第11話 イマリティの男性ジジョウ

 さて、そんなこんな妙ちくりんな場面で分岐を超えた感のある僕なのだが、ここで極めて重要な、英語で言えばモストインポータントな出来事が起きていた。……なんだろう。英語で言った方が馬鹿っぽい。そもそも英語にすれば何でもカッコいいという発想がそもそも馬鹿っぽいというのはあると思うが。

 まぁそれはさておくとして。


「あぁ、もう分かったよ。俺はお前の血袋として振る舞う。それで満足かよ、ゴシュジンサマ?」


 イマリティの少年が、遂にデレたのだ。

 或いは僕の脅迫に屈した、とも言えるかも知れないが。やはり靴舐めは脅迫にて最強。


「それで、おまえのなまえは」


「……レイだ。ま、覚えなくても結構だ。血袋でも何とでも呼ぶが良いさ。お前にも立場ってのがあんだろ? 俺は理解ある血袋だからな。呼び方一つに一々拘泥しやしないさ」



「よし、よろしくたのむぞ。ちぶくろ」


「……お前、整ったツラに反して性根が腐ってんな」


 理解ある血袋ことレイは吐き捨てるようにそう言うが、言葉の割に表情はそこまで……嘘だ。露骨に滅茶苦茶嫌そうだ。こちらとて出来得る限り友好的に接しているつもりなのに。主観の相違と言ってしまえばそれまでだが、あっちは襲撃して来た側で僕は襲撃された側で、家族漏れなく死んだ挙句故郷も消えたのだから……あ、いや。この話は止そう。ネガティブな話にしかならない。

 話題を転換しなければ。


「にしても、イマリティとはいったいなんなんだろうな」


「あ? 何だってのは何だよ」


「イマリティとはきょうぶがいちじるしくうすいやからのそうしょうときいた。ひんこんであるとも。しかし、ではだんせいはいったいどうなるというのだ」


「あぁ舌足らずな癖して語彙だけは豊富なのが困りモンだよなお前。イマリティの男なんて端的にモブ顔してるから見れば一目で分かるだろうよ。高貴なお貴族様とは顔の造詣が違ぇんだ」


「ふむ?」


 モブ顔。モブ顔。思い返せば館にいた頃の顔面偏差値は僕を含め軒並み高かった。何と言うか、横を見れば主人公、前を見ればヒロイン。振り返ればまたもや主人公みたいな。あの様子はさしづめ、イケメン牧場、と言えば良いか。面の悪いというか、有り体に言えばモブ顔の人物なんて見た事がない。

 が、それだとちょっとおかしい。


「な、何だってんだよ。そんな近付いて。言っとくけど俺は便宜上血袋なだけで血をくれてやる事に同意した覚えはない」


「いや、なに。おまえはぼくほどではないがよいつらをしているとおもってな。もしや、おまえのとおいそせんはじゅうのしぞくのいずれかとまじわったのではないのか」


 レイは、明らかにモブ顔じゃないのだ。褐色の肌はガサガサボロボロ……と言うわけでもなく健康的な小麦色だし、瞳も美しい円形。それを彩る黒いまつ毛は僕程では無いがそれでも長い部類だろう。勝気そうな吊り眉は好みが分かれるだろうが僕としては断然アリだ。何と言うか僕には無い男っぽさがある。

 僕のお顔は滅茶苦茶整っているのは周知の事実だろうが、今のところ男っぽいカッコよさとかではなく、線の細さに起因する儚げな雰囲気の方が勝ってしまう。だから、自分にないカッコよさ、というのは少なからず眩しく見えるのだ。

 まぁ、話を戻せば、レイは主人公でこそないものの乙女ゲーの攻略対象になりそうな程度には端正な顔つきをしている。

 ああ、この結論を導き出すのに二百五十字程度を要してしまった。やはり性癖が取っ散らかった結果思考までもとっ散らかってしまったのだろう。次はもう少し短縮できるよう努力しなければ。


「お、お前は自分の面の良さを自覚しやがれ!! 人の顔を覗き込むな!!」


「しんがいだな。ぼくのつらのよさはぼくがいちばんよくわかっている。なにせ、とおさまとかあさまからうまれ、ばあやにあいされたげいじゅつひんだ。これがみにくいわけがあるものか」


「だぁぁぁぁぁ!! 駄目だコイツ頭のネジが三本位ぶっ飛んでやがる!!」


「しかし。しかしだ。おまえもなかなかわるくないかおだをしているな。……だからこそ、ねたまれることもあっただろう」


「お、おう?」


「だがこれからはそのしんぱいはふようだ。なぜならぼくはうつくしい。そしてはなはだふほんいながらかわいい。せんぼくのたいしょうは、おまえではなくこのぼくだ」


「おっ、そっかぁ……」


「だから、もう。ねたみゆえに、なかまからきりすてられることはない。ぼくは、おまえのことをちぶくろとしかおもっていない。ねたむべきようそがない。……だから、その、なんだ。とにかく、しんぱいはいっさいふよう。それだけはおぼえておけ」


 うん。さすが僕。

 一瞬で相手のプロファイリングを完了しつつ、相手を慮る言動を差し込む事で好感度を稼ぐ高等技術を一発で成功させるとは。自分の才能が心底恐ろしい。

 皆まで言うな。この少年の祖先は恐らく何処かの氏族と交わった、所謂混血の仔なのだ。故にモブ顔だらけのイマリティ社会の中では浮きに浮き、結果的に仲間から見切りを付けられたのだろう。醜い嫉妬ゆえに。

 ……。

 …………この好感度、稼ぐ必要あっただろうか。

 いや、多分あった。メイビーあった。パハップスあった。アブソリュートリーあった。筈。


「お前って、愉快な奴ってよく言われたりしねぇか?」


「ああ、そういえばけさにもティア―シャさんにそんなことをいわれたりしたが、それがどうかしたか?」


「いや、何でもねぇ。……そうか、氏族にもこんな奴がいるのか」


 何でもねぇ、から続く言葉は聞こえなかった。





 と言いたかったが、こちとら吸血鬼。バッチリ聞こえてた。まぁ意図しない好感度の上昇の仕方をした気がするが、結果オーライか。

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