第4話 スプラッター・ビギンズ・ナイト

 忌むべきマイノリティ。略して“イマリティ”。かの氏族は総じて貧困なのだとばあやは語る。


「ブレストフイーデンが手ずから作らず、自然発生したこの氏族とも呼べない生まれながらの害悪は神の掲げる豊かさを持たず、だからこそ豊かなる我々十の氏族を嫌い妬み、羨むのです。……坊っちゃまの言う天秤のもう片方は人非人の世界。あまり口にするものではありません」


「そうか……」


 口ではそう言うが、内心はブレストフイーデンに対する不満が満載だった。

 胸が平たいから貧困。成る程、確かに一義的にはそうなのだろう。しかし、それは同時に貧困の中に豊かさを見出せない哀れな論理でもある。

 例えばそう、山。確かに山は多くの恵みを人々に与える。しかし山に住もうとしても出来るのは都市ではなく村落が精々だろう。都市にしろ何にしろ、僕らは平らな大地の上にこそ栄えているのだ。

 いや、山だって平らな、母なる大地を彩る一つの色彩に過ぎないと考えればやはり基軸となるのは平地なのである。

 豊かさの求道は、その実母なる大地への侮辱に他ならない。

 故にこそ、今一度貧乳に立ち返らなければならないと思う。ブレストフイーデンにはその視座がてんで足りていないと見える。

 だがこれは秘すべきだという事は分かる。僕の失態の記憶は高々数千字程度では消えやしない。これ以上美女のドン引きなんで見ようものなら性癖が更に壊れてしまう。


「にしても旦那様も奥様も今宵は随分と遅いですね。お二人とも真祖とは言えそろそろ陽が出る時間だと言うのに……」


 ばあやがそう呟いた次の瞬間。

 パリンと、窓ガラスが割れて何者かが屋敷に侵入して来た。


「ダリウスの息子……そこかっ!!」


「何者!?」


 ばあやは僕を庇う様に前に出ると袖口からナイフを取り出し、侵入者に鋒を向ける。


「……はぁっ!!」


 しかし侵入者は問いに答えることなく僕に向かって突進して来た。

 いきなりの状況に放心しているとばあやが僕を後方へと押しやった。


「ばあや!!」


「お坊ちゃま!! 私が時間を稼ぎます今のうちにお逃げ下さい!!」


「させないっ!!」


 言われるがまま踵を返すとすかさず侵入者は反応して――


「行かせると思いましたか下郎!!」


 甲高い音が響いた。

 侵入者が投擲した暗器をばあやがナイフで防いでくれたのだ。


「下女とは言え私もニューボーン家の者。舐めて貰っては困りますよ、イマリティ風情が」


「はっ、乳房だけが取り柄のニューボーン家のナイトウォーカーが何を偉そうに」


「ええ、豊かさとは即ち豊満さ。貧者の貴方達からしてみれば羨ましいことこの上無いでしょうね」


「黙れ!!」


 侵入者は激昂し、攻勢を強めた。見た訳じゃ無い。だが音で分かる。

 夜とは吸血鬼の時間。陽光という絶対的な弱点が消えた吸血鬼の身体能力は十の氏族の中でも上位に位置する。

 だが吸血鬼の真価は身体能力ではなく卓越した空間把握能力にある。外からの襲撃でこそ不意を突かれたが屋内は吸血鬼の領域。謂わばホームグラウンド。

 だから分かる。侵入者の動きが、目を向けるまでもなく。

 だから確信出来る。ばあやが負ける道理なんて一つも――


「あ、れ?」


 そこで知覚したのは、多くの足音。父上でも、母上でもない。招かれざる客人達の足音だった。


「階段の上に居るぞ!! 忌まわしき真祖、ダリウスとリリアの息子だ!!」


 ヒトが、屋敷に雪崩れ込んできた。

 それは鈍く光る武器を手にした血濡れの氏族だった。


「――嘘。どうして奥様と旦那様が!?」


 そんな中ばあやは驚愕を露わにした。

 僕は咄嗟に振り向くと、それを見てしまった。


 僕の生みの親たるダリウス・ニューボーンとリリア・ニューボーンの生首を。


「なっ、え……!?」


 あり得ない。そんな筈はない。

 けど、どう見ても両親の顔にしか見えない。

 夜の吸血鬼は無敵の筈なのに。ましてや二人とも真祖だ。陽光の下でも活動が出来るほどに格の高い吸血鬼なのに。

 あり得ない。嘘だ。そんな考えが頭を支配し、逃げるという意識を薄れさせる。


「っ!! 坊っちゃま!!」


 そして何かが飛んで来た。それは光る弾だった。


「これは銀弾!? 鋼人ドワーフにしか作れないはずなのにイマリティ如きが何故それを!?」


 カクリと全身から力が抜けたのは半ば奇跡のようなものだった。

 僕の頭部を目指した銀の銃弾は背後の壁にそれは深々と突き刺さった。


「う、あ……」


 馬鹿みたいな話だった筈だ。巨乳と貧乳が争っているなんて。胸が豊かさと直結していて、それが争いの火種になっているだなんて。

 こんな、馬鹿みたいな話があってたまるか。


「下郎共!! 撃つのを止めなさい!! さもなくば、この者の命は無いと知れ!!」


「ぐっ、は、離せ!!」


 銀弾が敵の手にあると見るやばあやは味方の銃撃によって気の緩んだ一人目の侵入者を拘束すると首元にナイフを添え人質に取る。


「撃つな!! 撃ったら俺まで巻き添いに――」


「構わん。撃て」


 人質の肩に大腿に、銃弾が容赦無く叩き込まれる。そして、人質の身体を食い破った弾丸はばあやの肉体を破壊し始めた。

 僕はボロボロと灰へと変わるばあやを、ただ見ているしか出来なかった。


「……ばあや?」


「坊っ、ちゃま……どうか」


 逃げて、だったか。将又生きてだったか。その先に続く言葉を僕は知らない。

 全ては銀の弾丸が吐き出される音によって掻き消されてしまったから。


「よくもばあやを、ゆるさない……!! きさまら、ぜんいん、」


 ――死んでしまえ!!


 そう思ったのを最後に僕の意識は闇へと溶けた。

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