第3話 豊満なるセカイ
あれから五年が経った。
僕は普通に歩けるようになったし、ここ数年で吸血鬼らしく犬歯がニョキニョキ伸びて来た。容姿に関してもファザーとマザーの影響か美少年……いや、この年齢からすれば美ショタとなっていた。
お目々はクリクリ真っ赤っか。まつ毛はバチバチ、髪はパツキンストレート。少女漫画に出て来るキャラかよってくらい整ってる。ありがとうファザーとマザー。
だが、しかし。整っているのは見た目ばかりであり僕の内面は取っ散らかる一方であった。
五年に渡って豊満な肉体を持つ女性に囲まれた僕は、巨乳が日常と化してしまっていたのだ。一日一善ならぬ一日一巨である。
そのせいで僕の肉体は、一日に一回は豊満なバストを誇る女性を見なければ違和感を感じるようになってしまったのだ。
これは由々しき事態である。巨と貧は謂わば陰陽、太極の関係にある。それが、ここ数年で見事に巨に寄り始めバランスが崩れつつあった。
僕が転生した理由は何だ。飲むためだ。水平線の如き胸部を持つ女の子の血を。だというのに何だこの体たらくは。恥ずかしい。ただただ恥ずかしい。
何とかして貧乳を得なければ。しかし屋敷の女性は総じて豊かな山をお持ちだ。上半身の心は満たされない。まぁ芽吹きつつある下半身の心は満たされているようだが。
「はぁ……ままならない。まったくままならないものだ」
「おや、ヴラド坊ちゃま如何なされましたか?」
そんな事を呟いていると背後からにゅっと乳母……ばあやが現れた。
母乳をもらっていた頃は視力が弱く輪郭が朧げに見える程度だったが、五年も経てば視界はハイビジョンに様変わり。お陰でばあやと呼ぶには余りに若々しく、それでいて丹精なお顔が良く見えるようになった。
端的に言ってばあやは滅茶苦茶美人だったのだ。ばあやなのに。
見ろこの唇の艶を。一応リップは塗っているようだがそれを抜きにしても少女の様に赤々としているではないか。では髪はどうか。緩くウェーブがかった金砂の髪だ。染めたのとは違う、モノホンの金髪だ。
そして極めつけはその肉体。デカい。そして長い。こんなバストが許されて良いのか。最早その発育は違法建築ではないか。
マイマザーと同等と言っていたが、マザーはこんなにもデカくて長いバストしてないと思う。……いや、もしかしたら着痩せしてるのかもしれない。こと胸部に関しては何があってもおかしくないのがこの世界の怖いところだ。
と言うか、こんなのと長い事一緒にいたら自然とおっぱい成人になるだろう。僕は悪くない。
まぁそれはさておき。
「ばあや、ぼくにはわからないんだ。なぜぼくのまわりにはほうまんなじょせいしかいないのかと」
「まぁ! 滅多なことを言うものではありません。奥様がこの言をお聞きになったら何を思うのか……」
「しかし、しかしだよ。ばあや。よのなかは“ばらんす”なんだよ。“いん”があれば“よう”があるように。てんびんはつねにつりあわなければならない。そうはおもわない?」
「……聡い子ですね坊ちゃまは。しかしそれは大きな間違いなのです」
そう言うとばあやは手にした籠を床に置くと視線の高さを僕に合わせた。
「“豊かさとは一見して分かるものでなくてはならぬ”……創世神ブレストフイーデン様のお言葉です。覚えていますね?」
「はい。おぼえています」
「かの神は豊かさこそを尊び、豊かさの追求こそを自らの命題としました。その証左に国生みの際には必ず胸囲の豊かな女神のみを選んだとか。故にブレストフイーデンより生まれし十の士族は豊かさこそを尊ぶのです。だからこそ日の当たる世界に、貧しき者共はいないのです」
馬鹿な話だと思うだろう。しかし悲しいかなこれがこの世界の常識であり現実であり真実なのだ。
――そう、この世界の創世神は巨乳派なのである。
故にこそ、ブレストフイーデンにより創られし十の氏族が支配するこの世界には、おっぱいの小さな女性は存在しないのである。
勿論胸部には個人差があり相対的な貧乳は生まれるとの事だが、驚くべきは平均的なバストサイズ。なんと、驚愕のGカップである。
日本の平均サイズがC、英国がEと考えるとそのバストサイズの凄まじさがよく分かるだろう。正にこの世界はおっぱい星人の創り出したまるでエロゲのような世界なのだ。
しかし僕はあくまでも貧乳派だ。僕にとってはこの世界はマグロの無い海鮮丼のようなものにしか見えない。決定的に必要なものが足りていない。物足りない。だから満たされない。
「しかし坊ちゃまの言う通り、ブレストフイーデンが作ることなく自然に発生した貧困の体現者がこの世には存在するのもまた事実です」
「それはほんとうか!?」
初耳の情報に思わず聞き返す。
それはつまり、貧乳ということでは無いか。僕の求めてやまないあの。
「嫉妬の権化、無慈悲な簒奪者……忌むべきマイノリティ、通称、“イマリティ”。お坊ちゃまの父上と母上は日夜これと戦っているのです」
悲報。僕のファザーとマザー、貧乳を駆逐してた。
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