第2話 歪む性癖

 斯くして僕は暫定吸血鬼として生を受けた訳だが。

 生を受けたからには食事に排泄に睡眠が必要な訳で。


「お、おぎゃぁ(乳ぃ)……」


「はいはい、おっぱいですね」


 つまるところ、その山は豊満であった。

 この歳になって生きるために他者の乳房を口に含むとは思わなんだ。

 あ、因みに僕に生きる糧を与えて下さるこの女性は実母ではなく乳母だ。実母以外の乳を吸う。成る程、何やらクるものがある。

 しかし冷静になって欲しい。僕の精神はともかく肉体は生まれたばかりのバブちゃん。性的欲求なんぞ一切、微塵も、一ミクロンたりとも存在してはいないのである。

 つまり今は上半身の心優位な状態なのである。

 であるから。

 と言うことで。


 今の僕は貧乳欠乏症に侵されているのである。


 何故だか分からないが吸血鬼の血族とは中々に発育が凄まじいもので女性は皆ボンキュッボンのダイナマイトボディをしている。多分健全な青少年がこの館に足を踏み込めば最後、性癖が歪みに歪む事は間違いない。因みに男性は漏れなく全員イケメン&イケおじばかりだ。全方位抜かりないと言うか何というか。

 ……まぁ、ここに来たが最後生きて帰れるかは甚だ疑問ではあるのだが。仮にも吸血鬼だし。


「にしてもヴラド坊ちゃまは大人しい子ですね。中々泣きませんし。手が掛からないのは良いのですが手が掛からなさ過ぎると言うのはそれはそれで心配です」


「ばぶばぶ、おぎゃー。ぎゃぎゃりす(大丈夫、僕もいつかやらかすと思うし。今のうちは楽して頂いて)」


「もしかして信頼されてないんでしょうか……子供の頃の体験は精神性の形成に大きな影響を与えるそうですし、親から愛を与えられないと愛着の問題とかで拗れたりしないかしら……」


「……ぶばばばばばぶば?(……心理学に関する造詣深くない?)」


 いや、僕の精神性は間違いなく二十歳のものだからその心配は全くの杞憂なんだけども。それにしたって異世界でメンタルヘルスに通じる概念が既に存在しているなんて余りにも意外だった。

 と言う事は、何か。乳母ですらこの程度の学力を必要とされる世界と言う事か。なんだそれ、今生も学徒として勉学にこの身を捧げないといけないのか。

 ああ、勉強に就職に就職氷河期……低賃金……サービス残業にみなし材業……駄目だ異世界だと言うのにもう嫌なイメージしか湧かなくなってきた。


「ばぶぶぶぶ、ぶべっ(世の中って本当にクソだな)」


「まぁ大変! 坊ちゃまの目がまるでDHA豊富な感じに!!」


 ……DHAの概念もあるんかい。と言うか、何か。僕の目はそんなに腐った魚みたいなのか。普通に不敬ぞ?


「よしよし。……しかしどうしていきなり不機嫌になったのでしょう……」


 すると乳母はハッとした様子で。


「もしや、奥様の肌恋しさ!?」


「おぎゃりりりりりりりぃ!(違います。世の不条理を嘆いていただけです!)」


「こうしてはいられません。早急に何とかしなくては……しかし、奥様は現在外出中一体どうすれば……」


 すると乳母は何を思ったのか豊満なバストでもって僕の顔面を包み込んで来た。


「……ばぶぶぶぶ(……豊満も、悪くは無いのかもしれない)」


「私のバストサイズ、実は奥様と同じくらいなんですよ。これで母恋しさを紛らわせられれば良いんですが……」


 いや、いやいやいやいやいやいやいや。違うだろ。そうじゃないだろ。

 一体何を思っているんだ僕は。僕の欲しいものはこんな山じゃない筈だ。僕の望むものは母なる海を連想させる遥かなる水平線!! 断じてこんな――


 いや、待てよ。海外では厳しい大地を父に見立て天父とした。対して農耕民族たる日本人は山の恩寵により歴史を紡いできた経緯から地母神の考え方が根強い。

 山とは豊かさの象徴であり、故にこそ母たり得る。

 つまり……。


「ば、ぶ?(巨乳とは即ち母であった……?)」


「少しご機嫌が良くなりましたか。良かった良かった」


 どうしよう。貧乳優位だと思っていたのに、なのにもう心が二つある。

 畜生め。何が健全な青少年だ。僕だって同じじゃないか。

 認める。認めよう。


 ――今この瞬間、僕の性癖はねじ曲がった。

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