第7話 “ザビナーの悲劇”

 言っている意味が分からなかった。

 確かにあの夜僕の住む館はイマリティによって襲撃された。けれど、まさか“ザビナー”が一晩で崩壊するなんて、そんなのあり得る筈がない。


「ほうかい、って。どうして……」


「それが分からないんだ。いきなり“ザビナー”を光が包んだかと思ったら、その界域が突然崩壊したんだ。この界域が“ザビナー”に一番近かったのもあって原因究明にあたっているんだが、調査に行き詰ってな。正直なところ貴公の存在は私にとって正に天啓だったのだよ。これもきっとブレストフイーデンの思し召しだな」


「主、客人の前ですよ」


「おっと。これは失礼した。私とした事が。……それで、何か分かる事はないか? どんな些細な事でも構わない。領民の不安を払拭するために少しでも情報が欲しいんだ」


「……イマリティが、やかたにおそってきました」


 そう言うと「何?」とティア―シャの顔が一気に険しくなった。


「ほうかいのげんいんは、ぼくにはわかりません。けど、イマリティがちちうえとははうえのくびをもって、やしきにはいってきて。それで、ばあやがてっぽうで……」


「待て、真祖が死んだと言うのか!? イマリティ風情の手で!? それに鉄砲で吸血鬼が死ぬだと!? そんなバカげた話が!!」


「主」


「っ……失礼。取り乱した。そうだな。貴公は両親とばあやを失っているのだものな。すまない。辛い事を話させた。お詫びに、と言うのもなんだが、私を家族と思って貰っても構わん」


「え?」


「変えるべき家も家族も無いのだろう? ならば私の元に居れば良い。勿論、貴公が望むのならば、だが……」


 気付けば僕は泣いていた。

 何で泣いているのかは自分にも分からなかった。


「だ、大丈夫か!? どこか痛むのか!?」


 その問いに対しても、僕は答えられない。

 違うともそうだとも。ただただ、泣きたくなった。だから、泣いた。

 精神年齢二十五歳。いい年こいた成人男性だと自認しながらも、涙は止まってくれなかった。



♪ ♪ ♪



「宜しかったのですか。軽はずみにあのような事を言って」


「無論だ。身寄りのない子供を見捨てたとあればベルフォルマ家の名折れだ」


「しかしご承知とは思いますが最近は“メケテル”が怪しい動きを見せております。なんでも急に魔法銀の需要が高まり、我々の保有する銀山を狙っているとか。そんな中よりにもよって“ザビナーの悲劇”の生き残りを住まわせたとあらば……言い掛かりをつけて最悪は戦争をしかけてくるやも」


「分かっている。だがなセバスチャン。コイツを見てくれ。これを見て、どう思う」


「これは……」


 ティアーシャが取り出したのは一枚の写真だった。そこに写っているのは、ヴラド・ニューボーン少年が庇っていたイマリティの少女の裸体の写真だった。


「全く、貧相極まりない姿、というような月並みな感想は求めていないのでしょうね……しかし、ふむ。この傷はもしや弾丸による?」


「だろうな。ヴラド少年の言はどうやら正しかったらしい。念のために治療を施す前に写真を撮ったのが功を奏したな」


「しかしこれが何を……っ、まさか!」


「そのまさかだ。ヴラド少年の言に嘘がないとするならば、おそらくニューボーン家の下女を死に至らしめたのは魔法銀の弾丸だろう。そして魔法銀の弾丸なんてものを作れるのは“カゲプラー”の“鋼人ドワーフ”しかいない。……何か見えて来そうだな?」


「まさか、精霊スピリットと鋼人とイマリティが共謀を!?」


「それはまだ分からない。だが可能性はある」


「ならばなおのこと二人を追い出すべきかと。情に絆されて要らぬ火種を呼び込むのは得策とは思えません」


「情、情か。確かに私は彼等に対して同情している。だが、それ以上に予感しているんだ。彼等が後のキーマンになるのだと。セバスチャン、私がこの類の予感を外した事が今までにあったか?」


 ティアーシャの問いに、しかしセバスチャンは答える事は無かった。しかしこの場ではそれがなによりも雄弁な返答だった。


「……くれぐれも、お気を付けて」


「ああ、言われずども」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る