 あ、因みに最近、漸く舌足らずがなくなった。お陰様でひらがな表記からご立派な漢字表記にランクアップした。どうだ。見易かろう。成長、万歳だ。

 とは言え手放しに喜べるかと言えばそれは否である。何故ならこの先、確実に僕の下の心が目覚めてしまうからである。人それを精通と呼ぶ。

 そもそもの話ティアーシャしかり、ばあやしかり、この世の女性は余りにも股間に毒なのだ。いや、見方を変えれば寧ろ満漢全席まであるが、ニュートラルを自称する身としてはひたすら厳しい。

 どぷん。たぷん。ゆさっ。ぶるん。街に一歩出ればそれだ。ドスケベが過ぎる。しかも、吸血鬼の行動時間が夜という事はまぁ……しっぽり致す輩は多い訳で。至る所から嬌声の響く街は、健全な少年には些か刺激が強すぎた。僕に性交の経験があれば話は変わったのだろうが、悲しいかな僕は童貞である。

 正しく、僕の前に道はない僕の後ろに道はできる。いやそれは道程か。


 まぁ要するに僕は前話から一年が経ち、立派なエロガキへと変貌を遂げたのだ。これにはカフカもビックリ……は、しないか。御大はきっと妥当だと頷くだろう。


「扱い難いとは心外だ。僕ほど扱い易い吸血鬼はいないと思っている。例えばそうだな。ティアーシャ、今僕にやって貰いたい事はないか」


「やって貰いたい事か……ならば、肩揉みを頼もうか。この頃は政務が多くて、肩が少し重くてな」


「ではそれを、僕の耳元で、なるべく囁くような感じで」


「は、はぁ。……肩揉み、頼めるか?(小声)」


「イエス・ユア・マジェスティ」


 腰の浮くようなゾクゾクとした感覚がした刹那、気付けば声に出していた。しかしそれも仕方あるまい。魅惑の囁きに、釣られない男などいないのだ。


「成る程。確かに扱い易いな君は。ただ、外でそれが露見するのは宜しくない。人は選べよ」


「無論だとも。僕を容易く動かす声質の持ち主はばあやとティアーシャ以外いない」


「そ、そうか……にしても、手慣れていると言うべきか。将又上手と言うべきか。君にはどうやら按摩士の才能があるようだ。中々に心地良いぞ」


「お褒めにあずかり恭悦至極。吸血鬼のスペックをフル活用した甲斐がある」


「吸血鬼のスペックの無駄遣いだ馬鹿者……。とは言え、君の愉快な一面が知れたし、学校についても良い返事が聞けた。収穫としては上々か」


「特上くらい言って良いと思うぞ」


「そういう、調子に乗る性格は、あまり良くないのだがな……」


「人間、調子に乗ろうが乗るまいがやらかす時はやらかすもの。だったらせめて調子に乗って気分良くやらかそう、というのが僕の信条だ」



♪ ♪ ♪



「調子に乗ってるんじゃねぇよ、引き篭もりのコウモリ野朗ッ!!」


 ブン殴られた。

 親父にもぶたれたことが無いのに。

 にしても調子に乗ってる。調子に乗っているか。駄目だ。思い当たる節が多過ぎて絞れない。


「調子に乗ってる、とは、学校にイマリティを持って来たことか。それとも送り迎えの際にティアーシャとベタベタしまくった事か。それとも訓練の時間に君達をボコボコにした事か。一体、どれの事なんだ?」


「全部だよ馬鹿野郎!!」


 僕の信条、否、忍道は曲げられない。

 曲げたい事もあったが往々にして曲がらない。ああ、げに難しきは人間社会なりけり。


「もうちょっとで夜明けだ。真祖つっても辛ぇだろ!! 夜明けって奴は!!」


 何故こんなことになったのか。

 その起こりは少し前、具体的には僕の入学式まで遡らなくてはなるまい。

 つまり。そう。

 次回から新章、名付けるならば学園編が始まっちゃうのである。

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