第9話 君の靴を舐めたい

 僕が正式にベルフォルマ家に養子として迎え入れられた直後は兎に角忙しかった。

 各方面への顔見せやら各種書類の申請、及び提出。等々……吸血鬼の朝昼に弱い性質も相まって相当に消耗させられた。

 まぁ一番忙しかったであろう人物は間違いなくティア―シャなのだが。

 何せ彼女は“ザビナーの悲劇”の原因究明をしながら諸界域に入念な根回しを行っていたのだから。

 これはセバスチャンから聞いた話なのだが、どうやら諸界域は“ザビナーの悲劇”の原因は“ラコクマ”にあるのではないかと疑っているらしい。

 そんな中、“ザビナーの悲劇”の生き残りである真祖の子供が“ラコクマ”の貴族に流れたともあればあらぬ疑いを掛けられるのは想像に難くなく……もう既に様々な動きが各所で始まっているらしい。

 そんな時期に僕を養子に迎えるのを断行するなよ、なんて思ったのだが、これまたセバスチャン曰くこれは炙り出しなのだそう。


『主は、クソ忌々しきイマリティのみならず精霊と鋼人が本件に絡んでいると踏んでいます。そこで、ヴラド様を餌に各界域の反応を伺うつもりなのでしょう』


 子細は語ってはくれなかったがそういう事らしい。僕には政治が分からぬ。けれど高度な駆け引きがそこにあることだけは理解出来た。

 しかしこの問題は他人事ではない事もまた事実だった。


「さて、改めて君の記憶を整理しよう。先ず、いつものようにばあやと共に両親のイマリティ狩りを待っていた。しかし夜明け近くなっても両親は帰って来ず、代わりにイマリティが屋敷を襲撃、そこで両親の首を目視。ここまで間違いないか?」


「それはまちがいない。……あんなにもとりみだしたばあやは、はじめてみた」


「そのままイマリティの団体が屋敷へ侵入そして……」


「ばあやが、ころされた」


「……すまない。傷口を抉るような真似をして。しかし君の証言はとても重要なものなんだ。……しかしそうなるとやはり謎だ。何故君がこの界域に来たのか。始めは真祖たる両親が決死の覚悟でもって投げ飛ばしたものとばかり思っていたがそれでは時系列が合わない。君は、一体何故……。それにイマリティである君の血袋ですら負傷……同族だからと言って仲間意識は無かったのか? 謎は深まるばかりだ」


 ティア―シャさんが僕を引き入れた理由は完全に慈善と言う訳では無い。先日起きた悲劇の原因究明のための貴重な生き証人。それが僕だったからだ。

 そういう訳で僕はその辺りの話をティア―シャさんにするようになったのだが、ティア―シャさんは根本的に誤解していた。


 何故なら血袋と呼称するあの少年こそが屋敷を襲撃した一団の末端なのだから。


 しかし僕はその事を言わなかった。自分でも何故肝心な事を秘したのか、あまり分かっていない。ただ、心の赴くままに、僕のしたいようにした結果がこれだった。

 勿論家族と故郷を消した原因の究明も武装したイマリティの正体も気になる。

 しかし、原因が究明されたからと言って僕の大切なものはもう戻ってこない。勿論二次被害の防止に繋がるかもしれない事は僕にも分かる。

 けれどそれ以上に……久しく沈黙していた筈の上半身の心が、半端ない頭痛を伴って声高に叫ぶのだ。『あの哀れなる大地の仔を守ってやってくれないか』と。

 この頃の僕は主にばあやとティアーシャによる度重なる性癖破壊によって生粋のおっぱい星人になりつつあり、上半身の心の声は聞こえなくなりつつあった。

 のだが、あのイマリティの少年の事を考えると急に上半身の心がシャウトし始めるのだ。相手は男なのに。

 ともあれ久しぶりに聞いた上半身の心の本音を無視は出来ない。僕は散々悩みに悩み、最終的にはイマジナリーばあやの『坊っちゃまのお心のままに』と言う鶴の一声によってこの事実を秘する事に決めた。

 心の赴くまま、とはつまりそういう意味だ。

 とは言えイマリティを庇うにも限度がある訳で。


「おまえ、ぼくのじゅうしゃになれ。これはめいれいであり、こんがんであり、たんがんだ。いなというのなら、しかたがない。ぼくはせいしんせいい、おまえのくつをなめる」


「……コイツ、頭トチ狂ってるんじゃないか?」


 目が覚めた襲撃者に対して僕はいきなり談合を始めるに至ったのだ。


「いまのおまえのたちばはぼくの“ちぶくろ”。すなわちぼくのふぞくひんといってかごんではない。そんなおまえがはんこうてきなたいどをしめそうものならおまえはとおくないうちにしぬだろう。だから、ぼくにしたがえ」


「冗談じゃねぇ。お貴族様に付き従うくらいなら、それこそ死んだ方がマシだ。交渉決裂だな。ほら、さっさと出てけ。俺は負傷者だぞ」


 取り付く島もないとは正にこのことか。しかし僕にも僕の立場がある。ここで引き下がる事は出来ない。何か、何かないか……。


「ならばしかたがない。さいしゅうしゅだんだ」


「……一応聞くが、何をする気だよテメェ」


「くつをなめる。おまえがこばんでもてっていてきに、かつしつようになめまわす」


「は!? お前頭沸いてんのかよ!? それでも貴族か!?」


「もんどうむよう」


 ジリジリと距離を詰め、顔を足先に近付けていくと。


「ヴラド、ここに居たのか。探したぞ。今晩のご飯が出来上がった……ぞ?」


「あ」


 ティアーシャが、来てしまった。

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