第8話 巨乳堕ち?

 我思う故に我ありとフランスの哲学者デカルトは言った。世の中のもの全部を疑ったとして、それを疑っている自分自身の存在は疑う事が出来ないとかなんとか。哲学者らしい小難しい話である。

 しかし、それは果たしてまことだろうか。僕は世の中の物事全てを疑ってしまえば最後、自分自身の存在も揺らぐのではないかと思う。


 そう、例えるならばあやの豊満なおっぱいのように。


 最近、僕は僕を信用出来ないと思う時が多々ある。それは僕の絶対的な柱であった貧乳への渇望の沈静化と、ばあやと過ごした記憶に起因する豊満な、ドスケベおっぱいへの欲求の高まりによるものだ。


 僕は基本的に貧乳派だ。巨乳はいずれ垂れるだろうし、機能性に乏しいと思っているタチだ。

 だが、貧乳は……イマリティはその貧困さ故に僕の大切な人を殺した。貧乳は僕の大切だと思うありとあらゆるものを奪った。

 しかし巨乳は、僕に与えてくれた。生きる糧を、知識を、住居を、衣服を。そして何より愛を。惜しみ無く、僕に分け与えてくれた。


 僕の喜びは常に巨乳と共にあったのだ。


 しかし、草木も眠りにつく深い夜。「おはようございます、お坊ちゃま」と言ってくれる優しくて、物知りで、愛情深いばあやは、もう居ない。


「……だめだ。しこうがどうしてもふのほうこうにむかう」


 認めよう。僕はばあやを心底愛していた。

 僕は転生者だ。精神年齢は生まれながらにして二十歳で、ある程度成熟していると自認している。だからか両親を純粋に両親と受け入れるのが、少しだけ難しかった。……それでもばあや曰く二人は真祖なのを良い事に真昼間に僕の寝顔を見ては嬉しそうにしていたらしいけれど。

 でもばあやは違った。おはようからおやすみまでずっと側にいてくれた。こんな妙な精神構造をしてる僕を嫌わずに、愛してくれた。

 そんなの、愛さずにはいられなかった。

 貧乳とか、巨乳とか、信条とか、そんなの関係無く僕は彼女を……マリーを、愛していたのだ。


「ああ、くそ。さびしいな。……ばあや」


「それが、貴公の本音か?」


「ティ、ティア―シャさん!?」


 死んだばあやを想っているとティアーシャさんが部屋に入って来た。どうやら吸血鬼の鋭い気配探知能力が気にならないくらい沈んでいたらしい。


「いったいどうしたんですか。こんなによるおそくに」


「さん付けはしなくて良い。ティアーシャで充分だ。それに敬語も要らない。私は貴公と腹を割って話したいと思っていたからな」


「は、はあ……」


「ここ最近の貴公を見ていると、憂い顔が多いように思ってな。食事にしろ何にしろ、居ない誰かを探しているように見えた。……私に、何か出来ることはないかと思ってな」


「ありませんよ。ティアーシャさんはぼくにとてもよくしてくれます。これいじょうをのぞむのは、よくぶかく、ごうよくなことです」


 そう言うとティアーシャさんは驚いたように目を開き、次いで悲しい顔をした。


「本当に遠慮する必要はないんだぞ。貴公は幼く、弱いのだから」


「しかし……」


「……むぅ、やはり難しいな。こういうのは。こういう時に上手く伝える術があれば良いんだが……む」


 すると術を思いついたのかティア―シャさんは僕のいるベッドの淵に座ってきた。

 物理的な距離が詰まったからか、うっすらと花のような良い匂いが微かに香る。その匂いはばあやのそれとも少し似ていて、少しだけ胸が苦しくなった。

 しかしそう思ったのはその一瞬。次の瞬間にはより強く匂いが鼻腔を通り抜けた。


「ティア―シャ、さん?」


「さんは要らんと、言っただろう」


 抱き締められていた。

 張りのある瑞々しい肉体が、隔たりも少ないままに僕に触れる。


「どうだ。鍛錬のせいで硬いかもしれないが、それでもそう腐したものではないだろう?」


 これを、腐したものと評する人間の気が知れない。何だ、この肉は。女性特有のしなやかさと柔らかさの中に確かに感じられる“靭さ”は今までに感じたことの無いものだった。

 しかも、だ。ティアーシャさんは薄い衣しか纏っていない。胸部の大きさこそあるもののその密着度たるや。


「――あ」


「だ、大丈夫か!? いきなり涙を流して」


 ああそうだ。これだ。僕の幸せはこの暖かさと柔らかさの中にこそあったのだ。

 一度それを認めてしまえば、甘えずにはいられない。そんな包容力は、その乳房にはあった。


「……安心しろ。私は貴公の味方だ。家族を失った悲しみも、故郷を失った苦しみも、私が受け止めてやる」


「ひとつ、あまえてもよいのだろうか」


「っ!! ようやく素の自分を出してくれたな。どうした、何でも言ってみろ」


「ぼくが……ティア―シャのかぞくに、なってもいい、のか」


 意を決してそう言うとティア―シャは綺麗な笑みを浮かべた。


「勿論だ。君も今日からベルフォルマ家の一員だ」



♪ ♪ ♪



 人には二つの心がある。光と闇、善と悪、陰と陽、巨乳と貧乳。

 相反する属性の対立構造こそが心と言うものの神髄だと僕は思う。それ即ち太極也。

 しかし、しかしだ。考えてみて欲しい。光が濃くなれば闇もまた同様に深まるように、極まった陽が陰へと転じるように。必ずどこかでバランスは吊り合うのだ。

 だから、というのはちょっと文脈的におかしいかもしれないが……死んだ命あらば、生きる命もまた同様にあると言う事だ。


「で、なんで俺は生きてるんだ」


「もちろん、ぼくがたすけたからだ」


「はぁ? 吸血鬼のお貴族様がつまんねぇジョーク吐くんじゃねぇよ。俺達はお前の屋敷襲ってんだぞ」


「……たしかにきさまらのせいでぼくのこきょうはひとばんにしてほうかいし、かぞくはしにたえた。しかし、だ。ぼくはひとがしぬのがきらいだ。てきのしゅりょうならともかく、こっぱていどならいきててもらったほうがせいしんえいせいじょうよろしいとはんだんした」


「あーあー、舌足らずの癖して難しい言葉使うから分かり難いことこの上ねぇ!! 本当に五歳児のガキかよコイツ……。それで、俺に一体なにをお望みだ? 言っておくが俺はお前の言う通りの木っ端で、情報なんてねぇし、もし情報を持ってても絶対に口は割らねぇからな」


「いや、そんなことはしんそこどうでもいい。じゅうようなのはただいってんだ」


「あぁ?」


「おまえ、ぼくのじゅうしゃになれ。これはめいれいであり、こんがんであり、たんがんだ。いなというのなら、しかたがない。ぼくはせいしんせいい、おまえのくつをなめる」


「……コイツ、頭トチ狂ってるんじゃないか?」

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